活字《捨て仮名》《並み仮名》は様々な名称で呼ばれる!
捨て仮名派・半音派・促音派・寄せ仮名派・拗促音派?・無名派!
あなたは促音・拗音の仮名文字活字をどう呼びますか?
《促音・拗音・撥音と「捨て仮名」活字》
ここでは別に、国語表記論や、音韻論を展開しようというものではない。タイポグラフィの実践の現場で、日日処理をせまられる事柄を検証してみただけである。すなわち、ながらく筆者は、なんの疑いもなく、促音・拗音をあらわす「っ・ゃ・ゅ・ょ・ィ・ォ」など、小さなサイズの仮名文字活字のことを「捨て仮名」と呼び、そのほかの、ふつうの大きさの仮名文字活字を「並み仮名、乃至ナイシは まれに、直音チョク-オン仮名」と呼んできた。ところが先般イベントの打ち合わせ中に、写植活字からスタートした活字書体設計者(50代後半かな?)に、「カタシオさん、どうして拗促音ヨウ-ソク-オンのことを、捨て仮名というんですか?」と、かなり強い口調で質問(詰問?)を受けた。
同席していたほかの書体ベンダーのかた(50代かな?。写植世代人)に「アレッ、オタクでは促音や拗音の活字のことを捨て仮名っていわない?」と問うと、「ウチでも拗促音です」といわれた。前者はさらにことばを継いで「捨て仮名っていわれると、なにか拗促音を軽視されているような気がする」ともいわれた。もちろん筆者は「捨て仮名」活字を軽視するわけではないし、促音・拗音・撥音ハツ-オン(日本語の語中または語尾にあって、1音節をなす音。ひら仮名では「ん」、カタ仮名では「ン」であらわす)のことはひととおり知っているつもりだったが、「拗促音」なるチョイと便利そうな合成語? は知らなかったので、奇異におもった。
ちなみに「拗促音」は『広辞苑』(申し訳ない。主として電子辞書第4版を使用している)にも、印刷業界の用語集『印刷事典』(第5版 日本印刷学会 印刷朝陽会 平成14年1月7日)にも紹介されていない。そしてTさんやIさんが辛い評価をくだした「捨て仮名」は、両書にしっかりと紹介されていた。少し退屈かもしれないが、まず国語辞書や印刷業界の用語集では、これらのことばをどう扱っているのか見て欲しい。
そく-おん【促音】――広辞苑(第4版)
語中にあって次の音節の初めの子音と同じ調音の構えで中止的破裂または摩擦をなし、一音節をなすもの。「もっぱら」「さっき」のように「っ」で表す。また、感動詞「あっ」「っ」で表す音のように、語末で急に呼気をとめて発するものにもいう。つまる音。つめる音。促声。
よう-おん【拗音】――広辞苑(第4版)
(「拗」は、ねじれる意)〔言〕
国語のア〔a〕ウ〔u〕オ〔o〕の母音の前に半母音〔j〕を伴った子音が添っている音節。「や」「ゆ」「よ」の仮名を他の仮名の下に添えて表し(現在は一般に小さく書く)一音節をなす。すなわち「きゃ〔kja〕」「きゅ〔kju〕」「きょ〔kjo〕」、その他「ぎ」「し」「じ」「ち」「に」「ひ」「び」「ぴ」「み」「り」に「や」「ゆ」「よ」が添うもの。開拗音。
「か」「が」「け」「げ」の子音と母音との間に〔w〕の音の挿入された音節。「くゎ〔kwa〕」「ぐゎ〔gwa〕」「くゑ〔kwe〕」「ぐゑ〔gwe〕」。現在は、方言に「くゎ」「ぐゎ」が残るのみ。合拗音 ⇄ 直音
よう-そく-おん【拗促音】――広辞苑(第4版)
記載なし
そくおん 促音/ようおん 拗音/ようそくおん 拗促音―-印刷事典(第5版)
記載なし
すて-がな【捨て仮名】――『広辞苑』(第4版)[傍線筆者。以下同じ]
① 漢文を訓読する時に、漢字の下に小さく添えて書く送り仮名。すけがな。
② 促音・拗音などを表すのに用いる小さな字。「っ・ゃ・ゅ・ょ・ィ・ォ」の類。
すてがな 捨て仮名―――『印刷事典』(第5版)
一般に半音と呼んでいる拗ヨウ音、促音のこと。縦組みは右横付き、横組みは下付きに鋳込まれる。
はん-おん【半音】――『広辞苑』(第4版)
〔音〕[音楽用語の解説のみ。以下略]
はんおん 半音―――――『印刷事典』(第5版)
記載なし
ちょく-おん【直音】――『広辞苑』(第4版)
