タイポグラフィ あのねのね*020 活字列見 or 並び線見

【初掲載:2013年07月07日 改訂版:2013年07月20日掲載】

《きっかけは2011年12月をもって第一線を退いた 長瀬欄罫製作所 の提供の品であった》
2011年、あのおおきな地震と、原子力発電所の大事故が03月11日に発生した年であった。
東京都文京区関口にあった「長瀬欄罫ランケイ製作所」が、設備の老朽化と、経営者と従業員の高齢化、後継者不在のために、2011年の年末をもって閉鎖することが夏頃から書状をもって公表されていた。

長瀬欄罫製作所 第二代/長瀬 慶雄ナガセ-ヨシオ(昭和17年/1942年/8月8日 東京うまれ)とやつがれとは、ほぼ同世代であり、ながいつきあいになる。
長瀬欄罫は戦前は文字どおり活版印刷用の「欄罫製造業者」であった。戦後は大日本印刷の外注企業として、おもにページ物に使用する金属インテルや、日本語モノタイプ(自動活字鋳植機、通称:小池式 KMT 邦文活字自動鋳植機)をもちいて、各社に本文用活字を供給していた。

長瀬慶雄氏は、親子二代にわたって長年使用してきた「インテル鋳造機、欄罫鋳造機、KMT邦文活字自動鋳植機」などの廃棄をきめていたが、やはり長年にわたって愛用してきた機器に愛着があり、無償でよいからと、継続して使用する業者に譲渡される方途を探っていた。
やつがれも、友人・知人をあげて引き受け手を探したが、活版印刷関連業者はどこも現状維持が精一杯で、まして大地震と大事故のあとのことでもあり、無償でもこれらの大型機器の引き取り手は無かった。
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ところが暮れも押し詰まった2011年12月24日に、台湾の「日星鋳字行」という活字版製造所が、インテル鋳造機の引き取りに名乗りをあげて来日された。
12月24日とはクリスマス・イヴであった。
どうしても年内いっぱいには工場を閉めたいという、長瀬さんのつよいご希望があり、あわただしく「乙仲業者」を起用して、台湾にむけてインテル鋳造機を梱包発送できたのは、2011年12月29日というギリギリの日程であった。

台湾・日星鋳字行にもありました! このちいさな器具が。
「やつがれ-これをナント呼んで、ナニに使っていますか」
「張介冠チョウカイカン代表-名前は知らないけど、欧文活字を鋳込むとき、ベースラインを見本活字とあわせるのに必ずつかっています」
「やつがれ-なるほど、日本とほとんど同じですね」
「柯 志杰カシケツさん-そうか、知らなかったなぁ」
【参考資料:朗文堂-好日録019 活版カレッジ台湾旅行 新活字母型製造法を日星鋳字行でみる 2012年10月22日

大型機器が搬出された工場内は、ガランとした空間になったが、そこに前から気になっていた、ちいさな「器具や道具」が数個のこされていた。長瀬氏も「欧文活字の検査に使っていた」とされたが、名前は忘れたということであった。
「あした産業廃棄物業者がきて、全~部持っていくから、それはあげるよ」
ということで、その「器具」をいただいて、あわただしい師走の街並みをぬって帰ってきた。
【参考資料:タイポグラファ群像*005 長瀬欄罫製作所/小池製作所を記録する
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年が明けて、名前が分からないままというのも落ち着かない気分だったので、年始の挨拶などの会話で、この「道具」の名前の取材からはじめた。
その記録は、
タイポグラフィ あのねのね*016 これはナニ?  2012年02月23日
タイポグラフィ あのねのね*018 2012年03月13日
の2回にわたって『花筏』に発表した。掲載記事にリンクするとともに、要点だけを以下に挙げた。

タイポグラフィ あのねのね*016 要旨

これはナニ? なんと呼んでいますか? 
活版関連業者からお譲りいただきました。

◎  元・岩田母型製造所、高内  一ハジメ氏より電話録取。(2012年01月04日)
   《版見》と書いて《はんみ》と呼んでいました。
◎ 築地活字 平工希一氏談。(2012年01月10日)
   ふつうは「はんめ」と呼んでいます。漢字はわかりません。
   ひとに聞かれると「活字の高さを見る道具」だと説明しています。

