BACK TO TOP あ 行 か 行 さ 行 た 行 な行 は 行 ま行 や 行 ら 行 わ 行
アンパサンド: ampersand &
ラテン語の et の合字からできた and の省略記号です。ですからあくまでも略式なのだと理解することが肝心です。正式なものには使わないほうが安全です。
フランスでは & は「エット・コメルシアル」。ついでに E メールですっかりお馴染みになった @ は「ア・コメルシアル」です。つまりコマーシャル、商業用に使うものだという認識なのです。
小社刊『書物と活字』のなかでのヤン・チヒョルトはより厳格です。つまり & は人名の連続にのみ使えるのだという立場です。Jack & Betty、太郎 & 花子 は許せても Book & Paper は駄目だとしています。
それでもイギリスやアメリカでは比較的自由に使っています。両国では社名や商品名などにも使われていますが、本文中には使いません。そんな彼らでも日本の「欧文の名刺」にある、TEL & FAX TEL/FAX はやめたほうがよいと忠告します。and としたほうがなにかと安全なのです。
ここで不安になった方は『書物と活字』の 45 ページをご覧ください。けっしてうるさい小父さんがいっているのではありません。チヒョルトは『& のはなし』という一冊の書物まで造っているほどの人なのです。どこの国にも正書法があります。それがあることが先進国の本当の証でもあるのですから……。
さりながら & の絵姿はあまりにも美しくて幻惑的です。アドビのロバート・スリンバッハが、チャンセリーに学んで設計した「ポエティカ」には、美しい & がたくさんあります。
つまりアンパサンドはそう気軽に使える文字記号ではないのです。しっかりタイポグラフィを勉強して、正しくそして美しく使いたいものです。
アポストロフィ: Apostrophe
パンクチュエーションマークの一種で省略・所有格・複数であることを示す符号として用いられます。
do not rArr; don’t
1998 rArr; ’98
nine of the clock rArr; nine o’clock
また名詞の所有格を示すときや、数字や文字が複数であることを示すときにももちいられます。アポストロフィの前後のスペースには周到な配慮が必要です。とくにテキストワークでもレタースペースをデフォルト以外にしているときや、ジョブワークでは詰めすぎず、空きすぎない配慮が必要です。ここでも日頃の視覚の訓練が求められます。注意したいのは近ごろよく MAC ユーザにみられる ′を使ってしまうことです。「 ′″」は基本的には「分と秒」を表しますので、印刷者やデザイナーは避けたほうが賢明です。翻訳者などからのテキストデータはほとんど「 ′″」になっていますから注意が必要です。置き換えは少し分かりにくい所にあります。欧文モードで、
‘ = option + [
’ = option + shift + [
を使ってシングルとダブルの正しいものにおきかえましょう。
ウイドウ: widow(参照:オーファン)
普通は「未亡人」のことで、伴侶を失って淋しく生きている人のことです。
それが印刷用語になってややこしい役割が発生しました。ここでもやはり相棒がいなくてひとり淋しく存在している有様を表しています。
つまり欧文組版においてパラグラフの最後の行が、一単語あるいは一音節だけのとても短い行になった状態を表します。日本語組版でしたらさしずめ
わたしは山田太郎で〈改行〉
す。
のように「す。」だけが一行になって、なにか締まりのない状態といったら分かるでしょうか。
これがさらにページをまたがって「す。」になってしまった状態が「オーファン」(みなしご)です。
近ごろではオーファンを厳格に分けないで、すべてを「ウイドウ」と呼ぶ傾向もあります。ウイドウはまだ許されることもありますが、オーファンは「絶対に」避けなければなりません。
ウムラウト: umlaut
音 laut が変化 um することを示す変母音記号のことです。アー・ウムラウト: 1、オー・ウムラウト: 2、ウー・ウムラウト: 3、があります。普通はドイツ語に出てきますが、まれにフランス語にも出てきます。この場合はトレマ trema と呼びます。
大文字はもともとローマの文字ですから、ドイツ語であってもあまりウムラウトは使いません(この書き方はとても分かりにくいですね……)。
ウーンつまり大文字とは、ローマの石碑の文字だという歴史を理解している欧州では、大文字に使える記号類はきわめて限定されているのです。ですから大文字で組む見出し語などにはあまり使いません。
ウムラウトの ¨ の記号はもともと e の左右の交点の残像です。つまりオー・ウムラウトは o の上に e が乗っていることを表します。口をオーの形にしてエと発音しなさいといっていることになります。
これは日本人にとってはやっかいな発音になります。ドイツの都市は普通ケルンですが、この街の香水はオーデコロン !
文字組版上もやっかいです。パーソナル・コンピュータは基本的にはアメリカ文化の塊です。ですから書体の中にはウムラウトがないものが多いのです。そういう書体はドイツ語やフランス語に使うとまず失敗します。ここでもタイポグラフィのスタディが求められます。
以下はあくまでも逃げ道と解釈してください。お勧めしているわけではありません……。例によって厳格なチヒョルト小父さんには叱られます。つまり上に乗っかっている e を後に並べてしまうのです。アー・ウムラルト → ae、オー・ウムラルト → oe、ウー・ウムラルト → ue、となります。
ウーダンロー(参照:ウムラウト)
ドイツ語のウムラウトと似た役割があります。 O と E がつながってしまった形です。ウムラウトでは上にのった e が、O に吸い込まれてしまった形です。
つまり「O のなかの E」がウーダンローです。よく C と E の合字だと解釈した書物がありますが、それは間違いです。
例によってこの文字がない電子活字でフランス語を組んでも、まず失敗しますので注意が必要です。また字間をルーズにして組んでいるときには、この文字の前後に周到な配慮が必要です。字間をタイトにしている人は論外ですから触れません。
エスツェット: eszett
わたしは今でも宛名ラベルなどに打圧式英文タイプライタを使っています。もちろんアナログですし、ちょっとアナクロっぽいところも好きなのです。しかも紙もサイズも自由なので結構捨てがたい魅力があります。
ところが困るのは「英文タイプライタ」ですから、アルファベットはありますが、ドイツ語やフランス語に対応しているとはいえないのです。とりわけドイツ語に出てくるやっかいな文字記号がエスツェットです。
ドイツに友人でもできると、手紙を出すだけでもぶつかるのがこの記号です。ドイツ語で「通り」を表わすのが「シュトラッセ」ですから、まず必ずといっていいほど出てきます。
正直にいっちゃいましょう。恥ずかしいけど……。
はじめのうちは大文字の B を印字していました。ワープロ派になってからは、ギリシャ文字の β を使ったこともありました。パーソナル・コンピュータを使うようになっても、書体によっては「エスツェット」がないもののほうが多いのです。
それはそうです。パーソナル・コンピュータとはほとんどアメリカ哲学に基づいているのですから……。ですから依然としてまことにトホホなのです。
小社刊の『書物と活字』にヤン・チヒョルトが「エスツェット」の厳格な定義をしています。日本の書物にはほとんど間違って記録されていますので注意が必要です。チヒョルト小父さんは厳格な人ですから、お叱りを受けそうですが、とりあえずトホホにならないようにするための丸秘情報を !
「エスツェット」が出てきたら「内緒で小文字の ss を印字しよう」
つまり「シュトラッセ→ Strasse」とするのです。これで郵便物は確実に届きますが、けっしてお薦めしているのではありません。ドイツでも若い世代は「エスツェット」を廃止したスイスなどに倣って、こうした表記を受け入れますが、やはり正式な印刷物には不適当な便法でしかありません。
したがってドイツ語の印刷物の制作を受注したときには「エスツェット」がある書体を選ぶことが安全です。そうした書体は他のドイツ語の記号類にも配慮してありますし、何よりドイツ人が見慣れているからなのです。英米語はたしかに現代の国際言語ではありますが、こと印刷・書物の世界では万能ではないことに配慮しましょう。
オーファン: orphan(参照:ウイドウ)
普通は「みなしご」のことで独りぼっちで淋しいこどものことです。
それが印刷用語になってややこしい役割が発生しました。オーファンは一単語あるいは一音節のみが前のページから押し出されて、次のページの最初の行にくることを表します。それが二行目以降に発生すると「ウイドウ」(未亡人)とよばれますが、近ごろではオーファンを厳格に分けないで、すべてを「ウイドウ」と呼ぶ傾向もあります。
ウイドウ はまだ許されることもありますが、 オーファン は「 絶対に 」避けなければなりません。 前方の行を検討して送りこむか、 送りだすかして単語の孤立は避けなくてはなりません。 場合によっては執筆者に依頼して、 原稿修正をしてでも避けなければなりません。
これを日本語組版に置き換えて考えると分かりやすくなります。
わたしは山田太郎で〈改ページ〉
す。?
はありません。?
