じゅん-か-かく-じょう 【 淳 化 閣 帖 】
『淳化閣帖』 諸家古法帖巻五 中書令褚遂良書
(宋拓淳化閣帖 中国書店 1988)
じゅん-か-かく-じょう 【 淳化閣帖 】
中国宋王朝第2代皇帝 ・ 太宗(976-997)が淳化3年(992)に 宮廷の宝物藏(内府)所蔵の、歴代のすぐれた墨跡を、翰林侍書であった王著(オウチョ ?―990)に命じて、編輯、摹勒(モロク 摸倣によって木石に彫刻)させた拓本による集法帖。10巻。
内容は、拓本集のような趣だが、全10巻中、3巻が王羲之 オウギシ、2巻が王献之 オウケンシで、二王父子が別格の扱いになっている。その題を紹介する。
法帖第一 歴代帝王
法帖第二 歴代名臣
法帖第三 歴代名臣
法帖第四 歴代名臣
法帖第五 諸家古法帖
法帖第六 王羲之書一
法帖第七 王羲之書二
法帖第八 王羲之書三
法帖第九 王献之書一
法帖第十 王献之書二
法帖 ホウジョウ とは、先人の筆跡を紙に写し、石に刻み、これを石摺り拓本にした折り本のこと。 ここから派生した製本業界用語が 【法帖仕立て】 である。 法帖としては、この宋の『淳化閣帖』、明の『停斎館帖』、清の『余清斎帖』などが著名である。
『淳化閣帖』の用紙は 澄心堂紙 ヨウシンドウシ、墨は李廷珪墨 リテイケイボク をもちいて拓本とし、左近衛府、右近衛府の二府に登進する大臣たちに賜った「勅賜の賜本」である。 当然原拓本の数量は少なく、現代においては原刻 ・ 原拓本による全巻揃いの完本はみられない。 わずかに東京台東区立書道博物館に、虫食いの跡が特徴的な2冊の原拓本『夾雪本 キョウセツボン』がのこされているのにすぎない。
同館所蔵書はきわめて貴重なもので、王羲之の書を収録した第七、第八の2冊である。これは完成直後の初版本(原拓本)とされている。命名の由来は、虫食いの跡が白紙の裏打ちによって、あたかも雪を夾んだようにみえることから「夾雪本」の名がうまれた。所蔵印から、顧従義、呉栄光、李鴻章(1823-1901) らの手をへて、1930年代に初代館長・中村不折の手にわたった。
『淳化閣帖』 法帖第七 王羲之書二 夾雪本 (台東区立書道博物館蔵)
『淳化閣帖』法帖第八 王羲之書三 夾雪本(台東区立書道博物館蔵)
「勅賜の賜本」 としての『淳化閣帖』は数量がきわめてすくなく、すでに宋代において、原刻本からふたたび石に刻して帖がつくられた。そのままの形で刻したものを翻刻本 ホンコクボン といい、その内容や順序に編輯を加えたものを類刻本という。
宋代の翻刻本では賈似道(カジドウ 1213-75) による『賈刻本 カコクボン』、寥瑩中 リョウエイチュウ による『世綵堂本 セサイドウボン』が著名である。
重刻本としては『大観帖 タイカンジョウ』、『汝帖 ジョジョウ』、『絳帖 コウジョウ』、『鼎帖 テイジョウ』(書道博物館蔵)などがあるが、これらはいわゆるかぶせ彫りの「覆刻本」がおおく、真の姿を伝えているとはいいがたい。
明代になっても多くの翻刻本『淳化閣帖』がつくられた。顧従義 (コジュウギ 1523-88)による『顧氏本、玉泓館本 ギョクオウカンボン』、潘雲龍 ハンウンリュウ による『潘氏本、五石山房本 ゴセキサンボウボン』 などが著名である。
清代における翻刻本に『西安本』がある。これは現在陝西省西安の碑林博物館に展示されている。 重刻本としては清朝第6代皇帝 ・ 乾隆帝(在位1735-95)の勅命による『欽定重刻淳化閣帖』 があるが、これはあらたな編輯をくわえてつくられた、重刻による法帖である。
一般に『淳化閣帖』 と称されるが、これは最後の款記に「淳化三年壬辰歳十一月六日奉旨摹勒上石」 とあることによる。 また完成後にこれを所蔵した場所にちなんで『秘閣帖』、『閣帖』とも称した。
編輯摹勒したのが王著であるとされるのも確証はない。 王著は淳化元年 (990) に歿している。 むしろ王著が中心となって編輯し、その没後に完成したものとみられている。
参考資料 / 『宋拓淳化閣帖 』 影印本 中国書店 1988年3月
『書道基本用語詞典』 春名好重 中教書店 平成3年10月1日
『台東区立書道博物館図録』 書道博物館編 台東区芸術文化財団 平成12年4月1日