◎  匿名希望 ある活字店談。(2012年02月02日)
   うちでは「はんめんみ」と呼んでいます。
   漢字は不確かながら「版面見」ではないかとおもいます。
◎ 精興社 小山成一氏より@メール(2012年02月15日)
   小社では《ハンミ》と呼んでいたようですが、元鋳造課長の75歳男に訊いたところ、
   判面(はんめん)と呼んでいたとのことでした。
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タイポグラフィ あのねのね*018 要旨

Type Inspection Tools   活字鋳造検査器具 

Type Lining Tester  活字列見

《これはナニ? なんと呼んでいますか?  タイポグラフィ あのねのね*016での問題提起》
2012年2月23日、タイポグラフィ あのねのね*016 において、下掲の写真を紹介するとともに、その呼称、役割、使途などを調査する一環として、金属活字鋳造、活字版印刷関連業者からのアンケートをしるした。 
その問題提起とアンケート結果は、上記アドレスにリンクしてあるので、まだ前回資料を未見のかたは、ご面倒でも事前にご覧いただきたい。

簡略なアンケートながら、このちいさな器具の呼称は、
「版見ハンミ、はんめ、版面見ハンメンミ、ハンミ、判面ハンメン」
などと、活字鋳造業者、活版印刷業者のあいだでは様様に呼ばれていたことがわかった。
140年余の歴史を有するわが国の近代活字版印刷術 タイポグラフィ と、活字鋳造業界には、じつに多様な業界用語があり、それがしばしば訛ってもちいられたり、省略されてもちいられることが多い。まして金属活字鋳造業界はながい衰退期にあるため、情報の断絶がしばしばみられるのがつねである。

『VIVA!! カッパン♥』(アダナプレス倶楽部・大石薫、朗文堂)は、「活版印刷の入門書」とされるが、大半を活版印刷に使用する(された)機器の紹介が占めている。あらたな事象を知るためには、迂遠なようでも、まず関連機器の正式な名称とその役割を知ることがたいせつと信じてのことであった。

またその使途・用途は、アンケート結果をみると大同小異で、ほとんどが、
「活字の高さを調べる器具」
「活字のライン、とりわけ欧文のベースラインの揃いを確認する器具」
との回答をえた。
現在の電子活字、とりわけその主流を占めるアドビ社の「ポストスクリプト・フォント・フォーマット」においては、ベース・ラインの設定は、全角 em を1,000としたとき、120/1000の位置に設定されている。欧文活字設計、欧文組版設計において、もっとも重視される基準線がベース・ラインであることは、昔も今もなんら変化がない。
そしていまや、和文電子活字、和文電子組版でさえ「ポストスクリプト・フォント・フォーマット」が主流となったため、ベース・ラインはより一層その重要性をたかめている。

わが国の金属活字の時代も、当然ベース・ラインの揃いは重視され、すくなくとも『活字と機械』に紹介された図版をみると、1914年(大正3)には使用されていたことがあきらかになった。
しかしながら、拡大鏡をもちいるとはいえ、この簡便な器具での視覚検査だけではおのずと限界がある。したがって相当以前から、このほかにも「顕微鏡型」とされる、より正確な、各種の活字鋳造検査器具が開発され、また鋳造現場での創意・工夫がなされ、随所にもちいられていた。
そのひとつは「ライン顕微鏡 Lining microscope」とされ、アダナプレス倶楽部が所有している。

  

《文献にみる、この器具の資料》
まだ精査を終えたとはいえないが、この器具はいまのところ外国文献には紹介を見ていない。しかし過去の例からいって、本格的に写真図版を紹介すると、やがて資料の提供があちこちからあるものと楽観している。
またのちほど紹介する、インチ目盛りのついた類似器具が、かつて学術書組版のために、欧文自動活字鋳植機(いわゆる欧文モノタイプ)を使用していた、新宿区内の企業から発見されている。いずれ外国文献の報告はあるものと期待をこめてみていたい。