全角万能の日本語組版ではこうしたことはあまり問われませんが、ワードスペースを持つ欧文組版では、こうした調節が可能なために、大量配布につながる印刷物では、こうした処理を加えるのがあたりまえになっています。
余談ですが日本語の書物にはこうしたことが問われませんので無頓着です。しかしたった一冊『タイポグラフィの領域』(河野三男 小社刊)には「ウイドウ」「オーファン」がないはずです。それはたまたま著者・編集者・組版デザイナーの三者が親しい間柄で、さらにいえばこうしたタイポグラフィのよき慣行を遵守しようとする、共通した意識があったために実現したことです。
とても大変でした。ウイドウをなくすと行が増減しますので、レイアウトも変更になってしまいます。とても時間がかかってしまいました。もう二度とページ物でこうした試みはしたくはないというのが本音です。
そしてこうしたみっともない手前自慢でもしないかぎり、だれも気付いてはくれない作業でした……。ですから決してお勧めしているわけではありませんが、そんなことに注意してこの書物を見ていただくと、また別の味わいがあるかもしれません……。
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活字書体の判断における三原則
レジビリティ、リーダビリティ、インデユーシビリティ:
legibility, readability and inducibility
これらのタイポグラフィ専門用語の外来語は耳慣れないことばかもしれません。本来は活字版印刷の業界用語でしたから、一部の和英辞典には掲載されていないものもありまし、紹介があっても混乱しがちです。
したがって、その翻訳語としての紹介(日本語)は混乱の極地にあります。その結果、わが国における活字書体の差異判別や特徴をかたることばも混乱しがちです。しかし活字書体の評価や判断にあたってはたいせつなことばです。タイポグラファなら、ぜひとも記憶していただきたいたいせつなことばです。
判別性 Legibility レジビリティ
活字書体におけるほかの文字との差異判別や、認識の程度。
可読性 Readability リーダビリティ
文章として組まれたときの語や、文章としての活字書体の読みやすさの程度。
誘目性 Inducibility インデューシビリティ
視線を補足して、活字書体などの情報に誘うこと。またはその誘導の程度。
《判別性 Legibility 》
判別性は、大文字の B が 8 に見えたりするときや、大文字の I、小文字の l、アラビア数字の 1 が混同したり、大文字 O と数字の 0 が明確に判別できないときにもちいられます。わが国では、漢字の網と綱の差異判別や、カタ仮名のロと漢字の口が混同しないように制作したり、議論するときにもちいます。Legibility の和訳語はなかなか定着せず、従来は可視性・視認性・識別性などともされてきました。
Legibility は形容詞 legible から派生した名詞で、文字が読みやすいこと、読みやすさ、判別や識別の程度、判別性・識別性などをあらわします。活字版印刷術が創始されてから、すなわち 1679 年にその初出がみられます。形容詞の legible は筆跡や印刷された文字が看取される、識別可能なという意味です。そのほかにも、容易に読める、読みやすいという意味で、後者の比較語(confer)としては readable があげられます。
こうした判別性を、19 世紀末から 20 世紀初頭に活躍した英国のタイポグラファのエリック・ギルは、
「A は A、B は B である」
というフレーズをしばしば挑発的に口にしました。また著書『エッセイ・オン・タイポグラフィ』にも各所にしるしています。この「A は A、B は B である」とは、たとえば A という文字を成立させているものは、画線の組合せでしかない図形を、どう書けばもっとも A らしくなるのかということです。逆にいえば、A を構成しているどの線をどう歪め、どうくずせば A ではなくなるのかという、字体の限界の追求をアルファベットのすべてについて試みることでしょう。
文字が成立した長い歴史におもいをはせれば、文字の神秘とその洗練の過程には、確たる文字の姿を獲得した人間の工夫と、活字のはたした役割の重要性に気づきます。文字が万人のものであり、公的であり、その最大多数が迷うことなくひとしく判別できる字体を探し出す努力は、タイポグラフィの実践者や、活字書体設計にたずさわるひとにとっては基本的な問いかけといえるでしょう。
《可読性 Readability 》
可読性はいかにも漢語調で、ふるくからあったという語感で納得させられますが、意外にあたらしい活字版印刷界の業界用語です。もとはドイツ語で Lesbarkeit の英訳語の名詞で、読みやすいこと、読めること、可読性という意味と、面白く読める、面白く書いてあることをあらわすのが原義です。
英語での初出はあたらしく 1843 年にはじめての使用をみるようです。わが国ではおそらく明治期に、たれかが Readability に可読性という、じつにうまい訳語をあたえたものと想像されます。広辞苑には「読み取れる性質・度合い」とされています。また一部には「速読性」としたいというむきもありました。
1980 年代後半の DTP への過渡期 ── 技術の継承期 ── に膨大に出版されたアメリカの資料には、レジビリティはフォントを表わし、リーダビリティはファンクションを表す、などという記述も見られます。なにをいっているのか分からなくなりませんか ? 要するにこのことばは、文字の見分けやすさと、文字の読みやすさのこと。つまりタイポグラフィの基本的役割に関わる用語です。したがって洋書に触れると頻出しますので、困惑しないようにあらためて確認しておきましょう。あまりこのことば自身を難しく考えないで、むしろタイポグラフィの基本的な役割が「見分けやすさと読みやすさ」であることを確認しましょう。
《誘目性 Inducibility 》
英語の形容詞 Inducible =誘致[誘引]できる;誘導できる;帰納できるの名詞形で、名詞形の Inducibility としての初出は 1643 年のこととされます。すなわち「視線を補足して、活字書体などの情報に誘うこと。またはその誘導の程度」をあらわす活字版印刷の業界用語として登場しましたので、和英辞書などには未紹介のものが多いようです。
誘目性が重視されるのは、サインボードや広告の世界が多いようです。空港や駅頭で、的確な情報を提供し、そこに視線を誘導することは文字設計の重要な役割でもあります。またポスターやカタログなどの商業広告においても、旺盛な産業資本の要請にこたえて誘目性を重視した書体も開発されてきました。
産業革命以後、この誘目性が活字書体設計でも「ディスプレー書体」などとして強く意識されるようになり、黒々とした、大きなサイズの活字が誘目性に優れているという誤解も生じました。しかしながら、もともと「 Display 」は動物の生得的な行動のひとつで、威嚇や求愛などのために、自分を大きく見せたり、目立たせる動作や姿勢のことで、誇示・誇示行動をあらわします。
もちろん、現代では表示・展示・陳列などの意でも用いられますし、コンピュータの出力として、図形・文字などを画面に一時的に表示する装置にも用いられますが、原義とは怖ろしいもので、ディスプレー書体の多くは、誘目性を過剰に意識するあまり、あまりに太かったり、奇妙なデザインに走って、一過性の流行の中に消滅してしまったものも少なくはありません。活字の世界で求められるのはいつも判別性と可読性であり、誘目性はむしろ押さえ気味にしたほうが無難なようです。すなわち、芭蕉翁にまなんで「不易流行」ですね。
括弧・かぎ括弧
欧文の括弧やかぎ括弧は小文字と一緒に使うようにデザインされています。テキストワークならすべて設計どおりに用いますが、ジョブワークのときは若干の修整が求められます。行がすべて小文字のときは問題が有りません。大文字に混入するときは大文字の視覚的な天地の中央に移動します。目安は確実なものは有りません。感覚が求められます。括弧と単語の間にはシンスペースを入れたほうがきれいに見えます。
カピトリウム : Capitolium
カピトリウム(D: Gerard Unger, 1998)。ローマ市の書体コンペティションの勝者となった書体。カピトリウムとは、ローマのカピトリヌス丘にあった神々の神殿の意。標識・ビデオ映像・印刷物など、さまざまなメディアに使用できること、7カ国語で表示されることを条件に、形態と雰囲気がローマを象徴するものとして、ローマン体でデザインされた。ファミリーは、ノーマル、イタリック、ボールドと、標識専用にデザインされたものがある。
カラー
欧文タイポグラフィ用語としての「カラー」には、なかなか適当な訳語が見つかりません。よく見る「色調」よりは「雰囲気」のほうがいいかもしれません。つまりスクール・カラーとして「慶応・早稲田カラー」というように、即物的な色そのものではない、むしろ「雰囲気」のような状態として理解すると分かりやすいかもしれません。
