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【北京空港のサインからⅡ】 字間調整と、漢字・ローマ大文字の判別性 Legibility, 誘目性 Inducibility をかんがえる

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《北京 清華大学 視覚伝達系でのスペーシングのコントロールのエクササイズ》

五月下旬、清華大学美術学院 視覚伝達系の原 博助教授、趙 健主任教授の招聘で、北京行きとなった
これまでの経験で、矩形の漢字(字、国字)、それもほとんど横組みでの表記をもちいている現代中國では、グラフィックデザイナー(平面設計士)でも字間(字と字の間隔)にたいする認識に乏しいとおもっていた。
もちろんこの字間のスペーシング認識は、日常のビジネス文書やテキスト組版におよぶものではない。

今回の訪中は視覚伝達(グラフィックデザイン)教育、それも中國有数の高度なデザイン教育の現場であるからもとめられると考えた。
この「字間のコントロール」の教育は、わが新宿私塾でも基礎をなす重要な講座と位置づけられている。
東京・北京事前に用意したのは「北京 BEIJING」、「東京 TOKYO」。おおきなサイズ 84pt. のタイムズ・ローマン体で、これをバラバラ(モノスペース)で紙に出力したものを用意した。
上掲図のうち、上部だけを課題資料としてわたし、下部のノーマルスペースにある程度スペース調整を加えたものはのちほど参考資料として提示した。

この課題用紙をもとに、単語としての「BEIJING」、「TOKYO」を組み並べる課題である。
「BEIJING」にはステム(Stem  印刷用語:幹縦線・活字書体のふとい縦線)がならび、「TOKYO」には見出し語などでは処理をせまられるカウンター(Counter 印刷用語:谷[void]、活字面の凹所)「TO,  YO」があって、その調整にまま苦慮するものである。
換言すると通常のパソコン処理でこの見出し語をそのまま(おおきなサイズ)で組むと、「BEIJIN」は詰まりすぎ、「TOKYO」はパラパラと間が抜けた状態となる。

事前に「均等なスペース」と、「均等にみえるスペース」との相違を説き、その調節の簡略なエクササイズを試みておいた。それからこの課題を提供した。
さすがに北京清華大学の学生諸君は優秀で、課題の意味と意図を即座にくみとり、パソコンをはなれ、ほとんど全員がはじめての経験となる、三角定規にかえての金属スケール、カッター、カッターマット、スプレー糊などの「道具」をもちいて、このエクササイズに取り組みはじめた。
DSC04091 DSC04102 DSC04092 DSC04103DSCN8221予想どおりというか、「BEIJIN」のうち、ステムが連続する中央部の「IJI」の処理に苦心しているようだった。
途中うしろの席の男子学生がスマホを片手におおきな声をだした。通訳を担っていただいた同大陶芸系:劉教授(東京藝術大学博士課程修了)によると、
「あの学生はですね、スマホの画面でちいさくしてみたら、字間が詰まりすぎで、ベッタベタだ~! って叫んでいますよ」
と笑われた。やつがれは「そんな テ もあったのか」と逆に感心した。

この評価にあたっては「J」のキャラクターの誕生は意外にあたらしく、それまでは子音と母音の両方をあらわしていた「I」から、16世紀ころに独立したものが「J」であることを説明した。
また「U」はもっとやっかいで、元来「U」は「V」の草書系のキャラクターであり、「U」が母音をあらわすようになる中世後期までは、「V」が母音と子音の双方をかねていた歴史もあった。
したがって欧米からの手紙などで、「U, V」をフリーハンドで書かれると、その判別に苦労することもある。
「U, V」は長年(いまなお)交換可能なキャラクターとして存在したが、1800年のイギリスの辞書ではじめて分離したかたちで表記されたものである(『トラヤヌス帝の碑文がかたる』木村雅彦、2008年11月28日 朗文堂 p.22)。

ともあれ、全角ベタ組み、矩形の漢字(字・国字)の国に、字と字のあいだのスペーシングへの配慮という、ひと粒の種子だけは置いてきた。
DSCN8089DSCN7985 2016年05月29日 北京への旅立ちを前に「BVLGARI」の広告の前で 於:羽田空港

DSCN8507北京空港のビルは、鳥瞰図としてみるとおおきなジェット機が翼をひろげたようなかたちをなしている。先の【 北京空港のサインからⅠ 】で、この空港のチェックインカウンターに「G」と「I」のカウンターが無いことを指摘した。