わが国の資料では、『活字と機械』(東京築地活版製造所、大正3年6月)の各章の扉ページ(本書にページ番号は無い。電気銅版とみられる同一図版が6ヶ所にもちいられている)にもちいられたカット(イラスト)の左上部、上から二番目に類似の器具が図版紹介されている。
今回の調査をもって、この図版にみる12点の器具すべての呼称と役割が判明した。それだけでなく、ここにある12点の器具は、すべて朗文堂アダナ・プレス倶楽部が所有し、いまもってほとんどの道具や器具を使用している。すなわちわが国の活字印刷術とは、おおむね明治末期から大正初期に完成期を迎えていたとみなすことが可能である。
 
       

上左:『活字と機械』(東京築地活版製造所、大正3年6月)表紙には損傷が多く、若干補修した。本書にはページナンバーの記載は無い。
上右:『活字と機械』扉ページ。外周のイラストは電気銅版(電気版、電胎版とも)とみられ、外周部の同一の絵柄が、都合6ヶ所にもちいられている。

『活字と機械』扉ページより、左上部2番目の器具を拡大紹介した。この時点ではまだ正式呼称はわからなかった。主要素材は銅製で、下のネジを回すと、手前の鉄片が上下する仕組みになっている。取っ手にみえる円形の輪は、この鉄片の上下動を固定する役割を担っている。

右最下部:「活字ハンドモールド──同社では活字台・活字スタンプ」と呼び、1902年(明治35)12月27日に特許を取得している。

また江川活版製造所創業者、江川次之進が、この簡便な器具を「活字行商」に際してもちいたことが、直系子孫が保存していた掛け軸の絵柄から判明している。2012年05月《活版凸凹フェスタ》にて詳細な発表をした。また近近江川活版製造所に関する論文発表の機会も得たい。

《ついに発見! 晃文堂資料から──LININNG TESTER  列見》
これまでも筆者は、かつて吉田市郎がひきいていた「晃文堂」に関してしばしばふれてきた。
ここでふたたび『KOBUNDO’S TYPE-FACES OF TODAY』(株式会社晃文堂 千代田区神田鍛冶町2-18、p.67、1958)を紹介したい。

『KOBUNDO’S TYPE-FACES OF TODAY』は、たんなる活字見本帳ではない。活字版印刷術 タイポグラフィを見据えた、総合技芸をサポートする豊富な内容となっている。そのp.67に問題の器具の写真が紹介されている。
左半分は〈INSPECTION TOOLS〉すなわち〈活字鋳造検査器具〉の各種である。
その(A)に LININNG TESTER  列見 と紹介されている。 

左図の中央部に、(A)LINING TESTER  列見が紹介されている。(B)「ライン顕微鏡 Lining microscope」である。この類似機をアダナプレス倶楽部が所有している。

ここにみる機器は製造ラインが破綻したものもあるが、小社をふくめ、いまも活字版印刷所、活字鋳造所などでは現役でつかわれている。アダナ・プレス倶楽部では《活版ルネサンス》などのイベントに際し、陳列・展示、一部は水面下にあった製造ラインを「復活 ルネサンス」させて、製造・販売にあたっているものである。

ようやく晃文堂が提示したこの器具の呼称があきらかにされた。いまならば和製英語としても「ベースライン・テスター」でも良かろうとおもわれるが、前述のようにかつての活字版印刷術の職人は、欧文を横文と呼んで毛嫌いするかたむきがあり、あえて「欧文のベースラインの行の列をみる → 列見」としたようである。
そしてこれが訛って「版見ハンミ、はんめ、版面見ハンメンミ、ハンミ、判面ハンメン」などと呼ばれるようになったものとおもわれた。
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 《『印刷事典』第1版と、『印刷事典』第5版の記述の紹介》
「活字列見」は、ご覧のように愛嬌のある姿をしているので、『花筏』での紹介後に人気をあつめたとみられ、何人かのかたが「つぶやき プロフィール・アイコン」などに使用されているらしい。
そんなうわさを聞くと、責任も発生してくるので、晃文堂カタログに紹介された「LINING TESTER  列見」をもとに外国文献にもあたってみた。
図版紹介はないものの、「lining gauge, aligning gauge ; Linienmaß」の名称での説明が関連用語として外国文献にも紹介されていた。