カリグラム : calligram
手書きの語や文章を内容にふさわしい形にすること。詩句を視覚的に表現する図形詩(visual poetry)もひとつの例。カリグラムの語は、フランスの詩人アポリネイル(Guillaume Apollinaire)が 1918 年に発表した詩集の題名 Calligrammes が一般的に使われようになったもの。
カリグラファ : calligrapher[カリグラフィ参照]
能筆家、能書家 = penman, spencerian
カリグラフィック・リヴァイヴァル : calligraphic revival
20 世紀初頭におこったカリグラフィのリバイバル運動。エドワード・ジョンストンらが主導した。中世のカリグラフィを讚え、みずからもカリグラフィをおこなったウィリアム・モリスの影響を受けて、ジョンストンはカリグラフィをはじめた。葦や鵞ペン(アシの茎や鳥の羽根ペン)の使用法を再発見して、写本の書体を再現した。同時に王立美術大学その他でカリグラフィを指導し、多くの後身を育てた。
1921 年ジョンストンの流れをくむ人々によって「書家と写本装飾家協会」がロンドンに設立され、講演、出版、展覧会をおこなってカリグラフィを広めた。協会の活動はヨーロッパ大陸へも影響を与え、ドイツとオランダでリバイバルが起こり、アメリカでもカリグラフィが盛んに行なわれるようになった。
カリグラフィ : calligraphy
ペンや筆で書く優美な文字。ギリシア語の kalli(beautiful)と、graphos(writing)を語源とする、東洋の「書」にあたる語。カリグラファは、道具や材料、書法に精通していなければならない。葦の茎を削ってつくるリード・ペン(reed pen)、ガチョウの羽からつくるクィル・ペン(quill pen)、金属製の各種ペン先(nib)、カリグラフィ用の万年筆、平筆、最近ではフェルト・ペン、マーカーなども使われる。
文字の形態、筆記用具を扱う角度、線の太さ、筆順、線の方向を考えることによって書体が生まれる。紙の種類と特徴をよく知っておく必要があることはいうまでもない。紙のテクスチュア、色、厚さは、カリグラフィの表現と密接な関係にある。紙の流れ目(漉き目)についての知識も大切だ。
ラテン・アルファベットのカリグラフィは、紀元 1 世紀頃に確立した帝政ローマのラスティック・キャピタル(rustic capital)から、今世紀のイギリスでおこったカリグラフィック・リヴァイヴァにいたる間に、さまざまな書法を生み出してきた。写本に学ぶときは、オリジナルの運筆の速さにも注意をはらいたい。
カリグラフィの歴史的な書体は活字に採り入れられ、あるいは新しいタイプフェイスの想をえることに貢献してきた。グーテンベルクが 15 世紀半ばに活版印刷をはじめたときに鋳造した活字は、当時のゴシック体を模刻したものであり、ニコラ・ジェンソンがローマン体活字をつくったときは、ルネサンスの人文学者によって賞揚されていたフマニスティカ(humanistica)と呼ぶ筆記体を忠実に写し取ったものだった。ローマ法王庁の書簡体チャンセラレスカ・コルシーヴァ(cancellaresca corsiva チャンセリー・カーシヴとも)は、アルダス・マヌティウスがイタリック体をグリッフォに彫らせたときのモデルになっている。イングリッシュ・スクリプトと呼ぶカテゴリーの書体は、18 世紀の銅版書体をモデルにしている。
一方、目を現代に転じると、人気が高いローマン体活字のパラティノ(Palatino)は、ローマ時代の石碑と 16 世紀イタリアのカリグラファ、パラティーノの書法に想をえたといわれ、一見歴史とは無縁に思える幾何形態のサン・セリフ、フトゥーラ(Futura フーツラとも)さえもが古典に学んだという。したがってタイプデザインを学ぶ者は、まずラテン・アルファベットのカリグラフィに学ぶことからはじめなければならないとされる。
歴史的な書家としては、ローマン体活字の手本となる書体を創出したブラッチョリーニ(Poggio Bracciolini)、カンチェッラレスカ・コルシーヴァの創始者として知られるニッコリ(Niccolo Niccoli)、活字書体出現後の 16 世紀にカリグラフィの発展に貢献したアリッギ(Ludovico degli Arrighi)、パラティーノ(Giovanbattista Palatino)、タリエンテ(Giovanni Antonio Tagliente)、17 世紀にはフランスのバロック・スクリプトの書家バルベドール(Louis Barbedor)、イングリッシュ・ラウンドと呼ぶ流麗なスクリプトの先駆者となったエイヤーズ(John Ayres)らがいる。18 世紀に名活字書体 Baskerville を生んだバスカヴィル(John Baskerville)もカリグラフィの名手だった。19 世紀のアメリカには、能書家を意味する「spencerian」の語を生んだスペンサー(Platt Rogers Spencer)がいる。
今世紀のカリグラファとしては、カリグラフィック・リヴァイヴァルの中心人物のジョンストン(Edward Johnston)をはじめ、コッホ(Rudolf Koch)、レンナー(Imre Reiner)、ヴォルペ(Berthold Wolpe)、ツァップ(Hermann Zapf)らがいる。彼らはいずれもすぐれたタイプ・デザイナーでもある。cf. cacography(悪筆)
キャップ・ハイト : cap height
大文字の高さ。ベースライン(baseline)から大文字の頭部(cap line)までの距離 = hauteur des majascules(仏)
キャピタル : capital
[字]大文字。ラテン語の頭(head)を意味することばからできた語。参照 → capital letters
[芸]柱頭。柱の上部。歴史的な建築では、この部分にさまざまな様式がある。
キャピタル・レター : capital letters (caps)
大文字。majuscule, upper case ということもある。大文字を指定するときは、その部分に 3 重のアンダーラインを引く。アッパー・ケースとは、昔、植字台の上方に置くケ−スに大文字を整理したことから = Kapital/Majuskel(独), capitale/lettre majuscule(仏)参照 → capitalization
キャピタライゼーション : capitalization
[森澤茂氏記述/お問い合せの多い大文字の使い方を森澤茂氏のご協力を得て掲載しました。もちろんこれはひとつの指標であって、こうすべきだ ! というベキ論で記述されたものではありません]
語頭を大文字に組むこと。原稿に大文字で組むことを指示する場合は、その文字の下に三本線を引く。主な用法を以下に示す。
センテンスの文頭を大文字にする。詩の場合は、行頭をすべて大文字にする。直接引用文の場合は、引用文の最初の文字をキャピタライズする。
固有名詞、固有名詞から派生した形容詞の語頭を大文字にする。しかし、固有名詞から派生しながら、別の意味をもつようになった語、固有名詞とは関係がうすい語は小文字にする。 例:Egypt(エジプト), Egyptian calendar(エジプト暦), egyptian(書体のカテゴリー); China(中国), china(磁器); Morocco(モロッコ), morocco(モロッコ革)
代名詞、感嘆詞の語頭。
地理、地勢上の名称。地方、地域の愛称、特別な名前など。
地域、通り、公園、建築・建造物。
月、曜日、祝祭日と特別な日。
神、神性にかかわる事項、宗教、宗派、教会名、聖職者の肩書。
組織、機関、政党、同盟、団体、制度、運動の名称。
官庁名、部局、委員会、行政単位、公職名など。
戦争名、戦闘名、軍隊、基地、施設名、階級名など。
歴史的事件、特定の時代。
条約名、法律、公文書類。未表決、否決された法案は小文字表記に。
称号、学位、肩書。語頭を大文字にする。名前のあとに組むときは、小文字でしるす。省略形は大文字で組む。
重要な賞、勲位/勲章。社内表彰のような場合は小文字表記にする。
書名、章題、見出しなど。最初の文字と重要な語の語頭を大文字にする(冠詞、接続詞、前置詞を小文字にする)。
芸術作品(文芸作品、絵画、彫刻、演劇、音楽作品など)、芸術様式、芸術運動。
企業名、商品名、商号。
乗り物の型式名称。
惑星、星座、天体現象。
頭字語。
例:Bill called, “Wake up!”
ドイツ語では、固有名詞だけではなく、普通名詞もキャピタライズするので、本文中に大文字が頻出する。ドイツ書体の大文字が小ぶりにデザインされているのは、大文字が目立たないようにする工夫である。したがって、ドイツ語を組むときは、ドイツ生まれの書体の使用が望ましい。
例:O God our help. I pull the lever of the 25-cent slot.
