ことばが活きている限り、技術は生きつづけます。今、活版印刷の再生のために、まずことばを甦らせました。
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【端物 job ; Akzidenz 】
ページ数が少なく、体裁の一定しない印刷物。領収書・はがき・伝票・ちらし・広告・名刺・表物などの 1 枚物に多くみられます。また端物印刷者には「私家版印刷家」として趣味やホビーのひとつとして取り組んだり、活版印刷術の入門篇として端物印刷を利用するむきもあります。しかし実際には端物印刷とページ物印刷との明確な領域区分はなく、ページ物でも簡単な小冊子や手軽なカタログなどは端物の部類に数えられています。また端物印刷の役割がはかなく短命であることから、蜉蝣(かげろう)の意に例えられ「 エフェメラ ephemera 」と、むしろ愛着を込めて呼ばれることもあります。
「端物印刷機 jobbing press, jobber ; Akzidenzdruckmaschine 」
端物の印刷に適した簡便な小型印刷機。「フート印刷機」「手フート印刷機(手きん)」などがあります。サラマ・プレス倶楽部では、蝶番式プラテン印刷機のアダナ印刷機も、誇りをもって端物印刷機のひとつに名乗りをあげています。
「端物組み版 job work ; Akzidenzsatz 」
ページ数の少ない、体裁の一定しない印刷物の組み版。
【パイカ Pica 】
12 アメリカン・ポイントに相当する欧文活字の大きさ。欧文による書籍類の本文用活字の代表的なサイズであると同時に、各ページの版面・インテル・罫線・フォルマート(大きい込め物)などの寸法および計算の基準とします。独仏両国ではこれに相当する 12 ディド・ポイントの大きさを「シセロ Cicero 」といいます。
【パピルス、パピラス papyrus ; Papyrus 】
ナイル河のほとりに自生する植物で、学名「 Cyperus papyrus 」和名「カミガヤツリ」という、カヤツリグサ科の多年生草本です。古代エジプトではこの茎の髄を薄片とし、縦横に重ね合わせ、河水で浸し、打ち叩いて接着させ、表面を平滑にしてつくった紙状のものを記録用として用いました。紀元前 30 世紀頃から使用され、紀元後 7 — 8 世紀、製紙法が発達するまでヨーロッパでも用いられ、paper の語源となりました。パピルス文書とはこれにしるされたギリシア語などの文書です。製紙業界はもとより、印刷業界でも「パピルス」はシンボリックな存在です。
【版式とその印刷】
印刷版の様式。3 大版式として、凸版・凹版・平版をあげますが、これに孔版を加えて 4 大版式とすることもあります。本来版式が異なるということは実際に印刷機で使用するために製版(整版)された版、すなわち「刷版 machine plate, pressplate ; Machinenplatten 」が異なることでもありますが、わが国ではとかく「刷版」の認識は希薄で、おもにはオフセット平版印刷業界において、本版または実用版とも呼ばれ、原版と区別するために用いる程度です。
「凸版印刷 letterpress printing, relief printing ; Hochdruck 」
印刷の 3 大版式のひとつ。活版印刷も凸版印刷の一種です。凸起している画線部にインキを着け、紙などに押圧してこれを移すこと。凸版印刷用の刷版には、活字組み版、鉛版、線画凸版、網凸版、亜鉛凸版、写真版、原色版、電鋳版、ゴム版、樹脂凸版、プラスチック版などがあります。凸版印刷は印刷の 3 大版式のひとつとして、平版印刷、凹版印刷に対していいます。
「凹版印刷 intaglio printing, copperplate printing ; Tiefdruck, Kupferdruck 」
印刷の 3 大版式のひとつ。非画線部よりも低い凹部を画線部とする印刷方式で、印刷にあたっては、はじめに版の全面にインキを与え、つぎに画線部以外のインキを拭き取り、紙をあて、押圧を加えて凹線中のインキを紙に移し取ります。直刻凹版(ビュラン彫り、ドライポイント、メゾチント)・食刻凹版(アクアチント、エッチング、針彫り)・散粉グラビアおよび通常のグラビアなどがこの版式に属します。凹版印刷は印刷の 3 大版式のひとつとして、凸版印刷、平版印刷に対していいます。
「平版印刷 lithography ; Flachdruck, Lithographie 」