ここで「I」のカウンターが無いことの発見がおくれたのは、実はこの「吸烟区」のかたわらにある、巨大なサインボードの基調色が暗灰色であり、そこに重要な情報が存在することがわからなかったのが気になっていたのである。
まして、そこに白抜きで表示された、このボードの主題語ともいえる「辦理乗机手続区域指示図 Check-in Area Diagram」(漢字は簡体字)が、判別性 Legibility と、誘目性 Inducibility に乏しいことが気になっていた。
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【 参考 : 朗文堂 タイポグラフィ 実践用語集 カ 行 活字書体の判断における三原則 より 】

活字書体の判断における三原則
レジビリティ、リーダビリティ、インデユーシビティ:
legibility, readability and inducibility


これらのタイポグラフィ専門用語の外来語は耳慣れないことばかもしれません。本来は活字版印刷の業界用語でしたから、一部の英和辞典や和英辞典には掲載されていないものもありますし、紹介があっても混乱しがちです。
したがって、その翻訳語としての紹介(日本語)は混乱の極致にあります。
その結果わが国における活字書体の差異判別や特徴をかたることばも混乱しがちです。
しかし活字書体の評価や判断にあたってはたいせつなことばです。タイポグラファなら、ぜひとも記憶していただきたいたいせつなことばです。

◎ 判別性   Legibility    レジビリティ
   活字書体におけるほかの文字との差異判別や、認識の程度。

◎ 可読性   Readability   リーダビリティ
   文章として組まれたときの語や、文章としての活字書体の読みやすさの程度。

◎ 誘目性   Inducibility   インデューシビリティ
   視線を補足して、活字書体などの情報に誘うこと。またはその誘導の程度。

《誘目性 Inducibility 》  判別性 Legibility と 可読性 Readability はリンク先で。

英語の形容詞 Inducible =誘致[誘引]できる;誘導できる ; 帰納できるの名詞形で、名詞形の Inducibility としての初出は 1643 年のことである。
すなわち「視線を補足して、活字書体などの情報に誘うこと。またはその誘導の程度」をあらわす活字版印刷の業界用語として登場したので、和英辞書などには未紹介のものが多い。

誘目性が重視されるのは、サインボードや広告の世界が多い。空港や駅頭で、的確な情報を提供し、そこに視線を誘導することは文字設計の重要な役割である。
またポスターやカタログなどの商業広告においても、旺盛な産業資本の要請にこたえて、誘目性を重視した活字書体や印刷物が製作されてきた。

産業革命以後、この誘目性が活字書体設計でも「ディスプレー書体」などとして強く意識されるようになり、黒々とした、大きなサイズの活字が誘目性に優れているという誤解も生じた。
しかしながら、もともと「 Display 」は動物の生得的な行動のひとつで、威嚇や求愛などのために、自分を大きく見せたり、目立たせる動作や姿勢のことで、誇示・誇示行動をあらわす。

もちろん、現代では表示・展示・陳列などの意でも用いられるし、コンピュータの出力として、図形・文字などを画面に一時的に表示する装置にも用いられるが、原義とは怖ろしいもので、ディスプレー書体の多くは、誘目性を過剰に意識するあまり、あまりに太かったり、奇妙なデザインに走って、一過性の流行の中に消滅してしまったものも少なくない。
活字の世界で求められるのはいつも判別性と可読性であり、誘目性はむしろ押さえ気味にしたほうが無難なようである。すなわち、芭蕉翁にまなんで「不易流行」ということか。
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ダークグレーに白抜き文字のメーンタイトルの表示の是非はともかく、せっかく字画の整理が進んで、判別性 Legibility が向上した字(漢字・国字)による「辦理乗机手続区域指示図」(表記は簡体字)にたいして、下部の「Check-in Area Diagram」がふとく見え、しかも字間がタイトなので、ひとつの土塊のかたまりのように凝固していることが気になって仕方なかった。DSCN8507表示がデバイス任せになっているWebSiteでかたっても成果はとぼしいが、「Check-in」の箇所にみられる短いダーシュ、ハイフン?の、「k-i」のスペース、なかんずく k のうしろのアキと -i のアキが不揃いで、しかも -i の息苦しいスペースが気になって煙草どころでは無くなってしまうのである。
せめて -i のあいだにシンスペース(Thin space  薄いが原義。わずかなスペース)を置いてくれたら、このビルに一歩でも脚を踏みこんだが最後、長時間にわたる羽田空港までの禁煙地獄に陥るこの際、しみじみとおいしく煙草を味わえそうなのだ。
[この項つづく]