例:Ohio River, Chesapeake Bay, Pacific Ocean, Strait of Gibraltar, Big Apple(ニューヨークの愛称)
特定の地域を表す方角は大文字にする(単に方角をあらわしているときは、小文字)。
例:the West Coast(アメリカの太平洋沿岸地域)、Northern Ireland(北アイルランド。独立の議会と政府がある)、northern England(単にイングランド北部をさしているにすぎない)
単数の固有名詞と組む地勢をあらわす普通名詞は大文字にする。
例:Lake Erie, Pacific Ocean(しかし、lakes Erie and Ontario, Pacific and Indian oceans)
次の語は、単・複数にかかわらず、固有名詞につづけて大文字にする。
例:Hill, Mountain, Island, Narrows(単複同綴)、例えば Rockey Mountains, Hawaiian Islands
例:Fifth Avenue, Central Park, Golden Gate Bridge, Sears Tower
例:January, Monday, New Year's Day, Father's Day, Independence Day, Halloween, Thanksgiving Day
例:Christianity(キリスト教), Roman Catholic Church(ローマ・カトリック教会), Bible(聖書)Old Testament(旧約聖書), Gospel(福音), Buddhist(仏教徒), Muslims(イスラム教徒), Methodist(メソジスト派信者), Pope Paul(パウロ法王), Cardinal Bembo(ベンボ枢機卿)
例:American Standards Association(米国標準規格協会), Democratic Party(民主党), Yale University(イエール大学), United Auto Workers(全米自動車労働組合), Boy Scouts of America(米国ボーイ・スカウト団)
例:Department of State(国務省), Office of Science and Technology(科学技術局), Board of Education(教育委員会), California State, City of New York, Mayor of San Antonio(サン・アントニオ市長)
例:Second World War, Vietnam War, U.S. Air Force, Army War College, Capt Robin Shercliff(氏名の前にあらわす階級は、原則として省略形を用いる)
例:Dark Ages(中世暗黒時代), Renaissance(ルネサンス), Cultural Revolution(文化大革命)
例:Treaty of Versailles(ベルサイユ条約), Fair Labor Standards Act(公正労働基準法)
例:King Juan Carlos(しかし、Juan Carlos, king of Spain)Prime Minister Margaret Thatcher(しかし、Margaret Thatcher, the British prime minister)Sir Winston Churchill, Prof. Herbert Spencer, Dr. William Bunney, Police Officer John White 学位は、大文字で略し、氏名のあとに組む。W. Keble Martin, MA, D.Sc. MA(Magister Artium:文学修士号), D.Sc.(Doctor of Science)単独で使われる肩書は小文字にする。the queen of England, the president, the first lady
例:Nobel Prize(ノーベル賞), Pulitzer Prize(ピュリッツァー賞), Grand Cross of the Bath(バス勲位大十字章:GCB), Order of Merit(メリット勲位:OM), Knight of the Order of the Thistle(アザミ勲位爵:KT)勲位、勲章は頭字語であらわし、氏名のあとに組む。Sir Michael Beetham, GCB, CBE, DFC, AFC
例:A History of Graphic Design
例:Richard Bach's Jonathan Livingston Seagull(リチャード・バック著「カモメのジョナサン・リビングストン」), Vivaldi's The Four Seasons(ヴィヴァルディ「四季」), Neo-Classicism(新古典主義), Arts and Crafts Movement(美術工芸運動)
例:General Motors, Coca-Cola, Kodak, Scotch Tape, Tabasco, Xerox
例:Ford Thunderbird, Toyota Corolla, Concord, Lockheed TriStar 個別に命名してあるものは、イタリックで組む Spirit of St. Louis, City of Tokyo, Titanic, USS Nimitz(合衆国軍艦「ニミッツ」), the Forrestals(この場合は「フォレスタル級」を示しているのでイタリックにはしない。Forrestal としるしてある場合は、フォレスタル級「フォレスタル」。船は姉妹艦・船を建造し、個別に命名する。ちなみにフォレスタル級は、ほかに、Saratoga, Ranger, Independence がある)
例:Mars(火星), Mercury(水星), Milky Way(天の川), Big Dipper(北斗七星), Sea of Fecunditatis(月の豊の海)
例:ABC(Audit Bureau of Circulations), BBC(British Broadcasting Corporation), UN(United Nations), UNESCO(United Nations Educational, Scientific, and Cultural Organization)
キャップ・ライン : cap line
[字]タイプデザインを行うとき大文字の高さを設定する線。キャップ・ラインは、小文字のアセンダー・ラインと揃えるか、やや低くする。オールド・ローマンは常に低く設定する = capital line, ligne des majuscules(仏)
[組]大文字で組んだ行。
クォテションマーク: Quotation mark
引用符のことで引用する語・句・節の前後につける符号です。もともと金属活字版の頃は、カンマを逆さにしたりして使っていました。テキストワークにはデフォルトのままでかまいませんが、ジョブワークの実践的には、クォテションマークの前後のワードスペースをほんの少し詰めて、その分をクォテションマークと単語との間にシンスペースとして入れるとバランスがとれます。
You have spelled “ paralel ” incorrectly.
注意したいのは近ごろよく MAC ユーザにみられる ″を使ってしまうことです。「 ′″」は基本的には「分と秒」を表しますので印刷者やデザイナーは避けたほうが賢明です。翻訳者などからのテキストデータはほとんど「 ′″」になっていますから注意が必要です。置き換えは少し分かりにくい所にあります。欧文モードで、
“ = option + @
” = option + shift + @
を使ってシングルとダブルの正しいものにおきかえましょう。
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前略・早々(参照:拝啓・敬具)
この手紙の慣用句は決して上品なことばではありません。同格もしくは目下の人にたいして親しみをこめて「急いでいるので丁寧なごあいさつは省略しますよ……」といったことばです。ですからわざわざワープロで印字して「前略」はありえません。近ごろでは印刷したあいさつ状にまで「前略・早々」を見ることがあります。
これは目上の人にたいしてはとても失礼になります。そしてひそかにその人の教養を疑われたりします。
手紙を出したのに返事がこない……という経験のある人はいませんか。もしかしたら書出の「前略・早々」を見ただけで、くず篭に直行していても文句はいえないのです……。
目上だの目下だのと、なんと古くさいことを……! そうです。この様式は十分古くさいのです。
ですからわたしは使いません。手紙や文書は顔が見えていないだけに、慎重な配慮が必要です。そしてこんな古くさい様式にもたれ掛かるより、心をこめて「こんにちは・さようなら」という美しい日本語を使っています。
ついでですが「拝啓・敬具」を目下のひとに使うのもちょっと疑問。社長が部下に「拝啓・敬具」を捧げてしまったら、中国人は目を白黒するでしょう。
つまりこうした日本語のなかに潜んでいる漢語や擬似漢語は、あまり使わないか、手もとに「漢和辞典」でも置いて、チェックしてから使ったほうが安全です。
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タイプサイズ
本文用活字においては小さすぎる活字が読みにくいのはもちろんですが、大きすぎる活字も読みにくくなります。大きすぎる活字ですと読取りが全体を掌握するというより、活字の部分部分で絵姿が見えてしまうからです。ですから普通は 9 ポイントから 12 ポイントの範囲で本文用活字を選択するのがよいでしょう。
写植活字や電子活字のようにリニアスケーリングによるファミリー構成の場合には、通常はミディアムウェイトを選択します。
和文活字では仮想ボディがタイプサイズとして設定されます。筆文字系書体のように実際の大きさが小振りになる活字を選択した場合には、タイプサイズの決定も慎重にするようにしましょう。
