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【北京空港のサインからⅢ】 巨大競技場施設のゲート表示からはずされている、いくつかのローマ大文字の例をみる

トラヤヌス帝

トラヤ02 トラヤ049784947613592 『トラヤヌス帝の碑文がかたる』(木村雅彦 ヴィネット01号 朗文堂)
DSCN7985《 持つべきものは良き友人か 》
これまで「A-L」まである北京空港のチェックインカウンターに、なぜか「G 列」と「I 列」が無いことを紹介してきた。
その理由を考察する前に、このことを報告がてら、サインデザインや空間デザインを多く手がけている「GKデザイングループ」の木村雅彦さんに、ほかにもサインデザイン製作の現場でこのような事例が報告されていないのかを問い合わせてみた。
こののち、木村雅彦さんは台湾行政府からの招聘で現在は台湾出張中であるが、まず、ここにGKデザイングループからの報告をご紹介したい。
あわせて本項をご覧になった読者からの情報提供もお待ちしたい。
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[GKグラフィックス 木村雅彦さんのコメント]
こんにちは。漢字だけ、それも横組みベタ組みを多く見かける中國での字間のコントロールと、北京空港でのサイン表記の記事を興味ぶかく拝見しました。
お問い合わせのあった、大型施設でのサインのキャラクター選択の事例に関し、GK設計でサイン企画を担当している鎌田博美(もとチームの同僚)からのコメントをご紹介します。
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[GK設計 鎌田博美さんのコメント]
今までの業務の中で、スタジアムの仕事の時に同じような状況に遭遇しました。

このときは、ゲート番号をアルファベットで表記し、座席番号をアラビア数字で表記する場合、ローマ大文字の「I」は、アラビア数字「1」との誤読を避けるため、「I」はゲートサインからは抜いた提案としました。
(この時のゲート番号には A-M までのアルファベットをもちいましたが、この中で「I」を使用しませんでした)。
海外のスタジアムでも同じような傾向がみられます。その一部をご紹介します。

[海外のスタジアム事例 Ⅰ]
 ◎ ドイツのサッカースタジアム  「アリアンツ・アレーナ Allianz-arena」
ゲートサインに「 I,  O,  Q 」 を使用していない。
アリアンツ・アレーナ」は、ドイツのミュンヘンにあるサッカー専用のスタジアム。「アリアンツ」とはドイツ最大の保険メーカーの名前。

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●Allianz-arenaの公式HPのSite-and Seatmapsのページ
Stadium Plansより
Level 2 のpdf.
Level 6 のpdf.


[海外のスタジアム事例 Ⅱ]

 ◎ イギリスのフットボールスタジアム 「ウェンブリー・スタジアム Wembley Stadium」
ゲートサインに「 I,  O 」 を使用していない。
サッカーなどのフットボール専用のスタジアムですが、イングランドを発祥とするサッカーとラグビーの2つのフットボールのうち、「トゥイッケナム・スタジアム Twickenham Stadium」が「ラグビーの聖地」と称されるのに対して、「サッカーの聖地」と称されるのがこの「ウェンブリー・スタジアム Wembley Stadium」。
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●Wembley Stadium
公式HPのStadium guideページ
 
1Fフロアガイド(Level 1)
5Fフロアガイト(Level 5)


DSCN8507 DSCN8504北京空港のゲートサインに使用されなかった「G,  I 」とは、ゲート数も違いますので若干ことなりますが、これら三つの大型施設に「共通して I 」がもちいられていないことと、わたしたちが担当したプロジェクトでも、共通してローマ大文字の「I」の使用をさけたことは興味のあるところです。
以上、簡略ながら少しでもご参考になればと思います。[GK設計 鎌田博美]
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「GKデザイングループ」からの報告と、やつがれの発見をまとめてみよう。
◎ GK設計が手がけたスタジアムのサイン設計にあたり、A-M までのゲートサインのうち、「I」を使用していない。
その理由は、アラビア数字の「1」と、ローマ大文字の「I
」との「誤読を避けるため」であったとされている。
◎ ドイツのサッカースタジアム  「アリアンツ・アレーナ Allianz-arena」は、A-R までのゲートサインのうち、「 I,  O,  Q 」 を使用していない。