日本語の音節の一種。拗音・促音以外の音。1音節が、かな1字で表される音。
ちょくおん-ひょうき【直音表記】――『広辞苑』(第4版)
拗音に撥音されたと考えられる漢字音を、直音のかなで表記すること。シャ(者)・シュ(主)・ショ(所)を、サ・ス・ソと書く類。
ちょくおん 直音/ちょくおんひょうき 直音表記―――――『印刷事典』(第5版)
記載なし
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『造本と印刷』(山岡勤七 印刷学会出版部 昭和23年1月25日)
敗戦直後で書物が少ない時代にあって、本書は出版・印刷人が争って求めたとされる。本文用両仮名活字は凸版印刷勤務時代のミキ イサムによる「横組み用9ポイント新刻仮名活字」で、本書にのみ使用例をみるもので、原資料・活字母型・活字は保存されていないとされる(凸版印刷談)。装幀:原 弘
『造本と印刷』第六章:当用漢字・新かなづかい、68項:新かなづかい(現代かなづかい)について――は、昭和21年9月、国語審議会の答申に基づき、内閣訓令、告示により「現代かなづかい」と「当用漢字表」が公布されたのをうけてしるされている。p84第9. ヨウ音をあらわすには、ヤ、ユ、ヨを用い、なるべく右下に小さく書く。第10. ソク音をあらわすには、ツを用い、なるべく右下に小さく書く。――とある。ここには正式な名称は与えられていないし、なるべく……など、あいまいな記述が目立つ。この文部科学省のあいまいな姿勢は「現代仮名遣い」昭和61年7月1日 内閣告示 にも継承されて現在にいたっている。
ここまで調べてきて、どうやら明治からの文部省・文部科学省が、促音と拗音を表記する、仮名文字活字の名称とその定義を明確にしてこなかったために、民間で混乱がおこっているらしいことに気づいた。これについては、いずれ明治からの仮名遣いに関する公文書を紹介して整理したい。それでも気になって、あれこれ調べることになった。冒頭に掲げたように、『広辞苑』では「捨て仮名」はしっかり紹介されていた。もちろん『広辞苑』がすべてのことばを包含・包摂するわけではないが、すくなくとも小社では、現代通行文として「芝居を観て、感動して家にもどつた」としるせば、「つ」の部分に、横組みなら「∧」、縦組みなら「<」のような校正記号で朱記がはいるか、あるいは「つ」に丸記号がしるされ、そこから枝のように伸びた修整指示として「捨て仮名にカエ」、あるいは単に「ステ」という指示が入ることになる。その逆に、歴史的仮名遣いなどでは「芝居を観て、感動して家にもどった」とあれば、前記と同様の記号とともに、「並み仮名にカエ」、あるいは単に「ナミ」という指示が入る。すなわち「捨て仮名活字 ≒ 促音・拗音をあらわす小さなサイズの仮名活字」と「並み仮名活字・直音仮名活字 ≒ ふつうのサイズの仮名活字」のふたつのことばはセットでもちいられる。したがって「拗促音にカエ」などの指示はしたことはないし、これが当たり前だとおもっていた。そこで簡単な調査であったが、近接業界のひとに直接取材した。
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¶「捨て仮名活字」派は、比較的高齢な出版人・編集者・校閲者に多い。また、活版印刷時代からの歴史を有する書籍印刷所では、いまでもふつうにもちいられている。これらの職業人は、ほぼ全員が「捨て仮名/並み仮名・直音仮名」という、サイズの異なる仮名活字を意識して併用していた。また、このグループのひとたちは、「促音」「半音」「寄せ仮名」も理解していたが、通常「捨て仮名」が第一位で、相手によって「促音」をつかいわけるとした。またおひとり「一部で『拗促音』というが、促音と拗音は明確に異なるから、安易な合成語は疑問。しかも『拗促音』は、字音(読み)を表すが、意味範疇が活字の形象に及んでいないから意識して使わない」とするひと(学生時代は音韻論を専攻)もみられた。