欧文活字ではエックス・ハイトにも考慮が必要です。おなじサイズの活字でも、エックス・ハイトが高い活字は大きく見えます。ですから辞書や新聞のように、スペースが限られている場合には、比較的エックス・ハイトの高い書体を選択します。つまりエックス・ハイトが高い書体とは、レジビリティには優れていますが、レーダビリティには問題があるようです。ちなみに普通新聞用書体とされている「タイムズ」には、エックス・ハイトの高い新聞用と、「ロング・ディセンダ」のテキストタイプが用意されています。
タイムズはマックに標準装備されているから安心だ──などと思っているようでは少し問題があります。標準装備の書体はむしろオフィスユースや日曜プリンタのものだ、と思ったほうが安全です。また国柄としてアメリカではエックス・ハイトの高い活字が一般に好まれています。
竹口正太郎(参照:田村銀次郎・文字百景 56 号)
『文字百景 56 最末期のパンチカッター・安藤末松』の項で触れた「竹内庄太郎」について、小宮山博史さんから嬉しい資料発見の報せがありました。
東京築地活版製造所の彫刻士としては、谷中墓地の平野富二の墓標の前にある灯篭によって確認できる、竹口芳五郎の名前の他は、なかなか正確な名前が確認できずに困っていました。今回の小宮山さんのご努力によって、二人の彫刻師と母型師の経歴がはっきりしました。印刷の歴史の研究はこうした小さな努力の積み重ねが大切です。しかし何分ふるい資料ですので、若干の意訳が必要なようです。
『印刷世界』第一巻第二号 29 ページより意訳 明治 43 年 9 月 20日発行 印刷世界社
竹口正太郎
年 齢 43 歳
所属会社 東京築地活版製造所 彫刻課長
入社年月 明治 11 年 2 月
竹口正太郎は明治 11 年から活字彫刻に従事して、30 有余年の永きにわたって、誠実に職に従って、田村銀次郎とともに後輩の指導にもあたってきました。正太郎の父親の竹口茂平も活字彫刻家として世に知られていましたが、その弟子の竹口芳五郎も茂平について活字彫刻術を学んで、その技は神技とまで讃えられましたが先年故人となられました。
こうした関係から竹口正太郎は芳五郎に師事してその厳格なる指導と薫陶をうけて東京築地活版製造所に入社しました。それからというもの技を練り業を励んで、病を冒して、懸命の研究の結果、師芳五郎の高弟として知られ、ついに現在の地位をえました。
竹口正太郎は入社当時は五号楷書体の製作に従事して、ついで五号明朝体の第一回の改正の任にあたってあらゆる辛酸をなめました。さらに朝鮮文字の製作については惨憺たるものがあったということです。
竹口正太郎は故芳五郎の意志を守って、主として漢字の製作に従事しました。そして比較的仕事量を抑制して、丁寧な仕事に徹しました。そのために東京築地活版製造所の活字の好評に役立ったようです。竹口正太郎もまたたびたび賞に与り明治 36 年 4 月には東京印刷組合より賞を授けられ、翌 37 年には 25 年勤続の表彰に浴しました。
田村銀次郎(参照:竹口正太郎)
『印刷世界』第一巻第二号 29 ページより意訳 明治 43 年 9 月 20日発行 印刷世界社
田村銀次郎
年 齢 58 歳
所属会社 東京築地活版製造所 字母製作課母型課長
入社年月 明治 7 年 11 月
田村銀次郎は明治 7 年に東京築地活版製造所に入社して、それから 30 有余年一日も変わらずに鋭意その職に尽くしました。その人柄は温厚でよく後輩を指導して、同社の字母を国内はもとより広く海外にまでその名を轟かしたのは、田村の功績も大なるものがありました。
田村銀次郎は入社前にはかんざしや帯留めなどの金属に細工をする「錺職・飾り職」に従事していましたが、入社以来母型製作に従事して、当時長崎からきた「柘植氏」について母型製作を学びました。得るところはたくさんあったのですが、当時の母型製作法とはまだ幼稚とのそしりを免れませんでした。
それからというもの田村銀次郎は苦心惨憺研究を重ねて、ついに今日の東京築地活字の評価を獲得するのに貢献しました。すでに田村は同社の最古参の一人ですが、古参といって怠慢の行為などはなくて、卒先して仕事に励み後輩もそれを見習っています。
田村の長男の一助は同所欧文植字課に勤務のかたわら、慶応義塾夜学部に通学して、無事卒業、いまは同所印刷部事務員として採用されました。田村銀次郎は次男英次郎を自らの後継者にしようとして、同所において約 10 年の薫陶を加えてその技見るべき物有りとされています。
このように一家をあげて東京築地活版製造所に貢献していることも珍しく、そのために明治 21 年同所前社長平野氏の退社にさいしては、とくに金員を下付されて、さらに 36 年 4 月には東京印刷組合より 25 年勤続を表彰されました。
ダズリング・イフェクト: Dazzling effect[組み版用語]
≪印刷用紙、印刷インキ、活字書体の悪しき相乗効果≫
眩惑効果のこと。組み版用語としては、読書に際して、活字書体のコントラストが強くて、目がチカチカすることです。産業革命を達成した18—19世紀のイギリスでは、活字界でも道具に変えて、各種の機械や器具が大量に導入されました。当然機械化・合理化・機能化・省力化が重視され、営利・利潤の追求が横行しました。もちろんその功績も十分に評価しなければいけないのでしょうが、残念なことに、活字・印刷界での負の側面として看過できないのは、行きすぎた機械化と機能化がもたらした、文字形象の急激な変化でした。
すなわち、道具をもちいる手技にかえて、急速に機械化が進捗したために、文字のエレメントを強調するあまり、太い画線部と細い画線部のコントラストの差異が極めて大きく、彫刻・鋳造の手間を省くために、A,
B, CとM, Wの文字幅が等しいような、「モダンスタイル・ローマン体活字」が一斉に各社から発売されて活字・印刷界を席巻し、書物の紙上を占拠しました。
また、この頃開発されたコーテッド紙(塗工紙)などにも、この「モダンスタイル・ローマン体活字」が「時代を象徴する新しい活字書体」として好んで用いられたために、より一層顕著にダズリング・イフェクトが発生し、その批評にあたって「ダズリング・イフェクト」が組み版・印刷用語としてもちいられることが多くみられました。
わが国の本文用活字書体の主流を占める「明朝体活字」は、18世紀の中葉、産業革命を経て、欧米の活字書風が混乱をみせていた時代、すなわち「モダンスタイル・ローマン体」に慣れ親しんでいた欧米人(宣教師団)らによって、開発の端緒がひらかれたという歴史があります。ですから正方形の字枠いっぱいを文字が占め、水平・垂直線が多用される「近代明朝体活字」とは、設計概念はもとより、文字形象も、中国・明王朝の刊本字様とは関連性が薄く、牽強付会を怖れずにしるせば、ある意味では「モダンスタイル・チャイナ体」ともいえる活字書体です。
≪ダズリング・イフェクトの防止に向けて≫
したがって明朝体活字を高白度の高いコーテッド紙やアート紙などの印刷用紙に、本文をスミ・インキで印刷したときなどに、ダズリング・イフェクトの発生をみることがあります。ところが偶然な幸いがもたらしたのでしょうか、わが国ではそうした「近代明朝体(漢字)活字」の使用に際して、コントラスト比の少ない、ひら仮名とカタ仮名を混植することが多く、漢字書体の明朝体活字に発生するダズリング・イフェクトを、両仮名書体の形象にコントラスト比の少ない形象を採用する工夫をこらすことによって、玄妙にコントラストを減少させる効果を意識して書体設計がなされています。
ところで……、精緻な議論を好むアングロサクソンや、なんでも定義づけないと納得・行動しないゲルマンとは異なり、わが国の造形者は、言語化することなく、独自の感性で、ダズリング・イフェクトの現出をみいだし、それへの対処術を巧妙に達成していたのではないかとおもえます。
すなわち、長文のテキストを明朝体(モダンスタイル・チャイナ体)で組むことが多いわが国では、文字もの中心の書籍・新聞・文庫・新書などには「書籍用紙」とされている、上質紙などの紙面が粗い非塗工紙がほとんどを占めます。それによってダズリング・イフェクトの発生はかなり予防することが可能です。また画集・写真集などは、どうしても印刷効果に配慮してコーテッド紙など、表面が平滑な塗工紙が用いられがちです。その際には、コントラスト比の高い明朝体よりも、細身のサンセリフ(ゴシック体)が選択されることが多いのも、声高に言語化し、議論することはなく、どうやら無意識のうちに、ダズリング・イフェクトに配慮しているともいえるでしょう。
ちなみに、ひら仮名・カタ仮名には「明朝体活字」は本来ありません。それは便宜上「漢字書体に適合する和字書体」として採用されています。そのために、わが国ではあまり「ダズリング・イフェクト」は問題視されていないのが現状ですが、欧米では19世紀末−20初頭にかけて「モダンスタイル・ローマン体」には批判が多く、現在ではこのグループの書体ほとんど製造・使用されていないのが現状です。またボドニ、ディド、ワルバームなどの「モダン・ローマン体」と、それに触発されて制作されたり、模倣によって制作した「モダンスタイル・ローマン体」はまったく別物ですので、混同しないようにしたいものです。
ダッシュ: Dash, en dash, em dash(参照:ハイフン)
欧文句読記号の一種で半角の長さのエンダッシュと全角の長さのエムダッシュがあります。まれに二全角の 2-em dash, 三全角の 3-em dash もあります。
エンダッシュの用途は名詞を同等の扱いでつなぐなどさまざまですが、前後は空けずに組むことが基本です。
January 10–15
East–West
DC–10
などはハイフンではなくてダッシュを使います。
ダッシュはハイフンと混同しない注意が必要です。置き換えは少し分かりにくいところにあります。欧文モードで、
–(エンダッシュ) = option + -(ハイフン)
—(エムダッシュ) = option + shift + -(ハイフン)
です。