◎ イギリスのフットボールスタジアム 「ウェンブリー・スタジアム Wembley Stadium」は、A-P までのゲートサインのうち、「 I,  O 」 を使用していない。
◎ 北京空港のチェックインカウンターは、A-L までのゲートサインのうち、「 G,  I 」を使用していない。

DSCN7985《 結論をもとめる前に、サイン用にもちいられることの多い、ローマ大文字の歴史をみる 》
先に羽田空港にある「 BULGARI  ブルガリ ROMA 」の広告を紹介した。
北京清華大学での講義への旅立ちを前にして、この広告には関連したテーマがギッシリとつまっていた。
まず、フォロ・ロマーノにある「トラヤヌス帝の碑文」の伝統を継承した、ローマ大文字の揺らぎのない字画形象、風通しの良いおおらかな字間設定、「U,  V」の古典的なつかいかたが目につく。

そして彫られた文字に特徴的にあらわれる、控えめなセリフ、なかんずく、最終文字に登場する「I」の上下にみられる控えめなセリフと、最終部の「R I」にみられるような大胆かつ見事なまでの字間調整である。

ところで、高齢化して視力の衰えた友人が「C,  G」をあやまって判断することがあると述べたことは既述したが、
「浮世ばなれしたかれなら、イタリアのファッションブランドのブルガリを知らないだろうし、まず BVL で発音にこまって、さらに GARI を CARI とやりかねんな……」 とも考えた。
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上掲書『トラヤヌス帝の碑文はかたる』のなかで、木村雅彦氏は以下のようにしるしている。

「トラヤヌス帝の碑文」に刻まれた六行の文字のおおきさは、一見上部の行が大きくて、下の行になるほど徐徐に小さくなっているように見えます。
またこれまでの定説では、ひとが下から見上げたときに、文字の大きさが同じように見えるように、視覚的な遠近法による調整がほどこされているとされてきました。
しかしながら、碑文を採取して実測してみると、二行目がもっとも大きくて、一行目と三行目に対して104%であることがわかりました。この二行目の中央部には「神なるミルウァの息子」という文があって、DIVI つまり「神なる」という意味の単語にみるふたつの「I」には、「アイ・ロンガ」と呼ばれる、神に関することばを強調するための長い「I」がつかわれています。

KIMURA02ジョバンニ・フランチェスコ・クレッシのローマ大文字(1570年)上掲書p.35

ローマ大文字「Q」は英語アルファベット17番目の文字であるが、実際に単語を形成するのは「Quack, Quake . . . . Quote 」まで、「Q」からはじまるほとんどすべての語の次に「u」がくるため、昔から「Q」の尾部(Tail)を長く描き、そこに「u」を乗せて「合字」としたものも多かった。

それにたいして現代の活字書体、なかんずくサンセリフの「Q」の尾部は、ちいさくて貧相で、「O」との判別性 Legibility に劣るものがおおく見かけられる。
DSCN5421 DSCN5437 DSCN5427 DSCN54402014年09月 チェコ、プラハの街角の教会にみた「アイ・ロンガ」の例。建造年などは不詳
[ 花筏 朗文堂好日録038-喫煙ボヘミアン、プラハへゆく-01 プロローグ

logo朗文堂ではこのようなおおらかなローマ大文字の彫刻風の力感をもとめて、ながらくホームページ「ROBUNDO」のタイトル書体としてもちいている。
おりしもヘルマン・ツァップが逝去して一年が経過したが、ここにみる「ROBUNDO」の大文字だけの活字書体は、ヘルマン・ツァップによって設計された、碑文系書体「ミケランジェロ・タイトリング Michelangelo Titling」(D. Stempel AG /フランクフルト 1950年)である。
朗文堂ホームページのメインタイトルは、1999年以来碑文系由来の「ミケランジェロ・タイトリング」がもちいられてきている。
ツァップ夫妻左) Gudrun Zapf von Hesse グドゥルン・ツァップ・フォン・ヘッセ
1918年01月02日 ドイツ、メクレンブルクうまれ
右) Hermann Zapf ヘルマン・ツァップ
        1918年11月08日-2015年06月04日 ドイツ、ニュルンベルクうまれ

