{源氏物語絵巻をめぐって} 五島美術館所蔵 国宝「源氏物語絵巻」+モリサワ2018カレンダー+二千円紙幣

☆ 本稿は2018年4月30日{活版アラカルト}に掲載した。{活版アラカルト}は更新があわただしく、また五島美術館の会期が終了したため、5月07日に{花筏}に収録した。
五島美術館

20180510211832_00007 20180510211832_00008五島美術館
[館蔵]春の優品展 ── 詩歌と物語のかたち  ──展示期間終了しました   
期  間   2018年3月31日[土]─ 5月6日[日]
休  館  日   毎月曜日(4月30日は開館)、5月1日[火]
開館時間   午前10時─午後5時(入館は午後4時30分まで)
入  館  料   一般1000円/高・大学生700円/中学生以下無料
──────────
館蔵品の中から、詩歌や物語を題材とした書画の名品約五十点を選び展示(会期中一部展示替あり)。
名歌を書した平安時代の古筆、歌人の代表歌と姿を描いた歌仙絵のほか、物語絵、琳派作品など、絵画と書そして言葉がもつイメージが響きあう美の世界を展観します。

* 特別展示予定/国宝「源氏物語絵巻」
4月28日[土]─ 5月6日[日](5月1日[火]は休館)
【 特設サイト:五島美術館コレクション 源氏物語絵巻 】
画像をクリックすると解説画面に移動します。

【詳細情報: 五島美術館 】
{既発表関連記事:【展覧会】五島美術館 館蔵春の優品展 ── 詩歌と物語のかたち 3月31日[土]─ 5月6日[日]}2018年3月20日

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モリサワカレンダー二〇一八「かな語り」

国宝「源氏物語絵巻」(五島美術館)より
企画・発行 ───────────  株式会社モリサワ
制作 ─────────────── 株式会社 DNP アートコミュニケーションズ
監修・解説 ─────────── 名児耶 明
アートディレクション ──── 勝井三雄
企画協力 ────────────  四辻秀紀・西岡康宏 

DSCN7669DSCN7663◎モリサワカレンダー二〇一八 睦月・一月
 「源氏物語絵巻」五十四帖のうち「鈴虫 一」の詞書き第一紙
  この詞書きは監修者と企画協力者のお名前をみると空恐ろしくなるが、
  蛮勇をふるって{続きを読む}に稿者による釈読をしるした。
◎モリサワカレンダー二〇一八 卯月・四月
 「源氏物語絵巻」五十四帖のうち「鈴虫 一」の詞書き第三紙左側の詞書きは、
 「おほかたの秋をはうしとしりにしを ふりすてかたきすゝむしのこゑ」
  と詠んでみた。もとより自信はない。
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◎モリサワカレンダー二〇一八 睦月・一月 部分
アートディレクションにあたられた勝井三雄氏は「の」にこだわりがあるのかも知れない。
既刊書『日本の近代活字 本木昌造とその周辺』でも、装本部に「の」を効果的に用いていた。
万葉仮名では左から順に「能 → の」、「乃 → の」、「農 → の」とあらわされた。
万葉仮名が「変体仮名」という奇妙な名称で呼ばれるようになって久しいものがある。
稿者はできるだけ「ひら仮名異体字」とあらわすようにしている。そして、できるだけ万葉仮名の釈読の労をいとわぬつもりでいるが …… 。

【詳細: 株式会社 モリサワ 】

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二千円紙幣にみる『源氏物語絵巻』
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二千円紙幣
二千円紙幣は、現在も流通している日本銀行券のひとつであるが、印刷製造は中断している。
第26回主要国首脳会議(沖縄サミット)と、西暦2000年(ミレニアム)をきっかけとして、1999年(平成11)当時の小渕恵三内閣総理大臣の発案によるが、同氏の急逝のため、2000年(平成12年)7月19日に森内閣の元で発行された。

二千円紙幣が発行されていた期間のうち、2000年(平成12年)から2004年(平成16年)の間に、製造元が「大蔵省印刷局」から「財務省印刷局」になり、さらに「独立行政法人 国立印刷局」に変わっているが、二千円紙幣は大蔵省時代にだけ製造されたため「大蔵省印刷局製造」のものしか存在しない。

二千円紙幣の表面には、沖縄の守礼門が描かれ、裏面には『源氏物語絵巻』第38帖「鈴虫」の絵図と詞書、および作者の紫式部の肖像、光源氏、冷泉院が描かれている。
紙幣の偽造防止の見地からみると、二千円紙幣は深い彫りこみのある凹版印刷で、紙幣に転写されたインキを触って凹凸が分かるほど分厚くインキが盛り上げられている、凹版印刷の傑作である。
詞書の読みくだしをふくめ、ウィキペディア 「二千円紙幣」に丁寧な解説がある。そちらをご参照たまわりたい。