余談ながらダッシュとハイフンの混同は英文タイプライターが登場してから顕著になったとされています。つまりキーボードに割り振られたのは基本的にハイフンで、印刷者がダッシュとハイフンを使い分けていました。またアニュアル・レポートの制作現場などで見られる「ネイティブ・チェック」も安心できません。彼らのほとんどは英会話には強くても、英文組版にはほとんど素人ですから……。ですから現在でもオフィスマンはもとより、翻訳者などもその使い分けをしていません。ページメーカーやクォークを使う組版者が置き換える必要があります。デザイナーが組版者を兼ねるようになった現在、あまりにも多くの負担をデザイナーが背負ってしまったといえるのかもしれません……。恥をかかない組版のためには大変ですけど頑張るしかないようです……。
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葉書・端書・はがき・ハガキ(安くできるハガキ印刷)
国語辞典(日本語の辞書)をひくと
「葉書・端書 → 1. 紙片などに書き付けた覚書。2. 郵便葉書の略。
明治初期には郵便はがき印紙・はがき紙などとも称した。
公文書では 1883(明治 16)ごろから「葉書」と表記」
などと出てきます。
葉書なのか端書なのかはがきなのか、はっきりして欲しいとところです。ちなみにわたしのワープロでは「HAGAKI →ハガキ、はがき」しか変換しません。ごく普通の漢和辞典(中国語から日本語への辞書)にはまったく「葉書」は出てきません。
こうした日本語の中で漢語のふりをしているのが疑似漢語、これはやっかいです。おそらく西洋式郵便の制度が導入されて「POSTCARD」を真似て造ったのが郵便はがきです。ハガキと書きたくなるのもむべなるかなです。ですから郵政省では今でも厳格に「郵便はがき」とかなで表記します。どうしてかというと「葉書・端書」にはどうしても第一義的には「紙片などに書き付けた覚書」つまり「メモ」のようなニュアンスが付着しているからなのです。またどうしてもこうした歴史的背景があるために正式な文書には不適当です。よくはがきサイズのカードを、さらに封筒に入れて送るのもそのためでしょうか。
ところでこの用語辞典はそんな語義にこだわる所ではありません。私製はがきを安く造る丸秘情報です。官製はがきではなく、また年賀状のような事前に断裁された私製はがきでもなくて、オフセット印刷による別誂えのはがきのことです。
オフセット印刷の別誂えのはがきを小は 200 から大は 5 万枚ほど刷るとすると、ふつう四六全判の紙を四裁にして、つまり B3 ほどのサイズで印刷します。この場合印刷は同じ絵柄を 9 面付けて印刷します。ですから 200 枚のときは四裁の紙を 23 枚・全判にして 7 枚を使うことになります。5 万枚ですとそれぞれ 5555・1390 枚となります。印刷からみたら誠に効率 の悪い採算のとりようもない仕事なのです……。
そこで同じ絵柄を 9 面付けて印刷することに着目します。そこに一つだけ自分のはがきを紛れ込ませてもだれも文句はいいません。ただしそうした仕事が常時流れているとは限りませんし、色数や洋紙などでわがままはいえません。あくまで内緒で紛れ込むのです。
ですからこんなきれいな写真を絵はがきにして残そう……、ちょっと面白いイラストができたのでカードにしたいな……、いい詩がうかんだので……などを最低電子データもしくは版下にしてキープしておくことです。そして出入りの印刷屋さんと仲良くなること。根気よく待つこと、わがままはいわないこと──そうすれば POSTCARD が面付け料と場合によっては製版費だけのとても安い価格で手に入ります。もちろんこれは標準的なことを書いたまで。要は印刷屋さんと良い信頼関係を保つことです。そしてさらに印刷のシステムに精通することが求められます。発注者の不勉強が大きな無駄をうむことがあります。そしてそんな人に限って「紙のエコマーク」などに拘ったりするから困るのです。はがき用の全判の 200 枚入りの洋紙は、普通包装を破ったら残りは廃棄するしかないのですから。
拝啓・敬具の使い方
はじめにお断わりしておきますが、わたしは手紙の中でもあまりこうしたことばは使いません。「こんにちは・さようなら」でほとんど済ませています。ちなみにこのことばは漢語(中国語)で、もともとは形容動詞、つまり宮廷でのある動作を表わしていました。
「拝啓」は「つつしんでもうしあげます」の中国語です。この場合面は伏せて一連の動作として「皇帝陛下にあらせられましてはご機嫌うるわしく……」などとご挨拶が続きます。ですから拝啓は行頭にあわせてベタ送りで組み、全角空き、ついで時候のご挨拶を送り込みます。
「敬具」は手紙文の結語とされますが、もともと「以上をつつしんで申し上げました」という中国語です。そしてゆっくりとじり下がりますので、じり下がる有様・場所を表わすために、行末から一文字空けて具をおき、ゆっくりした動作を表わすために一文字空けて敬をおきます。整理しますと、
拝啓×陽春の候貴社ますますご繁栄○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
敬×具×
どうでしょうか……。実に形式的で面倒なものです。「わたしの表現なのだから、わたし流に勝手にやる」これはこまりもの。企業の総務部・官公庁あたりでは常識ですし、かつての印刷人は見習い期間に徹底的に仕込まれた、基本中の基本なのです。
この書式は中国朝廷の「八股文」の対句法から出たものです。ですから形式的なのは当たり前です。しかし清王朝が滅びてからは中国では儀礼としても行なわれないために、ほとんど死語となったことばなのです。もともと形容動詞であることを忘れてしまったわが国に残った困ったことばでもあります。
どうもインデントなどには異様に興味を持つ人がいますが、こうしたわたしたちの基本的な正書法には無関心な人が多すぎます。そんな背景がありますので、わたしはできるだけ使わないようにしているのです。しかし使うからには厳格に使わざるを得ないことばなのです。
まぁもっとも中国朝廷の儀礼様式の「三脆九拝」が、日本では「さんさんくど」の婚礼の盃ごとになったように、いずれ形骸化してはいくのでしょうが……。「三脆九拝」はもともと九回頭を上げ下げして、そのうち三回は地べたに頭を擦り付けるという、とんでもないあいさつの有様でしたから……。
ハイフン: hyphen(参照:ダッシュ)
欧文句読記号の一種で連字符ともいいます。複合語をつくるときや、行頭行末をそろえるジャスティフィケーションの際に、単語を分綴するときなどに用います。よく半角ダッシュとして誤用されていますのでとくに注意が必要です。 古典的なカリグラフィの系譜の書体のいくつかには、斜めのダブルのハイフンが、またベネチアン系の書体のハイフンは斜めのシングルのものもあります。
欧文のハイフンはエックス・ハイトの中央にくるようにデザインされています。テキストワークならすべて設計どおりに用いますが、ジョブワークのときには若干の修整が求められます。行がすべて小文字のときは問題が有りません。大文字に混入するときには、大文字の視覚的な天地の中央に移動します。目安はHのバーの位置です。左右にシンスペースを入れるときれいに見えます。
ハイフォネーション・アルゴリズム: hyphenation algorithms
単語の分綴に用いられるハイフンを挿入する作業をハイフォネーションといいますが、その作業をコンピュータ上で自動的にコントロールするプログラムの呼称です。代表的なものはクォークとされますが、その正確さは 70 - 80%とされています。
より厳格さを求められるときには、やはり定評のある書物が頼りになります。
『THE OXFORD Spelling Dictionary』は 6 万語にわたって分綴箇所を優先順・誤用の指摘をふくめて明示しているプロ向けの定評ある辞典です。問い合わせは「オックスフォード大学出版日本支社 TELEPHONE: 03-5995-3801」です。
バックグラウンド
書籍印刷では白い紙に黒いインキで印刷するのが普通です。紙が高価だった欧州では、紀元前 2 世紀頃より羊やまれに牛の皮をなめして書写材料としていました。それがパーチメントで羊皮紙と俗称されています。その強靭な物をベラムといって、製本表紙などに用いました。
ですから「白い紙」というのも実はかなりやっかいなことばで、書籍用としてはむしろ自然なオフホワイトが好まれますし、わが国の代表的な書籍洋紙「クリーム・キンマリ」のように、やや黄色味を帯びた紙が好まれる傾向も見られます。
写真効果や色彩の発色を優先した光沢紙もありますが、文字活字が中心の書籍印刷には必ずしも適してはいません。
いわゆる「白抜き」とよばれる黒地から文字を反転した場合の可読性は著しく低下しますので乱用は慎みましょう。
欧米のタイポグラフィの教科書では、もっともレジビリティの低いのは赤い地色に黒インキ、黒い地色に赤インキで印刷されたものとされますし、逆にもっともレジビリティの高いのは、黄色地に黒いインキで印刷されたものであるとされます。しかし赤でも朱色に近いウォームレッドでは、黒インキとの併用が可能になることもあります。ですからこの色はタイポグラフィのジャンルではある種の特別な色とされています。そうです、書の世界の朱の位置付けと同じようにです。
パレオグラフィ: Paleography
『Paleography = 古書体学』
英語のPaleography(パレオグラフィ)とは古書体学のことである。Oxford English Dictionaryによると、1708年発行Dom Bernard de Montfaucon著『ギリシャ古書体学 Palセographica Grセca』の題名のラテン語の名詞から取られたもので、ギリシャ語のPalaios(=ancient)+Graphein(=to draw, write)に由来する。
原義からすると、パレオグラフィとは、あらゆる時代の、あらゆるものに書かれたものを扱うことになるが、一般には近世以前に、鑞板・パピルス・羊皮紙・布・紙などの柔らかい材料に書かれた、古い書体の解読と、その字体の変遷を研究する学問である。
そのほかの材料に刻まれた書体を扱う研究分野は、それぞれが材料別に、碑銘研究(Epigraphy, 石・金属・粘土)、古銭学(Numismatics, 貨幣)、印章学(Sphragistics,
印璽)、陶器文字学(Ostraca, 陶器)壁面文字学(Graffity, 壁面)などと呼ばれている。(参考/『大修館英語学事典』1983年初版、第4版1994年p.961より)
『まぎらわしい古書体学と古文書学』