1950年の秋、わたしたちは活字書体のインスピレーションをもとめてイタリアへでかけました。この旅ではもっぱらスケッチブックとカメラを手に、フィレンツェ、ピサ、ローマをおとづれて、ふるいローマ時代の碑文を探しました。
 
ここでの数数の碑文との出会いと、フィレンツェとバチカンの図書館で見たすばらしい書物が、その後のわたしたちの活字設計におおきな影響をあたえました。とりわけ刺激がおおきかったのはトラヤヌス帝の碑文との出会いでした。
文字の美しさを理解するひとならだれでも、西暦114年にローマのフォロ・ロマーノ地区に建造されたトラヤヌス帝の大円柱にしるされた碑文をみて、わたしがいかに有頂天になったかを理解していただけるでしょう。
 
ところが残念なことに、この碑文の位置がたかすぎて、歪みのない、まともな写真を撮ることができませんでした。それでも諦めきれずに奮闘するうちに、どうやらわたしはだれの眼にも明らかなほど夢中になっていたようです。
たまたまそばを通りかかった警備員は、メジャーをもって大円柱に詰め寄るわたしを見て、碑文をはぎ取って地面に引きずりおろそうとしているとおもったのでしょうか、あわてて制止されたことが懐かしくおもいだされます。

Zapf_80-1プリント《 そもそもサイン Sign とはなにか。なぜ標識・記号・看板ではいけないのか 》
sign は、名詞では意味をもったしるし、動詞では意味をもったしるしをしるす。
要約すると、あらわれ、形跡、身ぶり、標識、記号となり、それらの情報を記載した「看板」のことである。
看板なら比較的最近まで、町角のおちこちに「看板屋」の看板をかかげた自営業者が見られたが、近年はサインデザインという名称で、平面設計の分野のひとつになり、町角から店舗は消えた。
さらに環境・景観デザインなどということばもうまれてきた。すなわち比較的あたらしい造形のジャンルであり、発展途上にある職種でもある。

そもそも和製英語としての「サイン」は混乱の極致にある。
作家や著名人などにもとめる「サイン」は、Sign ではなく autograph である。
「Can I have your autograph ?」 であり、「サインをください Can I have your sign ?」は誤まりであることは何度かしるしてきた。
野球などでの監督やバッテリー間の「サイン」は Signal 。サイン入りボールは an autographed ball 。図書の「サイン会」は an autograph session である。便利な用具であり、ことばの「サインペン」は完璧な和製語であり、ふつうは「フェルト・ペン」としたい。

「看板屋」さんの時代は、個性とおもむきのある手書き文字がつかわれてきたが、看板がサインボードと名称が変わったころから、分業化と工業化がみられ、さまざまな機器、現代ならコンピューターを駆使して製作されている。
さらに工業化がすすみ、工業製品のひとつとなってからは、技芸家が文字部をしるすことが急激に減少し、かつての手書き文字にかわって写植活字やパソコン電子活字がもっぱらもちいられている。

そこではローマ大文字の出自、標識や記号の時代はわすれられ、ほとんどが肉厚で、キャラクターの特徴点でもあった、セリフを失った「仏:サン・セリフ、英:セリフレス・ローマン、独:グロテスクとも」の使用がもっぱらである。

この報告はⅢをもって終わる予定でいたが、近年のわが国の欧文電子活字情報には、あまりに正確な情報が乏しく、製品・商品名をもちいた企業宣伝というより、あまりに大量な、掲示板用語でいう「ステマ Stealth marketing」情報が多すぎることに気づいた。
そこで結論を急ぐことなく、読者と共に『欧文書体百花事典』「SANS SERIF  誘目性から出発し、可読性をめざして――サン・セリフ体の潮流」(組版工学研究会編、杉下城司担当 p.441-446 朗文堂)をじっくり読み込んでから、このローマ大文字をもちいたサインシステムの考察をふかめたい。
[この項つづく]

【北京空港のサインからⅡ】 字間調整と、漢字・ローマ大文字の判別性 Legibility, 誘目性 Inducibility をかんがえる

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《北京 清華大学 視覚伝達系でのスペーシングのコントロールのエクササイズ》