¶ 金属活字業者・活版印刷業者・オフセット平版印刷業者は「半音ハン-オン仮名活字」派が圧倒的多数派。ほかにも「小仮名活字・寄せ字・寄せ仮名活字・捨て仮名活字・促音活字」などと、実にさまざまな呼称をもちいている。 ここで印刷業界の業界用語集『印刷事典』を再度紹介する。
すてがな 捨て仮名―――印刷事典(第5版)
一般に半音と呼んでいる拗ヨウ音、促音のこと。縦組みは右横付き、横組みは下付きに鋳込まれる。
この『印刷事典』にあるように、印刷業界ではいまでも「促音・拗音[にもちいる仮名活字]を、一般に半音 乃至ナイシは 半音仮名活字と呼んでいる。また促音「っ」を吃音キツオンとしたり、「ぁぃぅぇぉァィゥェォ」の文字列を「半母音ハン-ボ-イン、ハン-ボ-オン」とする例もみられた。また「半音」にたいして「直音・全角」があり、「五号明朝の半音活字の『っ』と、直音(全角)の『つ』の仮名活字」のようにつかいわけていた。校正指示記号や金属活字の発注にあたっては、「半音/直音(全角)」と表記すればこと足りる。この金属活字を使用するグループの標本数は8例と少ないが、現在はオフセット平版印刷に転じているものの、社内に組版部を有する中規模の書籍印刷所5社も同様の傾向をしめした。都合16例のうち2例をのぞき「拗促音」は理解されない。
¶ 写植活字時代になると、どこかの写植メーカーがそう呼称したのか、比較的高齢者の写植業界人や、周辺のグラフィックデザイナーを中心に、「拗促音」派が存在する。 写植世代といえるかどうか、おおむね45歳-団塊世代 60代前半の、かつて文字組版として写植活字を主にもちいていた層、ないしは、商業印刷のデザインが中心だったグラフィックデザイナーの比較的高齢者の一部が、促音と拗音をつづめて「拗促音」ということがわかった。この「拗促音」と呼ぶひとたちに特徴的なのは、たれも「拗促音活字」とはいわなかったことである。すなわちこれ(拗促音)が字音をあらわすだけで、文字形象には及ばないことを理解していないようであった。また「捨て仮名/並み仮名」「半音仮名活字/直音仮名活字・全角仮名活字」といった対語を「拗促音」は持たず、「仙台にいった」の文例から、「っ 」は、すみやかに「拗促音」と答えるが、「仙台にい○た」のほかの仮名部分の名称をもたず、「う~ん、ふつうの仮名かな」「こういったふつうの仮名に名前なんてあるの」という答えがおおかった。「最近では、拗促音だと、クライアントやスタッフとコミュニケーションがとれないから、できるだけ促音といっている」という例もあった。また、このグループに顕著だったのは「歴史的仮名遣い」への理解と経験の不足であった。
¶ いました!「無呼称・無名」派。20-30代のDTP世代に意外と多くいる! 驚いてはいけない。パソコンの登場期以後の若い世代に「仙台にいった」の文例をみせて、「っ」の名称を聞いたところ、「こういうのって、なにか名前なんてあるんですか?」、「う~ん、小さな つ かな?」という答えが多かった。なかには「Xのキーボードを押して、 TU を入力すると出る字」、「いや、L のキーを押してから、TUのほうが楽だよ」「KYA, KYU, KYO でも きゃ、きゅ、きょ がでてくるし……」。パーソナル・コンピュータと、ワード・プロセッシング・ソフトウェアという便利な道具をはじめから獲得していた世代にとっては、まれに「ボスが時々促音とかっていっています」程度の関心しかないようである。つまり、かれらは手段・方法だけをかたっていた。この世代人にとっては、捨て仮名と並み仮名を差異化して処理する必要に迫られたことがないのであろうか。こうしたひとはウェヴ・デザイナーやDTPデザイナーに多くみられたので、将来の国語表記に漠然とした不安をいだかせた。まことにやれやれであった。されど、きちっと体系立ててこの国のタイポグラフィの基盤を構築してこなかった責任を感ずるものの、目下のところ唖然とするばかりでなにもいうこと無し。諸君の未来に幸多かれと祈るばかりである。次回は、江戸中期から平成の世までの「促音と拗音の仮名活字表記の歴史」を検証したい。