わが国の英和辞典や英語学事典の多くは、従来パレオグラフィにたいして古文書学という翻訳語をあたえてきた。しかしながら厳密には、パレオグラフィは「古書体学」と呼ぶべきであり、古文書学はむしろDiplomaticsの翻訳語にふさわしいものである。
Diplomaticsは公文書館などに収蔵されるべき性格をもった歴史的な公文書(最近では重要な私文書も含める)を扱い、それらの文書形式の体系的批判研究をする。そして究極的には、文書の歴史的価値を定め、外交・法律文書などの筆跡の真偽の鑑定を目的とする学問であり、当然のことながら古書体学の援助を必要とする。
『古書体学と古写本学』
古書体学では写本などの内面層、すなわち書体の解読と当該写本の製作の年代、および場所、製作者などを探ろうとする。
これにたいして古写本学(Codicology)は、古写本の考古学ともいうべき領域で、写本の外面相(鑞板・パピルス・羊皮紙・布・紙)、形状(巻物・冊子状書物)、筆写用具(鉄筆・葦ペン・羽ペンなどの区別)、装飾(細密画など)、装幀等々を扱うものである。古写本学の概念は西ヨーロッパの諸国で支配的であったが、近年では英国の写本研究にも影響を与え、広義に解釈する古書体学研究の重要な一部となっている。
したがって、古文書学、古書体学、古写本学は、いずれも対象と研究領域が相互に関連しており、古代-中世の言語・歴史・文学・文献学、とりわけ原典批判(Textual
Criticism)の学問にとっては不可欠の補助学問である。(協力:河野三男)
碑学派(ひがくは)
中国・清時代(1616-1912)では、考証学の盛行を背景に、書においても金石(きんせき)資料が注目され、従来の王羲之(おうぎし)を中心とする法帖(ほうじょう)に代わって、青銅器の銘文や、石碑に刻まれてのこされた書、すなわち金石の書が尊ばれるようになりました。
この時代、金石に書の拠りどころを求めた人たちを「碑学派(ひがくは)」と称し、それまでもっぱら法帖を学んでいた「帖学派(じょうがくは)」として区別しています。
かれらは、はじめのうちは、漢時代の隷書や、唐時代の楷書に注目していましたが、やがて山野に埋もれていた青銅器や石碑にも視野を広げ、野趣あふれる楷書や篆書・隷書を中心とする、あらたな書風や活字書体を形成しました。
書風や活字書体では「彫刻系」、「書写系」などと分類しています(林昆範氏)。
また阮元(げん げん)や包世臣(ほう せいしん)らが、「北碑の書」[代表作:洛陽郊外 龍門石窟古陽洞 龍門二十品など]を称揚する理論を提唱したことで、碑学派は清時代の書の主流を占めるようになりました。
欧文書体におけるトラヤヌス帝の碑文などに起源を発する「アップライト・ローマン体」と、チャンセリー・カーシブに起源がみられる一部の「イタリック体」を、「彫刻系」「書写系」と分類することも可能です。
フォントエクスプローラ: FontExplorer
朗文堂がエミグレの「代理店だった」ことをご存じですか。あるいはハイデルベルグ社やビットストリームやモリサワやリョービの電子活字の代理店であることはご存じですか。
あまり熱心な販売代理店ではないのでご存じないかたのほうが多いことでしょう。そもそもエミグレ人気が爆発したときには対応もできずに白鴎洋書さんにお譲りしたほどですから……残念ですが白鴎洋書さんは社長さんが亡くなられて廃業されましたが……。そしてエミグレはバック・トゥ・ベーシック ! バスカービルやボドニなどのトランジショナルやモダンの系譜の新解釈による復刻に励んでいることはご存じの通り。
エミグレに興味のあるかたは『文字百景 28 エミグレの変貌・ミセス・イーブスをめぐって』を見るか、http://www.emigre.com/ を訪ねるとよいでしょう。
ところで面白い欧文電子活字の見本帳を「ライノタイプ・ライブラリ社」が造りました。発売はハイデルベルグ・プリプレス社で、小社もその代理店です。とはいっても例によってそんなに儲かるわけでもなし、宣伝ではなく体験レポートのようなものを……。
ところで「フォントエクスプローラ」とはハイデルベルグ・プリプレス社の電子活字の見本帳でもあり、データベースでもあります。エックスプローラはもともと探検家のことで、頭文字を大文字にするとアメリカの人工衛星の名前です。ちなみにブラウザーは書物の拾い読みをする人のこと。もともとライノタイプ社時代から「ジャストインタイム」という名前で CD-ROM に入った電子活字が販売されていましたが、そのアップ・グレード版と考えると分かりやすいでしょう。
「フォントエクスプローラ」は MAC 用・Windows 用両方の CD-ROM が同梱されており、それぞれに 3900 もの欧文電子活字のデータが入っています。最大の特徴は書体の歴史や文字のエレメントからでも検索できる検索ツールを搭載していることです。つまりできのよいデータ・ベースになっています。
ウィーン・フィルが来てモーツアルトを演奏するので、そのポスターや公演パンフレットにふさわしい書体はなにか ? エルビス・プレスリーの時代のエキサイティングかつダイナミックな書体は ? などの質問に容易に即座に応えてくれます。あまりにも明快かつ単純に回答をしますので、わたしなどかえって不安になって結局書物でしらべることになりますが……。
もちろんスクリーンで見れるのは従来と同じですが、今度は PDF 形式で書体見本を出力 できるのも魅力的です。
これを開発したのはオットマー・フォーファー氏とそのチームの面々です。1998.7.22 小社を訪問してデモをしてくれました。その夜わたしは徹夜で「フォントエクスプローラ」でデータベース・ネットをして電子活字と戯れたことでした。もしかするとネット・サーフィンより面白いかもしれませんよ。
余談ながらフォーファーさんはヘルベチカ・ユニバースなどの改刻にあたったタイプ・ディレクターです。現在もユニバースに続いてフルティガーさんと組んで「フルティガー書体」の全面改刻をされているそうです。フルティガーさんは三回も手術をして心臓にバイパスを設けてすっかりお元気で、70 歳の誕生パーティをハイデルベルグの古城で開かれたということです。
忘れていました。お申し込みは小社まで。
使用環境 :
Mac OS/漢字 Talk7 以降が動作する環境、
または Windows 95 が動作する環境
要 CD-ROM ドライブ Windows 用 ATM 必須
価 格 :
1 パッケージ 13,000 円(送料・消費税別途)
MAC/Windows 判 各 1 枚と見本帳同梱包
アクセスキー 6,000 円/ 1 書体(出力機 2 台使用条件)
法帖派(ほうじょうは)
中国・清時代(1616-1912)では、考証学の盛行を背景に、書においても金石(きんせき)資料が注目され、従来の王羲之(おうぎし)を中心とする法帖(ほうじょう)に代わって、青銅器の銘文や、石碑に刻まれてのこされた書、すなわち金石の書が尊ばれるようになりました。
この時代、金石に書の拠りどころを求めた人たちを「碑学派(ひがくは)」と称し、それまでもっぱら法帖を学んでいた「帖学派(じょうがくは)」として区別しています。
かれらは、はじめのうちは、漢時代の隷書や、唐時代の楷書に注目していましたが、やがて山野に埋もれていた青銅器や石碑にも視野を広げ、野趣あふれる楷書や篆書・隷書を中心とする、あらたな書風や活字書体を形成しました。
書風や活字書体では「彫刻系」、「書写系」などと分類しています(林昆範氏)。
また阮元(げん げん)や包世臣(ほう せいしん)らが、「北碑の書」[代表作:洛陽郊外 龍門石窟古陽洞 龍門二十品など]を称揚する理論を提唱したことで、碑学派は清時代の書の主流を占めるようになりました。
欧文書体におけるトラヤヌス帝の碑文などに起源を発する「アップライト・ローマン体」と、チャンセリー・カーシブに起源がみられる一部の「イタリック体」を、「彫刻系」「書写系」と分類することも可能です。
POST CARD はやめたほうが安全です。
『書物と活字』を造ったとき、付録としてヤン・チヒョルトの「ペンギン組版ルール」を造りました。いささか古いものですし「人を訪ねたらこんにちはといいましょう」という程度の、タイポグラフィのもっとも基本的な事柄が書かれていました。ですからあまり簡単すぎて歓迎はされなかったようですが、実はいくつかの大切な事柄が記されていました。たとえばチヒョルトが推奨した『Authors’ and Printers’ Dictionary』にはこんな記述があります。
「POSTCARD はワンワードですから注意しましょう」
さて青ざめたかたはいらっしゃいませんか。ふつうの人は、はがきは官製はがき ( postal card ) を使いますので問題ありません。こちらはツウ・ワード。ところがデザイナーは年賀状にしても移転通知にしても、よく私製のはがきを造っています。そしておよそ 90 パーセントの人は POST CARD と印刷しています……。
ちなみにはがきは postcard、絵はがきは picture postcard、官製はがきは postal card です。ついでに郵便番号ですが、こうした新しいシステムは国ごとにばらばらですので注意が必要です。イギリスでは POSTCODE、アメリカでは ZIP CODE です。
こうした英米の相違を取り上げるとイギリス人は渋い表情でこういいます。
「女王陛下はおつかいになりません」
ヤレヤレなのです……。そしてこうした厄介な事柄に関わっているのが、わたしたちタイポグラファであり、グラフィックデザイナーなのです。複製する、しかも時として大量複製するがゆえの、面白さと恐ろしさが常にあります。わたしたちががたえまない研究や学習を求められるゆえんでもあります。
クリスマスカードとなるともっと恐怖の表記が横行しています。「Merry X’mas」です。あまり偉そうにはいえません。わたしもさんざん「X’mas Sale」なんてやってきましたから。ことしからは素直に「Merry Christmas」にしましょう。なにも回教徒ではないのですから、キリストのことを「ミスター X 」にする必要はありません。考えてみればだれからも、どこからも「X’mas」なんて教わったことはないようです。これはいつのまにか使ってしまっている「ジャングリシュ」かもしれません。そしてこうしたものがわたしたちが安易に使っているアルファベット表記には意外に多いのです。