印刷の 3 大版式のひとつ。版面に明確な高低がなく、一平面上に画線部と非画線部とが形成されている版、およびこれを刷版として用いる印刷法です。水と脂肪とが互いに反発する性質を利用し、非画線部は化学処理によって親水性とし、画線部を写真焼き付けまたは転写によって親油性とし、版面に水とインキを交互に与えて印刷します。1798 年、セネフェルダー( Senefelder, Johann Nepomuk Franz Alois 1771 — 1834 独)が石版によって創始し、そののちジンク版、アルミ平版などの金属平版の出現によって急速に発展を遂げました。さらにオフセット平版印刷法(オフセット印刷、オフセット、オフなどと略称します)の発明によって主要な版式に成長し、現在の平版印刷はほとんどがオフセット平版印刷方式によっています。平版には石版、ジンク版、アルミ平版などの版材による種別と、書き版、転写版、サーフェース・プレート(卵白版、PS 版、ワイプオン版)、平凹版、多層版などの刷版の製版法による種別があります。なお、石版には別に専用の石版印刷機を用います。平版印刷は印刷の 3 大版式のひとつとして、凸版印刷、凹版印刷に対していいます。
【版下 Comprehensive, Comp., Block Copy, Camera-ready Copy 】
「版下」とは、写真製版を前提とした製版工程の前作業のことで、金属活字組版清刷り、写植活字文字組版、レタリング、図表などを、センター・トンボ、断ち折り線などを付与した厚手の台紙に貼ったものを指します。すべて製版用の原稿に適するように、白地・厚手の台紙に墨で描画したもの〈 JIS Z8123-1995 〉。 線画凸版などの版下は、光学レンズの収差を避けるために、版下を 1.5 倍寸で作成して縮小製版する方法もさかんにもちいられていました。 この「版下」ということばは、使用期間が短かったので、英語もさまざまで定着せずに、 Comprehensive, Comp. (カンプ, Comprehensive の略), Block Copy , Camera-ready Copy などと様様に呼ばれていました。 わが国でも「関西では はんじた」と濁り、「関東では はんした」と清音がふつうでした。印刷・出版業者の集中する地区には、おおきな「版下カバン」をもった「印刷設計士≒グラフィックデザイナー」の姿が1990年代まではよくみられました。
光学写真製版術が後退し、製版工程のコンピュータ化にともなって、画像データ上でのカンプが版下として利用されるばあいが生じて、版下の役割は低減して欧文組版「カンプ」ということばが2010年代から主流となってきました。つまり印刷設計士が製作する印刷用データを Comprehensive Artwork として、版下の代用としています。わが国では単に「データ」と呼ぶことがありますが、あまりに意味領域のひろいことばで、混乱をまねくことがあります。
【版盤 type bed- , form bed ; Schließplatte, Schriftfundament 】
活版印刷機などで、版面を支えるための平らな台。なお手引き印刷機の場合の版盤の英名は coffin です。
【ビク抜き】
情報の密度があがってほとんど地域差がみられない現代ですが、印刷界に頑固にのこっていることば(業界用語)が、パッケージ製作などにおける型抜きの「トムソン抜き、ビク抜き」のようです。 こうした違いをもたらした原因は、輸入代理店のちがいから、「関西ではThompson社製の機械がもちいられたことが多く、その作業をトムソン抜きと業界用語で呼んだ」。いっぽう、「関東ではVictoria社製の機械がもちいられたことが多く、その作業をビク抜きと業界用語で呼んだ」とする説が有力です。
【ピンセット tweezers ; Pinzette 】
組み版用の「ピンセット」は、活字を差し替える際や結束の際に用います。しばしば文選に際して用いる道具と間違われることがありますが、意外に軟らかな材質の活字の字面に傷をつけないように、文選の工程は手指でおこないます。同様に、ステッキ上で活字を組む際も手指でおこない、ピンセットは赤字の訂正など、差し替え作業でおもに用います。
【フォント font ; ganzer Sats, Schriftsatz 】
同一書体、同一の大きさの欧文活字の一揃え。現在は米語の font と表記されることが多くなりましたが、本来は英語の fount( found : 鋳造する、founding : 活字鋳造、foundry : 活字鋳造所)を元とし、フォント・スキームにて決定された活字数の一揃えをあらわす言葉でもあります。1 フォントの内容は、大文字、スモール・キャップ(小型大文字)、小文字、合字、記述記号、スペース、クワタ等からなり、その内容は国や用途によって多少の相違があります。例えばアメリカの端物フォント( job font )では、スモール・キャップの省略が見られます。
【フォント・スキーム font scheme, font assortment ; Gießzettel 】
欧文フォントの各文字(キャラクター)の割合を、使用頻度によって配分した字数配当表。重量配当と個数配当があり、重量配当は本文用活字などを大量に取り引きする場合に利用し、個数配当は大きなサイズの活字や、アダナ・プレス印刷機のユーザーのような端物印刷用で、比較的少量の取り引きに利用されます。一般に大文字の A と小文字の a の個数を表記します。例えば 4A20a のスキームですと、2B8b, 3C12c, 3D16d, 5E35e のキャラクターが配分されています。ただし各社によって若干の相違もありますから、欧文活字の購入前には、見本帳などでの確認が必要です。
