花こよみ 017

花こよみ 017 

詩のこころ無き吾が身なれば、折りに触れ、
古今東西、四季のうた、ご紹介いたしたく。

おぼろ  月  夜

  菜の花畠に 入日薄れ
  見わたす山の端 霞ふかし
  春風そよふく 空を見れば、
  夕月かかりて、にほひ淡し


  里わの火影ホカゲも 森の色も
  田中の小路を たどる人も
  蛙カワズのなくねも かねの音も
  さながら霞める 朧月夜

蛇  足 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
小学唱歌『朧月夜 オボロ-ヅキヨ』 
作詞:高野 辰之 (明治9年4月13日-昭和22年1月25日)
昭和8年(1933年)『新訂尋常小学唱歌 第六学年用』
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高野辰之さんのこと [  高野辰之記念館  ]
高野辰之さんの生家は長野県下水内郡豊田村であった。やつがれの生家は、豊田村から秋津村をはさんで、もうひとつ千曲川にそった下流、新潟県との県境につらなる下水内郡飯山町  →  飯山市である。
高野さんは長野師範学校(現信州大学教育学部)卒、飯山町で教員生活をしたのち、東京音楽学校(現東京藝術大学)教授となり、在京時代は代々木駅前に居住していた。その東京での旧居は3年ほど前まで保存されていた。
老境にいたり、郷里にちかい長野県上高井郡野沢温泉村の「温泉旅館住吉屋」の離れに移住して、ここでご夫妻とも逝去した。

高野辰之さんと、やつがれの母方の祖父はよほど昵懇だったらしい。またオヤジの郷里も野沢温泉村である。だからしばしば父母に連れられて高野家を訪問した。昨年逝ったアニキは、高野さんに抱かれたことを覚えており、その写真も実家にある。やつがれも抱かれたらしいが、乳児のころとて記憶にない。むしろ「温泉のおばあちゃん」と呼んでいた高野未亡人に、おおきな温泉風呂にいれてもらったり、氷水やマクワウリをご馳走になったことをわずかに覚えているくらいである。

猪瀬直樹『唱歌誕生  ふるさとを創った男』(小学館、2008年8月)がある。主人公は高野辰之さんと、真宗寺先先代住職井上某氏。浄土真宗西本願寺派・真宗寺の元住職は、明治の頃、ここ草深い信州から旅だって「大谷探検隊」の一員として、敦煌莫高窟の調査にあたった奇特なひとである。この真宗寺はふるく、飯山女学校(現飯山南高等学校)の教師時代に、島崎藤村が下宿として住んだ寺であり、ここにやつがれのオヤジとアニキも眠っている。

『おぼろ月夜 ♫ 菜の花畠に 入日薄れ 見わたす山の端 霞ふかし~』
『故郷フルサト ♫ 兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川~』
『春の小川 ♫ 春の小川は さらさら流る 岸のすみれやれんげの花に~』
『春が来た ♫ 春が来た 春が来た どこにきた~』
『紅葉モミジ ♫ 秋の夕陽に 照る山紅葉 濃いも薄いも 数あるなかに~』
以上の小学唱歌の作詞は、すべて高野辰之さんである。

猪瀬直樹氏(実は お~獅子シッシ と呼ばれていた一級後輩)はしるす……。
「ほとんどの日本人は、ふるさとというと、たくまずして、山があり、川が流れ、雪がシンシンと降りつもる、ここ北信州・信濃の飯山周辺の情景をおもう。それは小学唱歌で刷りこまれた幼児時代の記憶であり、その作詞家・高野辰之の心象描写による」と。
お~獅子、エライ!

ところで、北アルプスに源流を発する梓川と、南アルプスに源流を発する千曲川は、長野市のあたりで合流して正式には信濃川となる。上流からみて、その左岸はふるくから上水内カミミノチ郡、下水内シモミノチ郡、右岸は上高井カミタカイ郡、下高井シモタカイ郡と呼ばれてきた。信濃川をはさんだだけというのに、これらの各郡はともに競合し、ライバル視する仲であった。

高野辰之さんの郷里とやつがれの郷里は、道路が整備されたいま、車なら15分ほどであり、実家の片塩医院の通院・往診範囲であり、ともに下水内郡にあった。ところがなんと、豊田村は2005年4月1日、いわゆる平成の大合併で、川向こうの旧下高井郡信州中野市と合併した。
したがって、かつて飯山市が中心となって設立した  高野辰之記念館 は、信州中野市の施設となっている。 

豊田村の合併にやぶれた飯山市は逆襲にでて、やはり川向こうの、下高井郡野沢温泉村を合併しようとしたが、住民投票の結果合併は拒否され、勇気ある孤立のみちを野沢温泉村は選んだ。すなわちわがふる里・飯山市は、豊田村を川向こうの中野市にうばわれ、仕返しとばかり、川向こうの野沢温泉村に合併をしかけて袖にされた。豪雪の地、過疎の町・飯山は、あまりにあわれである。

オヤジが元気なころ、盆暮れには子供を引きつれてそんな飯山に帰省していた。オヤジが去って、アニキの代になると、次第に足が遠のいた。まして昨年アニキが逝くと、ひとがいいとはいえ、兄嫁さんと甥・姪の家では、もうふる里とはいいがたい。
てまえ自慢と同様に、いなか自慢はみっともないとされる。
されど、故郷  忘じがたくそうろう!