この辞書は「著作者と印刷者のための辞書」としてオックスフォード大学出版局が発行したものです。ですからこうしたよく印刷現場に見られる「ついウッカリ、知らなかった」といったことを丹念に記録しています。読み進むうちに赤面せざるを得なくなったりします。ですからそっと内緒でお求めになることをお薦めします。そしてずっと前からそんなことは知っていたさ……とシラを切りましょう。
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ユーロ・カレンシ・シンボル: Euro currency symbol
ご存じのヨーロッパの通貨統合によって、あたらしい通貨「EURO」が 1999 年 1 月から発行されることになりました。「ユーロ」は 2002 年までの 4 年をかけて、段階的にコインや紙幣が発行されるようです。通貨のデザインはいままでお国ぶりを現してきましたから、欧州のデザイン界ではその紙幣やコインのデザインに関する議論が盛んです。そしていまもって本当に「ユーロ」なる通貨が誕生するのかまだ半信半疑の向きまであるようです。
ところでその「ユーロ」のシンボルが発表されました。要は大文字の C に横棒を二本いれるということなのですが、公式シンボルはいささか珍妙な形態をしています。C にしては上部が重すぎて右に倒れて見えますし、うっかりすると e に見えなくもない形態です。また切り口の斜め線も実用には適しませんし、とおくない将来には無視されるようになるかもしれません。どうやら国際的にサンセリフを好む傾向があるために見分けやすさ、つまり視認性に劣ったシンボルと評されても仕方のないところかもしれません。
現在流通している欧文書体にはもちろんこのシンボルは入っていません。ライノタイプライブラリ社やビットストリーム社などの動向を見ると、当面は記号類を集めた「Currency Pi」の発売でしのいで、順次各書体に $ マークなどとともに書体ごとにセットしたいとしています。
アニュアルレポートや IR を業務としている事務所では早急に必要となるシンボルです。間に合せにはここからダウンロードするという手もありますね……。
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レタースペーシング 字間
このテーマに最適な解答はありません。おそらく解答がないゆえに永遠のタイポグラフィのテーマでしょうし、挑戦しがいのあるテーマでもあります。
テキストワークなら通常はそのシステムの設定する「ノーマル」あるいは「ベタ送り」に設定します。しかしそのノーマル・ベタにしても問題があります。むしろノーマルなどはないのだと思ったほうが実戦的といえます。金属活字がパンチカッターの手によった手彫りの時代と異なって、活字父型機械彫刻機の登場以後の活字は、一率的拡大縮小(リニアスケーリング)によって活字の父型が造られています。つまり文字原型が基本的にはひとつであって、それを写真技法や電子技術によって、パンタグラフのように、大きくしたり小さくしたりしています。
ですからその文字原型が手彫り活字の 12 ポイントであった場合には、小さく 8 ポイントで使うと字間はつまりすぎることがあります。逆に大きく 16 ポイントで使うと字間はゆるすぎることもあります。つまり「ノーマル・ベタ」とはひとつの目安だと思ったほうが現実的なのです。
もちろんオフィスユーザはこんなことには無頓着です。文字組版のプロだけがこだわるテーマですし、可読性と視認性にとって決定的な影響があります。これこそが文字組のプロフェッションの拠って立つ所ともいえるぐらい重要なテーマなのです。
最適な解答はないと記しました。それは書体・サイズ・判型・所与のテキストの特質・印刷方式など、検討項目があまりに多いからでもあります。経験則だけに頼ることも危険です。また未熟な人ほど字間をつめる傾向もあります。
近年のわが国では「ツメ組」などといって、可読性も視認性もなにも考慮されずに、ただやみくもにつめることがひとつのファションとして見られます。しかし立場を変えて「読み手」の側にたってみれば「ツメ組」による書物などは、およそ読めるものではありません。広告やパンフレット程度の文章量ならともかくとして、書籍組版においては、普通「ツメ組」は避けたほうが賢明でしょう。
むしろ「プラスのレタースペーシング」つまり「明け組」を考慮して、組版データを蓄積したほうが賢明だと思います。従来はあまりお薦めできる資料がなかったのですが、小社からもようやくいくつかよい資料ができました。ご覧ください。
『コントローリング・スペーシング』組版工学研究会編 ¥1,500
『翻訳テクストにおける可読性の追求』西野洋著 ¥2,913
『書物と活字』ヤン・チヒョルト ¥6,667
ともかくこのテーマに関しては近道はありません。丹念に書物にあたり、そして日々の実践の中でも問題意識をもち続けることが肝心です。そして何よりも活字とテキストに愛情をもち続けることが、よいレタースペーシングの獲得への道かもしれません。
ロゴタイプ: Logotype
ロゴタイプは英文・和文ともに一単語として扱い、ワード・スペースや中黒は不要です。本来はイギリスの活字鋳造所の用語で、「連字活字」と邦訳され、2 字以上の文字や単語を、1 本の活字に鋳造したものをさします。いまもタイポグラフィ(活字版印刷術)用語としては厳格に定義されていますが、米語や和製英語としては、商標・社名・商品名などに、「デザイン性を付与した文字」として、幅ひろく解釈・使用されています。
Logotype (typ.) , several letters, or a word, cast as a single sort.
The Oxford dictionary for writers and editors p.232
ロゴタイプとセットで記憶していただきたいことばが、「モノグラム Monogram」と「カログラム Kalogram」です。
モノグラム: Monogram
組合せ文字をいいます。主として欧文の数個の頭文字を組み合わせて、マークのようにしたものです。氏名や企業名の一部をデザイン化したもので、大日本印刷を「DNP」としたり、ブリヂストンを「BS」などとすることをさします。商標としてもつかわれるため、シンボルマークともされますが、むしろ「モノグラム」としたほうが、「カログラム」との比較上便利です。
カログラム: Kalogram
企業名や店名などの文字を組み合わせてデザイン化したものをいいます。頭文字だけを組み合わせたものが「モノグラム」ですが、「カログラム」はすべての文字を用いるものをさし、企業の商標などとしてももちいられます。フランスの著明なブランド「イヴ・サン=ローラン」のモノグラムは「YSL」を重ねたもので、カログラムは「Yves Saint Laurent」です。デザインはともにカッサンドル A.M. によるものです。
ベントン型活字母型彫刻機によって彫刻された『週刊平凡』のロゴタイプ母型
日本国有鉄道(現 JR)時代の切符の印刷に用いられたロゴタイプとその印刷見本。昔の切符は厚紙に大量・多種類印刷したため、こうしたロゴタイプは大量に製造・使用されていました。
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ワードシェイプ(ことばの形)
活字で表わされたことばとは、ことばを形成しているひとつひとつの文字よりも、むしろその全体の単語としての形によって認識されています。つまり活字で表わされたことばの形とは、文字の外側の輪郭や、内側の空間の組合せによって形づくられています。
ヤン・チヒョルトや、アドリガン・フルティガーがよく触れていますのでその著作を見てください。フルティガーは「フォルムとカウンターフォルム」として記録しています。 本来この分野の探求は、タイポグラフィだけではいささか荷が重く、言語・心理・認知・形態学などとのよき交流を通じて、研究を深めたい分野でもあります。
中国語では漢字ばかりの文字組版になりますが、日本語の組版と比べると比較的字間を広くとる傾向があります。漢字の比率が高かった明治期のわが国の活字版では、やはり字間に四分・二分のスペースを挿入することが多く見られました。しかしかなの混入率が高まるにつれて字間はベタにするのが普通になりました。それは字間に込め物を挿入するのが煩瑣だったためなのか、かなの役割のせいなのかは検証されていませんが、興味のあるテーマです。
アルファベットも大文字だけの表記だったローマ時代の碑文では、比較的字間がゆったりしていました。大文字は比較的均質な大きさの文字が並びますので、読取りに時間がかかります。むしろアセンダ、ディセンダに出入りがあって、変化のある小文字のほうが、全部大文字のことばよりも判読しやすくなります。ですからテキストタイプにあっては、小文字で組まれた不揃いのワードシェイプが可読性が高いとされているのです。
現代の日本人にとっては、漢字だけが連続すると可読性も視認性も低下します。むしろ適度なかなが混入したほうが可読性を高めるようです。この場合のかなの役割には、もしかすると欧文のワードスペースや小文字の役割に近い、読取りのリズムの形成に貢献する側面もあるのかもしれません。つまりかなが混入することによって、欧文におけるアセンダ・ディセンダのある小文字の存在が、かえってことばの絵姿を形づくるのと同じような役割をはたしているのかもしれません。
ワードスペーシング 語間
欧文の本文組においては語間をとりすぎると行の見た目を壊してしまいます。またそれは行のなかにギャップや「白い川・ホワイトリバー」をうみだすことにつながって、読みやすさ (good readability) に欠かせない「カラー」さえも壊してしまいます。
語間が行間よりおおきい場合には、視線は左から右に単語の絵姿を追うことよりも、上から下へ行を追うことになるので注意が必要となります。
実戦的にはあまり短い行長を設定しないほうが安全ですし、左右の行長を揃えない「アンジャスティファイ」を検討したほうがよい場合もあります。
この用語集は随時項目を追加していきますので乞うご期待。
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