【部首・部首配列】
部首は漢字の字画の構成要素で、偏・旁・冠などをあらわします。活字ケースにおける漢字の配列はこうした部首配列によっていますが、そのおおもとは中国清代の『康熙字典』にあって、字源にもとづいた 214 の部首を設け、漢字の検索の便をはかったものです。わが国の漢字活字の配列も一般にこれに準拠しています。しかしながら当用漢字の簡易字体の制定後に『康熙字典』に準拠した配列が困難となり、1967 年、全日本漢字配列協議会では字源方式の部首を統合・削減するとともに、14 種の新部首を設けて、140 種の部首を発表しました。
【プラテン印刷機 platen press ; Tiegeldruckpresse 】
プラテン印刷機は平らな刷版に、印刷用紙を平面で押圧するタイプの印刷機の総称ですが、一般には版面を垂直な縦型に設置して印刷する印刷機をあらわします。平圧式印刷機とも訳しますが、プラテン印刷機は版盤( forme bed )を垂直にして固定し、これに対して圧盤( platen )が開閉します。そのため平圧であっても「手引き印刷機 hand press 」は platen press とは通常呼びません。プラテン印刷機の加圧機構は、下方の軸を支点として開閉する蝶番(ちょうつがい)式( clamshell type 二枚貝の貝殻の意)と、開いた圧盤がまず垂直に、すなわち版面に平行になるまで回転し、そのまま水平に移動して印刷圧がかかる平行式( sliding platen type )とに大別されます。アダナ・プレス印刷機はこのプラテン印刷機の蝶番式にあたります。プラテン印刷機の種類は国産機をふくめてとても多く、著名なものでは「リバティ印刷機」「ゴールディング印刷機」「ゴードン印刷機」「ゴーリー印刷機」「ハイデルベルグ印刷機」「デルマックス印刷機」「チャンドラー印刷機」などがあります。わが国にはじめて導入された頃、動力が足踏み式であったために「フート印刷機 foot press 」と呼ばれ、その後、フート印刷機を手動式にしたものを「手フート hand-operated foot press ; Handbetriebepresse 」「手きん」などと呼ぶようになりました。
【ブレース brace ; Akkolade 】
括弧(かっこ)の一種で、片括弧として大きくくくる場合に多く用いられてきましたが、現代のコンピューター組み版でも再現が困難な約物です。ブレースは罫線を「ブレース・パンチ、ブレースばさみ」と呼ばれる特殊なはさみではさんで、ブレースの中央のくぼみ形をつけ、両端部分を曲げて加工します。数学関連の印刷には必須の記号で「片括弧、中括弧」とも呼びます。
【文選】
原稿(文字原稿)にしたがって活字ケースから活字を選び採り、文選箱に集める作業。活字をケースから取り出すことを「活字を拾う」といいます。漢字の字種はとても多いので、組み版作業の能率を高めるために、文選と植字を分業としたもので、漢字圏に特有の作業です。いっぽう欧文植字では、活字を拾いながら直接ステッキに植字する、いわゆる「拾い組み」がおこなわれます。本文のほかに大きさの異なった見出し活字などが混じっている場合には、同時に拾うところもあり、別々に拾うところもあります。「採字・拾い」とも呼びます。
【文選箱】
文選した活字を入れる和文活版印刷に特有(漢字圏の国々でも類似の物を用います)の木製の小箱で「採字箱」ともいいます。また文選箱は、活版印刷者にとっては取り置き活字の収納、洋数字、句読点、オーナメントなどを収納して、植字台でも利用するなど、多方面に利用できるとても重宝な小型収納ケースともいえ、様々なサイズに分割した仕切り板をいれるなど、創意と工夫を凝らして利用します。こうした便利な文選箱ですが、これは文字種の多い漢字圏で用いられる活版印刷用の道具で、欧文組み版ではふつう文選箱は使用しないで、ステッキに直接採字しながら組み版を進めます。文選箱の大きさはところによって多少の差異がありますが、一般に内のり縦 150mm ( 426 ポ)、横 75mm ( 213 ポ)、深さ 18mm であり、いっぱいに活字を詰め込むとおよそ 2kg の重量になります。この大きさの文選箱に入る活字の数は次のとおりです。ちなみに 5 号活字ですと丁度 400 字詰め原稿用紙 2 枚分、800 本に相当します。このようにわが国の活版印刷の「諸資材・諸道具」は、歴史的な経緯もあって、号数活字体系からポイント・システム体系に移行したのちも、この文選箱を筆頭に、パイカ( 12 アメリカン・ポイントに相当)基準ではなく、5 号・10.5 ポイントを基準としたものが多くあります。
「文選箱 1 箱に入る活字の本数」
活字のサイズ 8 ポイント 9 ポイント 10 ポイント 5 号・10.5 ポイント |