ついで和洋折衷ともいえる『英和  印刷-書誌百科事典』(日本印刷学会、印刷雑誌社、昭和13年1月12日──印刷学会出版部では同書を『印刷事典 第一版』とする)と、『第五版 印刷事典』(日本印刷学会、印刷朝陽会、平成14年1月7日)にあたってみた。

あたりまえといえばそれまでだが、事典や辞書とは、名前から引いて表題語にたどりつくものである。したがって狭隘な自分の経験即だけでかたられたり、業界用語として訛ってもちいている用語では、目的語にたどり着けないことがある。いかに「ウンチク派」とそしられようとも、やはり正式な名前とその機能を知ることは肝要である。
結果は以下にご覧のとおりで、おもわず苦笑するしかなかった。

ついでながら『英和  印刷-書誌百科事典』の刊記(奥付)をご覧いただくとわかるが、同書は1938年(昭和13)という、活版印刷が奈落に突き落とされる寸前の、もっとも高揚期に刊行された書物で、秀英舎から大日本印刷に衣替えした直後、しかも矢野道也、郡山幸夫、川田久長ら、日本印刷学会の創立者たちの名前がしるされている。
とりわけ印刷者として、川田久長の個人名と自宅住所がしるされているのは興味ふかい。また1938年(昭和13)における、活版印刷の和欧混植組版の技倆はかるための、最適の資料ともいえる。



『英和  印刷-書誌百科事典』のp.330から Lining の解説がはじまり、p.332 にいたって図版入りで以下のように解説がなされている。

lining gauge (Linienmass
活字の Line を測定する器具。aligning gauge ともいふ。

図版は、これまで紹介したものより、「榎町のおじいちゃん、小宮山のおじいちゃん」の所蔵品の「モノタイプ・コーポレーションの純正測定器」として紹介したものに近似している。


ついで、『第五版 印刷事典』(日本印刷学会、印刷朝陽会、平成14年1月7日)にあたってみた。同書p.381には、【ならびせん 並び線 (同)ベースライン】の記述に続いて、以下のように図版入りで解説されている。

【ならびせんみ 並び線見  lining gauge, aligning ; Linienmaβ
欧文活字の並び線を測定する器具。(同)版面見、筋見
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さて、ここで整理してみよう。
『花筏』での紹介後、あちこちで図版や図像としてご利用いただいたのは嬉しいが、情報の提供はいただけなかった。
できたら過誤のご指摘をふくめて、情報のご提供をいただけたら嬉しい。

◎  『英和  印刷-書誌百科事典』(日本印刷学会、印刷雑誌社、昭和13年1月12日)
    lining gauge (Linienmass
    活字の Line を測定する器具。aligning gauge ともいふ。[図版あり]
◎  『第五版 印刷事典』(日本印刷学会、印刷朝陽会、平成14年1月7日)
    ならびせんみ 並び線見  lining gauge, aligning ; Linienmaβ
    欧文活字の並び線を測定する器具。(同)版面見、筋見[図版あり]
◎ 『KOBUNDO’S TYPE-FACES OF TODAY』
  (株式会社晃文堂 千代田区神田鍛冶町2-18、p.67、1958) 
    LINING TESTER  列見[写真図版あり]


◎ まとめ
この器具は、活字鋳造現場、とりわけ欧文活字のベース・ラインの測定・設定にもちいられる。英語では Lining gauge, Aligning, Lining tester などとされ、 ドイツ語では Linienmass とされる。わが国では「並び線見、版面見、筋見、列見」などと呼んだ。