使用デジタルタイプ:「杉明朝体」、「弘道軒清朝体 復刻版」 《厄介な記号:漢数字のゼロ 〇 と、大きな丸印・白丸 ◯ 》
漢の字(漢字)とは、定まった字音(よみ)・字画(かたち)・字義(いみ)を必要とする。
このうちいづれかが欠けているばあいは「記号」ないしは「文 ≒ 紋」とされる。
いわゆる「漢数字のゼロ 〇」は、「一〇 ジュウ、一〇〇 ヒャク」となり、字音と字義が変動する。したがって「漢数字のゼロ 〇」は狭義の「字[漢字]」ではない。
また漢字分類法の部首はなく、ほとんどの漢和辞典や中国語辞典には掲載されていない。 電子機器では「〇 漢数字ゼロ、Ideographic number zero、JIS:213B」に配当されている。
Ideographic とは{表意文字[記号]}の意であり、JIS:2130番代の「0-F まで」の16項目に隣接して掲載されているのは「 ^  ̄ _ ヽ ヾ ゝ ゞ 〃 仝 々 〆 〇 ー ― ‐ / 」で ある。
上掲図版で紹介したが、変換ソフト ATOK ではこれらを「準仮名、準漢字」としている。
すなわち「漢数字の〇」は漢字ではなく、それに準ずる記号的な存在として扱われている。
ここで注意したいのが「〇 漢数字ゼロ、Ideographic number zero、JIS:213B」と、「丸印、白丸 White circle JIS:217B」と、「◯ 大きな丸 Large Cercle JIS:227E」との混用ないしは誤用である。
JIS:2170番代の「0-F まで」の16項目に隣接して掲載されているのは「 $¢£%#&*@ § ☆ ★ ○ ● ◎ ◇ 」で ある。またポツンと離れて「 ◯ 大きな丸 Large Cercle JIS:227E」がある。
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{文字壹凜} 2016年01月06日
電話番号やビル名など、数字が所〻に混じった文を、口頭でひとに伝えるのは面倒なもの。
上掲の短文を、声にだして、ゆっくりおよみください。
もしかすると「0 → ゼ、ロ、 ま、る、」とまじってよみませんでしたか。
渋谷のランドマークのひとつ、 {渋谷109}は「渋谷 イチ マル キュウ」、イマドキの若者は「マルキュウ」がふつう。
これを「 縦、組、み、前、提、」でデジタル機器に入力すると、数字はテンキー使用だとばかりもいっていられない意外な事故が発生中。その危険性は{ 他人事 }とともにいずれ解明しましょう。 この「漢数字のゼロ」と、「大きな丸」はパソコンやスマホなどに搭載されている汎用性のある書体では、一見すると判別が困難である。
したがって、「 〇 漢数字ゼロ、Ideographic number zero、JIS:213B」と、「 ◯ 大きな丸 Large Cercle JIS:227E」とが、混用ないしは誤用されたテキストが印刷所に持ちこまれることがしばしばみられる。
ところが縦組みで使用したテキストを、そのまま横組みに転用したときなどに、おおきな問題が発生する。
その対策として良心的な公版書籍印刷所などでは、事故防止のために独自の検索ソフトを作成して、「 〇 漢数字ゼロ、Ideographic number zero、JIS:213B」と、「 ◯ 大きな丸 Large Cercle JIS:227E」とを判別し、正しいつかいわけをしている現状がある。 ──────────
《乱用がめだつ{カンクリ 々} と、衰退した「ピリピリ 〻 」の見直しにむけて》
ほかにもいくつかの「漢字とおもわれている記号」がある。
◎ 「〃 JIS:2137 Ditto mark 同じく記号 印刷業界用語:おなじくチョンチョン」
◎ 「仝 JIS:2138 音読み:トウズ、 同上記号」
◎ 「々 JIS:2139 Ideographic iteration Mark 繰りかえし記号、印刷業界用語 カンクリ、最近の若者用語 ノマ」
◎ 「〻 Vertical ideographic iteration mark 画句点 1-02-22 二の字点・ゆすり点、印刷業界用語 ピリピリ」
電子機器の文字入力にあっては、「〃・々」は、「おなじ・どう」から変換ができる。
ただし「仝 JIS2138」は本来「同」とおなじ「字[漢字]」であり、また中唐の詩人:蘆仝ロドウ や、梁山泊の豪傑のひとり:朱仝 シュドウ にみるように中国では姓や名にもちいられている。
記号としての文字変換は「おなじ」からなされるばあいがほとんどで、どういうわけか「どう」からは変換されないことが多い。
やっかいなのは「々 と 〻」のつかいわけである。
古来はもとより、現代中国でも「々 カンクリ・ノマ」は、略記号という認識があるため、日常生活ではもちいるが、正式文書や詩歌ではほとんどもちいない。
わが国では漢字を漢字音でよみ、また和訓音でもよむ。
すなわち「日日」には、「日〻 にちにち」とし、「日々 ヒビ」とする要があり、この両音を区別するために、いつのころか「〻 ピリピリ」がうまれた。
当然和訓音がない中国ではまったくもちいられない記号である。
「〻」は英語表記では Vertical Ideographic Iteration Mark(垂直表意文字-縦組み漢字-の繰り返し記号)とされ、漢字水準では「〻 画句点:1-02-22」といった相当下位におかれている。
国際的には「〻 Unicode : U+303B」にある。
そのために汎用性の低い一部のデジタルタイプでは「〻」を欠くこともしばしばみられる。
こんにちの『毎日新聞』の源流をなす『東京日日新聞』は、1872年(明治5年)2月21日、条野伝平、西田伝助、落合幾次郎らが創刊した東京最初の日刊紙として呱呱の声をあげた。
ここでの紙名「東京日日」は、「とうきょう-にちにち」であり、略称や俗称として「にちにち」、「とうにち」などと呼ばれた。
当初は浅草茅町(現在の浅草橋駅近辺)の条野の居宅から発刊したが、二年後に銀座(銀座四丁目三愛ビル直近、現ユニクロ店舗)に社屋を建てて進出。雑報入りの「新聞錦絵」が東京土産として話題を呼んだ。
1873年(明治6年)、岸田吟香が入社し、平易な口語体の雑報欄が受け大衆紙として定着した。ついで1874年(明治7年)入社と共に主筆に就任した福地源一郎(櫻痴)が社説欄を創設してからは紙面を一新し、政府擁護の論陣を張る御用新聞となり、自由民権派の政論新聞と対抗した。
『東京日日新聞』は、創刊からしばらくは「日日 日〻」などと表記したが、まもなくみずから崩れた。
すなわち「日々 ヒビ」としるして「日日 にちにち」と(勝手に)読者によませるようになった。
「々 JIS:2139 Ideographic iteration Mark 繰りかえし記号、印刷業界用語 カンクリ、最近の若者用語 ノマ」がすっかり定着し、「〻 Vertical ideographic iteration mark 画句点 1-02-22 二の字点・ゆすり点、印刷業界用語 ピリピリ」は、形象が横組み表記ではもちいずらかったのか、あまりに「々」の乱用が目立つ昨今である。 ことしは「々 〻」にこだわってみたいとおもうゆえんである。