縦 1 行 53 本 47 本 42 本 40 本 |
横 1 行 26 本 23 本 21 本 20 本 |
総本数 1378 本 1081 本 882 本 800 本 |
「いろいろな規格の文選箱」
【文選箱ストッパー】
文選や取り置きの活字が、文選箱いっぱいに満たない際、箱の途中まで詰まった活字が転倒したり崩れたりするのを防ぐために、固定しておくための金具。活字店や活版印刷所でよく使われている道具ですが、正式な名称は不明です。(どなたか、この道具の名前をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひお教えください。)
【文鎮、ブンチン】
植字台やゲラの上に置いた植字途中の組み版が、転倒したり崩れたりすることを防ぐために、仮留めとして置く重し。多くは活字地金を行長の長さに合わせて裁断・細工したり、鋳造したりして、職人が手造りしていました。
【平圧印刷機 praten press ; Tiegeldruckpress 】
平らな印刷版に、紙を平面で押圧する印刷機の総称。一般には印刷版面が垂直な縦型を指します。紙を差しやすくするために、圧盤は上向きに開きますが、加圧機構は、①下方の軸を支点として開閉する蝶番式( clamshell type, Adana-21J もこのタイプに属します)と、②開いた盤がまず垂直、すなわち印刷版面に平行になるまで回転し、そのまま水平に移動して印刷圧がかかる平行式( sliding platen type )とに大別されます。
平圧印刷機の著名なものを列挙しますと、
リバティ印刷機 Liverty press
1857年ころデグナー( Degner, 独 )が発明した。圧盤と版盤がともに下側の軸によって開閉し、両者が垂直の時に印圧がかかる。
ゴールドウィン印刷機 Golding press
1860年ころゴールディング( W.H.Golding, 米 )がボストンで考案した。
ゴードン印刷機 Gordon press
1862年にゴードン( G.P.Gordon, 米 )が発明し、当初はフランクリン・プレスとして発売した。1865年に改良に成功し、平圧印刷機の代表機種となった。圧盤はその背面の支点で大きく回転し、版盤は下方の支点でわずかに開閉する。わが国にも大量に輸入された。
ゴーリー印刷機 Gally press, Univeersal press
ゴーリー( M.Gally, 米 )が1869年発明。1875年トンプソンが改良した。
ビクトリア印刷機 Victoria press ; Victoria-Tiegeldruckpresse
1887年シュナイダー社( Rockstron & Schneider AG. 独 )がゴーリー印刷機に改良を加えた。わが国では並行押圧式の平圧印刷機の代表的なものとして、この種の型の平版印刷機をビクトリアの名で代表することが多い。また現在では紙器などの打ち抜ききとしてももちいられている。
【ベースライン 並び線 line, base line ; Linie der Schrift 】
欧文活字書体における、ディセンダをのぞいた字づらの下端に水平に引かれる仮想の線のこと。H および m の下端のセリフを基準とします。ただし Q の下端部は、一般にベースラインよりさがり、C, S, O, t などの下端部の曲線は、錯視を補整するために、ベースラインよりやや下部に描かれことがみられます。同)並び線
【ベタ組み 和文】
字間を空けない文字組版。あき組みに対していう。わが国への近代活字版印刷導入期には、文字間隔に、二分、四分などのスペースを入れることが多かったが、リテラシーの向上とともに、次第にベタ組みが主流となった。写植活字・電子活字においては、見出しや広告文などの一部に、ベタ組みより文字を近接させた「ツメ組み」の流行がみられたことがあります。
【ベタ組み 欧文 solid metter ; Kompresser Satz 】
欧文活字組版において、行間にインテルを入れない組みかたのこと。欧文活字にはアセンダ、ディセンダがあり、そのために行間に適度な空間がたもたれるので、15-16世紀の金属活字本には solid metter の組版がときおりみられます。
【別丁 inset 】
書物に差し込む別刷りの口絵・中扉・図版などの総称。一般に本文とは紙質・印刷方式が異なることが多い。
【棒組み in slip 】
ページ構成や体裁を考慮しないで、もっぱら文字の校正を目的として組み流す方法。新聞組み版をはじめ、様式の複雑なもの、さし絵の多いもの、あるいは校正で大量の直しが予想される出版物の場合には、1 行分の字詰め・行間を同じにして、ページ・レイアウトにかかわりのない行数で、棒のように長く組み続けます。この校正刷りを「棒ゲラ」といいますが、初校あるいは再校ののちに組みつけしますので、ページ組みよりは手数はかかりますが、組み替えの無駄を省き、まとめやすくなります。