◎【特設サイト:五島美術館コレクション 源氏物語絵巻】より テキスト部分抜粋

平安時代の11世紀、関白藤原道長の娘である中宮彰子に仕えた女房紫式部(生歿年未詳)は、『源氏物語』を著し、主人公光源氏の生涯を軸に平安時代の貴族の世界を描いた。
「源氏物語絵巻」は、この『源氏物語』を絵画化した絵巻で、物語が成立してから約150年後の12世紀に誕生した、現存する日本の絵巻の中で最も古い作品である。
『源氏物語』54帖の各帖より1-3 場面を選び絵画化し、その絵に対応する物語本文を書写した「詞書」を各図の前に添え、「詞書」と「絵」を交互に繰り返す形式の、 当初は十巻程度の絵巻であった。現在は54帖全体の約4分の1、巻数にすると四巻分が現存する。
江戸時代初期に、三巻強が尾張徳川家に、一巻弱が阿波蜂須賀家に伝来していたことがわかっているが、それ以前の古い伝来は不明。 徳川家本は現在、愛知・徳川美術館が所蔵。蜂須賀家本は江戸時代末期に民間に流出、現在、五島美術館が所蔵する(「鈴虫」2場面、「夕霧」、「御法」の三帖分)。
両方とも昭和7年(1932)、保存上の配慮から詞書と絵を切り離し、巻物の状態から桐箱製の額装に改めた。「詞書」も「絵」も作者は不明。「詞書」の書風の違いから、五つのグループによる分担制作か。 「絵」の筆者を平安時代の優れた宮廷画家であった藤原隆能(?-1126-74?)と伝えるところから、本絵巻を「隆能源氏」とも呼ぶ。
(五島美術館所蔵「国宝 源氏物語絵巻」は、毎年春のゴールデンウィークの頃に1週間程度展示の予定)

◎ 国宝『源氏物語絵巻』 鈴虫一 詞書第一面(第一紙・第二紙)釈読試行
* 『源氏物語絵巻』の先行釈読はあまた存在するが、それぞれ多少の異同は否めない。ここでは「五島美術館」資料を参考に、稿者が独自に釈読した。もとより専門外のことゆえ、過誤が多多あるとおもわれるが、『源氏物語絵巻』の魅力の一端を、まず自らが知り、また本欄の読者にもお知りいただくために、あえて釈読を試行したものである。誤謬のご指摘はよろこんでたまわりたい。なにはともあれ、まずはご寛恕のほどを。

十五夜のゆふくれに佛のおまへ
に宮おはしてはしらかくなかめ
たまいつゝ念珠したまふわかき
あまきみたち二三人はなたてま
つるとてならすあかつきのおとみつ
のけはひなときこゆさまかはりたる
いとなみにいそきあへるいとあはれな
るにれいのわたりたまひてむしのね
いとしけくみたるゝゆうへかなと
てわれもしのひやかに念珠した
まふあまたの大すのいとたうと
くほの/\きこゆるなかにすゝむし
のこゑいつれとなきかにまつむし
なむすくれたるとて中宮のはる
けきのへをわけていとわさとたつね
とりつゝはなたせたまふになきつ
たふるこすくなかなれなにはたか
ひていのちのほとはかなしきむしに
こそあるへきこゝろにまかせて人
きかぬおくやまはるけきのゝまつ
はらにこゑをしまいぬいととうたて
   こゝろあるむしなむありけるすゝ

◎『日本大百科全書』(小学館)から【源氏物語絵巻】をみる

源氏物語絵巻 げんじ ものがたり えまき
絵巻。愛知・徳川美術館ならびに東京・五島美術館蔵。いずれも国宝。
紫式部の『源氏物語』を題材としたもので、徳川本はもと3巻、五島本はもと1巻の巻物であったが、現在はいずれも各段ごと詞-ことば-と絵とを離して、額装(徳川本43面、五島本13面)に改められている。
徳川本は「蓬生-よもぎう」「関屋-せきや」「絵合-えあわせ」「柏木-かしわぎ」「横笛-よこぶえ」「竹河-たけかわ」「橋姫-はしひめ」「早蕨-さわらび」「宿木-やどりぎ」「東屋-あずまや」などの巻から抜粋した詞16段(28面)と絵15図を伝える。
五島本は「鈴虫-すずむし」「夕霧-ゆうぎり」「御法-みのり」の巻から抜粋した詞4段(9面)と絵4図とを伝える。

このほかにも「末摘花-すえつむはな」「松風-まつかぜ」「薄雲-うすぐも」「少女-おとめ」「螢-ほたる」の巻の詞の断片が諸家に伝存している。すなわちあわせて源氏物語絵巻54帖-じょう-のうち18帖、詞25段、絵19図が残っていることになる。なお近年、東京国立博物館の「若紫」も本絵巻の断簡との説が出ている。
現存諸巻の配列関係の状態から推定して、この絵巻は54帖の各巻のなかから、数段ずつの場面を選んで構成し、全体ではおよそ10巻程度の作品であったとみられる。

詞は『源氏物語』の本文のなかから、絵画化にふさわしいとおもえる箇所を抜き出し、流麗な仮名文字で書かれる。その書風は5種に分類され、5人の手になったとみられるが、いずれも平安書道の名筆に価し、ことに「柏木」「御法」などの詞書にみられる「散らし書き」や、「重ね書き」の美しさは、仮名の造形美の極致を示すものといえる。
詞をしるした料紙は金銀の砂子をまき、野毛や切箔-きりはく-を散らし、あるいは描き文様を施すなど、装飾の善美が尽くされている。

絵は「作り絵」の画風で描かれ、濃麗な色彩を重ねた典雅で優艶な画面は、一種の装飾画的な趣-おもむき-をたたえる。
絵巻の大半を占める屋内の描写には「吹抜屋台-ふきぬきやたい」の手法が用いられる。これは寝殿造-しんでんづくり-の屋台から、屋根や天井を取り去り、斜め上方から室内を見下ろす俯瞰-ふかん-的な構図法で、『源氏物語』のような王朝貴族の室内生活を中心とした物語の絵画化には最適な手法といえる。
人物は、当時の貴族の顔貌表現の典型である「引目鈎鼻-ひきめかぎはな」によって表される。目に細い一線を引き、鼻は「く」の字形に描かれ、唇に朱を点ずる類型的描写で、個性、表情に乏しいが、かえって静謐な画面を生んで限りない情趣を漂わせる。
絵は藤原隆能-たかよし-(12世紀中ごろの宮廷絵師)と伝えられるが確証はなく、画風からみてやはり数人ないし数グループの製作が想定できる。[村重 寧]一部改変