五月下旬、清華大学美術学院 視覚伝達系の原 博助教授、趙 健主任教授の招聘で、北京行きとなった
これまでの経験で、矩形の漢字(字、国字)、それもほとんど横組みでの表記をもちいている現代中國では、グラフィックデザイナー(平面設計士)でも字間(字と字の間隔)にたいする認識に乏しいとおもっていた。
もちろんこの字間のスペーシング認識は、日常のビジネス文書やテキスト組版におよぶものではない。

今回の訪中は視覚伝達(グラフィックデザイン)教育、それも中國有数の高度なデザイン教育の現場であるからもとめられると考えた。
この「字間のコントロール」の教育は、わが新宿私塾でも基礎をなす重要な講座と位置づけられている。
東京・北京事前に用意したのは「北京 BEIJING」、「東京 TOKYO」。おおきなサイズ 84pt. のタイムズ・ローマン体で、これをバラバラ(モノスペース)で紙に出力したものを用意した。
上掲図のうち、上部だけを課題資料としてわたし、下部のノーマルスペースにある程度スペース調整を加えたものはのちほど参考資料として提示した。

この課題用紙をもとに、単語としての「BEIJING」、「TOKYO」を組み並べる課題である。
「BEIJING」にはステム(Stem  印刷用語:幹縦線・活字書体のふとい縦線)がならび、「TOKYO」には見出し語などでは処理をせまられるカウンター(Counter 印刷用語:谷[void]、活字面の凹所)「TO,  YO」があって、その調整にまま苦慮するものである。
換言すると通常のパソコン処理でこの見出し語をそのまま(おおきなサイズ)で組むと、「BEIJIN」は詰まりすぎ、「TOKYO」はパラパラと間が抜けた状態となる。

事前に「均等なスペース」と、「均等にみえるスペース」との相違を説き、その調節の簡略なエクササイズを試みておいた。それからこの課題を提供した。
さすがに北京清華大学の学生諸君は優秀で、課題の意味と意図を即座にくみとり、パソコンをはなれ、ほとんど全員がはじめての経験となる、三角定規にかえての金属スケール、カッター、カッターマット、スプレー糊などの「道具」をもちいて、このエクササイズに取り組みはじめた。
DSC04091 DSC04102 DSC04092 DSC04103DSCN8221予想どおりというか、「BEIJIN」のうち、ステムが連続する中央部の「IJI」の処理に苦心しているようだった。
途中うしろの席の男子学生がスマホを片手におおきな声をだした。通訳を担っていただいた同大陶芸系:劉教授(東京藝術大学博士課程修了)によると、
「あの学生はですね、スマホの画面でちいさくしてみたら、字間が詰まりすぎで、ベッタベタだ~! って叫んでいますよ」
と笑われた。やつがれは「そんな テ もあったのか」と逆に感心した。

この評価にあたっては「J」のキャラクターの誕生は意外にあたらしく、それまでは子音と母音の両方をあらわしていた「I」から、16世紀ころに独立したものが「J」であることを説明した。
また「U」はもっとやっかいで、元来「U」は「V」の草書系のキャラクターであり、「U」が母音をあらわすようになる中世後期までは、「V」が母音と子音の双方をかねていた歴史もあった。
したがって欧米からの手紙などで、「U, V」をフリーハンドで書かれると、その判別に苦労することもある。
「U, V」は長年(いまなお)交換可能なキャラクターとして存在したが、1800年のイギリスの辞書ではじめて分離したかたちで表記されたものである(『トラヤヌス帝の碑文がかたる』木村雅彦、2008年11月28日 朗文堂 p.22)。

ともあれ、全角ベタ組み、矩形の漢字(字・国字)の国に、字と字のあいだのスペーシングへの配慮という、ひと粒の種子だけは置いてきた。
DSCN8089DSCN7985 2016年05月29日 北京への旅立ちを前に「BVLGARI」の広告の前で 於:羽田空港

DSCN8507北京空港のビルは、鳥瞰図としてみるとおおきなジェット機が翼をひろげたようなかたちをなしている。先の【 北京空港のサインからⅠ 】で、この空港のチェックインカウンターに「G」と「I」のカウンターが無いことを指摘した。

