書道博物館企画展 中村不折コレクション
美しい隷書 ──── 中国と日本
【会 期】 2014年04月04日[金]-07月13日[日]
【開館時間】 9時30分-16時30分(入館は閉館の30分前まで)
【休 館 日】 毎週月曜日(5月5日は会館。5月7日は展示替えのため休館)
【詳 細】 台東区立書道博物館 URL
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隷書は、篆書を簡略化して、日常書体とすることによってうまれました。
篆書は左右対象で、曲線を多く用いた威厳のある形姿でしたが、書くために時間がかかるという不便があったために、徐徐に簡略化がすすみました。やがて曲線を減らし、水平と垂直線を増やした隷書がもちいられるようになりました。
したがって隷書の「隷」は、篆書に「隷属」するという意からうまれました。
いまだにわが国の辞書の一部には、隷書の紹介を、秦(春秋戦国時代の大国のひとつ。前221-前207年中国史上最初の中央集権国家となる。3世16年で漢の高祖に滅ぼされた)の雲陽のひと 程邈テイバクが、秦朝の公用書体だった小篆の繁雑さを省いてつくったもので、「徒隷」、すなわち卑しい身分のものにも解しやすい漢字書体だとするものがありますが、そろそろ見直しが必要のようです。
隷書が誕生した直後は比較的直線がめだちましたが、次第に波のようなうねりをともなうようになり、歯切れのよい、リズミカルな形姿を獲得していきました。その頂点をむかえたのが漢(前207-後220)の時代です。
漢代初期の隷書は、おおらかで動きのある素朴な趣が主流でしたが、その後期になると、鮮やかで美しい隷書として完成をみるにいたりました。そしてその隷書で書かれた石碑が数多く建立されたのも漢代の特徴のひとつです。
また20世紀の初頭に、西域の敦煌トンコウやトルファンから出土した文書モンジョからも、肉筆で書かれた隷書が発見されています。
中村不折フセツコレクションには、隷書の名品が数多くあります。不折はみずからの書風を形成していく過程において、これらの隷書からも大いに刺激をうけました。したがって、不折流とされる独特の書風には隷書の要素が多分に取り込まれ、表情がゆたかで、あかるく、また装飾性にも富んでいます。
ご観覧をお勧めいたします。
[同館フライヤーより。一部追加改変してご紹介しました]。
【関連情報/ウィキペディア:隷書体】