タイポグラフィあのねのね*003|東京築地活版製造所|『活字と機械』大正三年版「年賀状用活字」

(^O^)  いささか時季はずれの企画ですが  (^O^)
年賀用活字とその名称

『活字と機械』
(株式会社東京築地活版製造所 編集兼発行人・野村宗十郎 大正3年6月)

小冊子『活字と機械』はこれまであまり紹介されなかった資料である。同書はタイポグラフィを、本来の「情報伝達術のための総合システム」としてとらえ、その活字と機械の両側面から、大正初期(大正3年、1914)におけるタイポグラフィを立体的に紹介したものである。
造本データは以下のとおりである。

装  本  大和綴じを模した、いわゆる和装本仕立て
表  紙  濃茶の厚手紙 金色インキ、銀色インキほか特色使用。
      シーリング・ワックスを模した登録商標「丸もにH」
寸  法  天地226 × 左右154mm
本  文  頁  ペラ丁合 67丁134頁(裏白ページ多し)
      活字版印刷、写真網目凸版印刷、石版印刷、木口木版印刷などを併用。

『活字と機械』の魅力は様々にあり、多方面からの研究に資すところがあるが、ここでは2丁4頁にわたって紹介された「年賀用活字」を紹介しよう。外周部にはいかにも大正初期らしく、アール・ヌーヴォー調の装飾枠が本書図版ページに共通してもちいられている、この装飾枠は石版印刷(とみられる)特色によって印刷されている。

現在でもその傾きがみられるが、端物印刷業者にとって「年賀用印刷」は、歳末最大の「稼ぎどころ」であった。町角には《年賀状印刷賜ります》のノボリがはためき、歳末風景を華やかにいろどったものである。
そのため活字鋳造所はデザインに意を凝らし、さまざまな、おおきなサイズの「年賀用活字」を製造・発売して、その需要に応えた。もちろん「年賀用活字」は、活字鋳造所にとっても重要な歳末商品であった。

⁂年賀用壹號活字⁂

●左頁上段右より左へ順に
ゴチック形(シャデッド色版)

ゴチックシャデッド形
壹號楷書
フワンテール形
ビジヨー形
三分二フワンテール形
●左頁下段右より左へ順に
貳號装飾書體
ゴチツク形
フワンテール形
参號装飾書體
ゴチツク形
フワンテール形

●見開頁右、上段右より左へ順に
フワンテール形
ゴチックシャデッド形
ゴチック形(シャデッド色版)
蔓形
●見開頁右、下段右より左へ順に
矢ノ根形
ゴチツク霞形
唐草形
鶴形
●見開頁左、上段右より左へ順に
松葉形
笹の葉形
梅が枝形
龜形
●見開頁左、下段右より左へ順に
篆書形
やまと形
初號楷書
若葉形

⁂年賀用三十六ポイント活字⁂

●左頁上段右より左へ順に
ゴチック形
フワンテール形
矢の根形
梅が枝形

松葉形・笹の葉形・梅が枝形・龜形などと、和のふんいきをつたえたい ── むきへの開発も目立つ。またいかにも大正期らしく、ハイカラな名称とエスプリの効いた形象もみられる。
「フアンテール形」は「FANTAIL  キンギョなどの扇型の尾、孔雀鳩」としてよいとみなす。「ビジヨー形」は「BIJOU  宝石:装飾物」であろうか。
これらは名称からして、洋のふんいきをつたえたい ── むきなども開発されている。

また、「年賀用活字」は書体デザイナーの技倆の見せどころでもあったので、時代の風潮や、歴史的視点から材をとったとみられる活字が多いのも特徴である。

ことしもたくさん年賀状をいただいた。ありがたいことだが、いまだに整理がつかず、年賀状に添えられた「移転通知」「電子アドレス」情報変更を転記できないままにいる。
そんないま、大正初期、号数制からポイント制への転換と、機械製造をより幅広く展開しようとしていた東京築地活版製造所の記録をみている。稿者はそろそろわが国のタイポグラフィ研究も、活字唯美論中心主義から脱却する時期かともおもっているが、「松葉形・笹の葉形・梅が枝形・龜形」などの活字をみて、ニヤリとするのもわるくは無いようだ。