ここで「I」のカウンターが無いことの発見がおくれたのは、実はこの「吸烟区」のかたわらにある、巨大なサインボードの基調色が暗灰色であり、そこに重要な情報が存在することがわからなかったのが気になっていたのである。
まして、そこに白抜きで表示された、このボードの主題語ともいえる「辦理乗机手続区域指示図 Check-in Area Diagram」(漢字は簡体字)が、判別性 Legibility と、誘目性 Inducibility に乏しいことが気になっていた。
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【 参考 : 朗文堂 タイポグラフィ 実践用語集 カ 行 活字書体の判断における三原則 より 】

活字書体の判断における三原則
レジビリティ、リーダビリティ、インデユーシビティ:
legibility, readability and inducibility


これらのタイポグラフィ専門用語の外来語は耳慣れないことばかもしれません。本来は活字版印刷の業界用語でしたから、一部の英和辞典や和英辞典には掲載されていないものもありますし、紹介があっても混乱しがちです。
したがって、その翻訳語としての紹介(日本語)は混乱の極致にあります。
その結果わが国における活字書体の差異判別や特徴をかたることばも混乱しがちです。
しかし活字書体の評価や判断にあたってはたいせつなことばです。タイポグラファなら、ぜひとも記憶していただきたいたいせつなことばです。

◎ 判別性   Legibility    レジビリティ
   活字書体におけるほかの文字との差異判別や、認識の程度。

◎ 可読性   Readability   リーダビリティ
   文章として組まれたときの語や、文章としての活字書体の読みやすさの程度。

◎ 誘目性   Inducibility   インデューシビリティ
   視線を補足して、活字書体などの情報に誘うこと。またはその誘導の程度。

《誘目性 Inducibility 》  判別性 Legibility と 可読性 Readability はリンク先で。

英語の形容詞 Inducible =誘致[誘引]できる;誘導できる ; 帰納できるの名詞形で、名詞形の Inducibility としての初出は 1643 年のことである。
すなわち「視線を補足して、活字書体などの情報に誘うこと。またはその誘導の程度」をあらわす活字版印刷の業界用語として登場したので、和英辞書などには未紹介のものが多い。

誘目性が重視されるのは、サインボードや広告の世界が多い。空港や駅頭で、的確な情報を提供し、そこに視線を誘導することは文字設計の重要な役割である。
またポスターやカタログなどの商業広告においても、旺盛な産業資本の要請にこたえて、誘目性を重視した活字書体や印刷物が製作されてきた。

産業革命以後、この誘目性が活字書体設計でも「ディスプレー書体」などとして強く意識されるようになり、黒々とした、大きなサイズの活字が誘目性に優れているという誤解も生じた。
しかしながら、もともと「 Display 」は動物の生得的な行動のひとつで、威嚇や求愛などのために、自分を大きく見せたり、目立たせる動作や姿勢のことで、誇示・誇示行動をあらわす。

もちろん、現代では表示・展示・陳列などの意でも用いられるし、コンピュータの出力として、図形・文字などを画面に一時的に表示する装置にも用いられるが、原義とは怖ろしいもので、ディスプレー書体の多くは、誘目性を過剰に意識するあまり、あまりに太かったり、奇妙なデザインに走って、一過性の流行の中に消滅してしまったものも少なくない。
活字の世界で求められるのはいつも判別性と可読性であり、誘目性はむしろ押さえ気味にしたほうが無難なようである。すなわち、芭蕉翁にまなんで「不易流行」ということか。
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ダークグレーに白抜き文字のメーンタイトルの表示の是非はともかく、せっかく字画の整理が進んで、判別性 Legibility が向上した字(漢字・国字)による「辦理乗机手続区域指示図」(表記は簡体字)にたいして、下部の「Check-in Area Diagram」がふとく見え、しかも字間がタイトなので、ひとつの土塊のかたまりのように凝固していることが気になって仕方なかった。DSCN8507表示がデバイス任せになっているWebSiteでかたっても成果はとぼしいが、「Check-in」の箇所にみられる短いダーシュ、ハイフン?の、「k-i」のスペース、なかんずく k のうしろのアキと -i のアキが不揃いで、しかも -i の息苦しいスペースが気になって煙草どころでは無くなってしまうのである。
せめて -i のあいだにシンスペース(Thin space  薄いが原義。わずかなスペース)を置いてくれたら、このビルに一歩でも脚を踏みこんだが最後、長時間にわたる羽田空港までの禁煙地獄に陥るこの際、しみじみとおいしく煙草を味わえそうなのだ。
[この項つづく]