《 あたらしい活字複製原型製造法 ── 活字母型CAD方式彫刻法をさぐる旅 》
戦後のわが国の活字界にあって、ひろく「ベントン」の名称で親しまれてきた機械式活字父型 ・ 活字母型彫刻法ですが、既報のとおり、本2012年に 「安形製作所」 などの専業彫刻所が相次いで閉鎖されました。
ですからこれからの活字鋳造の継続のためには、もはや128年余以前のふるいシステムに拘泥することなく、なんらかのあたらしい活字母型彫刻法を開発する必要がありました。
「ベントン」 とは考案者の名称をとったもので、文字や地図などの図形を、一定の比率に拡大 ・ 縮小する、パンタグラフの原理を応用した彫刻機でした。考案者は米人のリン-ボイド-ベントン(Benton, Linn Boyd 1844-1932)で、1884年に 「活字父型彫刻機 Punch Cutting Machine 」 として実用化されました。
この「機械式活字父型・母型彫刻機-愛称/ベントン」による活字父型・母型製造法は、まことに残念ですが「安形製作所」などの「ベントン母型製造専業者」の閉鎖によって、ここにアメリカでの実用化から128年、わが国での国産化から62年の歴史をもって、事実上幕をおろすこととなりました。
【参考資料:花筏 タイポグラファ群像*004 安形文夫】
【参考資料:花筏 朗文堂-好日録019 台湾旅行】
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《 すでに顔なじみでした ── 台湾 ・ 日星鋳字行の張 介冠代表と、台湾活版印刷文化保存協会の 柯 志杰さん 》
台湾における活字鋳造会社、日星鋳字行の存在と、そのCAD方式をもちいた、あたらしい活字母型製造法の情報は、だいぶ以前から林昆範リン-クンファン氏(台湾中原大学助教授、タイポグラフィ学会会員)からいただいていました。
★ アダナ・プレス倶楽部 活版凸凹フェスタ*レポート14
したがって、そもそもこの台湾旅行は、昨年中におこなわれる予定の企画でしたが、2011年3月11日の東日本大震災の影響もあってのびのびになっていたものでした。
その間逆に、日星鋳字行の張 介冠 チョウ-カイカン 代表と、台湾活版印刷文化保存協会の 柯 志杰 カ-シケツ さんが、日本における活字鋳造の現状調査などを目的に、わざわざご来社いただくことが数度ありました。
さらにふしぎなことに、昨2011年の年末、クリスマスの日にも、年末をもって廃業される活字関連業者の設備移動に関して、急遽来日されたおふたりと過ごしていました。
それよりなによりも、日星鋳字行さんは 《活版凸凹フェスタ 2012 》 に出展されており、アダナ ・ プレス倶楽部会員の皆さんとはすっかり親しい間柄になっていました。
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今回の旅は、アダナ ・ プレス倶楽部 活版カレッジ修了生 有志の皆さんでした。 その参加者全員の原字データーは、いったんアダナ ・ プレス倶楽部に集約されて、かつてのベントン彫刻機のパターン製造のための原字データ製造と同様に、あらかじめ簡便な 「文字作成ソフトウェア」 をもちいて、2 インチ角の枠と、センター ・ トンボをつけた文字データとして、事前に日星鋳字行に送付しておきました。
今回参加の皆さんの原字シート。 活版カレッジ修了生の皆さんは、活版印刷実践者ですが、原字製作者(タイプデザイナー)ではありません。 それでもどなたも意欲作をお寄せいただきました。 上から02段目の03点と、04段目の02点は、彫刻時間が長くなるということで、わたしたちの台湾での滞在時間を考慮して、事前に彫刻作業が実施されていました。
作成予定の活字母型製造と 活字鋳造は、初号活字( ≒ 42ポイント角)でした。 形象が複雑で、彫刻時間が長時間になることが予想されるものは、あらかじめ日星鋳字行で、わたしたちの到着前に 機械彫刻が先行実施されていました。
なかでも彫刻に時間を要したのは、研究社印刷/小酒井英一郎さんの「研究社のシンボルマーク 唐獅子」で、およそ03時間がかりでの彫刻となったようです。
これは単母型の彫刻としては日星鋳字行さんでも最長記録であり、また台湾でも 「 唐獅子 」 はとても縁起のよいものとされていますので、早速 日星鋳字行さんのフェイスブックでも紹介されています。
【 参考資料 : 電子ブック版 研究社百年の歩み 】
【 参考資料 : 日星鋳字行フェースブック 】
もっとも積極的に活字鋳造に挑まれたのは田中智子さん。
「わたしのお気に入りの初号活字 My Favorite Type 」 を、追加として数十本の鋳込みを特注されました。
また文選箱を手に 活字ケース架をぬうように巡られて、台湾ならではの魅力的な活字を在庫活字からたくさん発見され、重くて持ちきれないほど大量の活字を購入されていました。
田中さんは、帰国直後から印刷テストをかさねられ、すでに下の写真のようなみごとな刷りあがりを獲得されています。
田中さんからご送付いただいた活字母型のアップ写真をみますと、中央上部のちいさな丸は、印刷面でも活字面でも円形ですが、活字母型をみますと活字鋳造の際のヌケをよくするため、活字母型に付与される 「傾斜面 Bevel」 のために、円錐形に加工されるなど具合がよくわかって貴重な資料となります。
このようにして参加者の皆さんは 「わたしのお気に入りの初号活字 My Favorite Type 」 と、それぞれが在庫活字から発見した 「台湾ならではの活字」 を手にし、故宮博物院の参観をされ、さらに台北タイペイのまち歩きをめいっぱいたのしまれ、02泊03日というあわただしい旅でしたが、全員無事に帰国いたしました。
ところで……、わがアダナ・プレス倶楽部では、なにかと所用に追われ、まだ印刷テストまで手がまわっていません。
とりあえずは、できたての活字母型と、初号活字をご紹介だけさせていただくことでご容赦いただきます。
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『周礼』静嘉堂文庫所蔵
中国の南西部 ・ 四川省は、ふるくは蜀とよばれていました。 蜀は唐王朝末期の木版印刷術の発祥地のひとつで、その刊本は「蜀大字本」と呼ばれて評価がたかく、
「 字大如銭、墨黒似漆 ── 文字は古銭のように大きく、文字の墨の色は黒漆のように濃い 」
とされます。 ですから刊本の原寸にちかい、初号というおおきなサイズの活字では、まさに 「 龍の爪 」 にふさわしい、勇壮で迫力のある表情が得られました。
今回の活字製作にあたっては、朗文堂タイプコスミイク 「四川宋朝体 龍爪」 (欣喜堂製作) をもととしています。
初号活字 「アダナプレス倶楽部」 は、初号角 ( ≒ 42pt. ) に09文字が入ったもので、計算上はひと文字あたり 14pt. に相当しますが、実際の字面は 12pt. ほどに仕上がっています。
こうした活字をふるくからロゴタイプと呼んでいます。 デザイン用語で、企業名 ・ 商品名などにデザイン性を付与した文字もロゴタイプと呼びますが、それよりふるい歴史をもっています。
このロゴタイプ 「 アダナプレス倶楽部 」 は、漢字の部分は 「 RI ゴシック MⅡ」 で、カタ仮名の部分は 朗文堂タイプコスミイク 「和字 Succession 9」 くろふね(欣喜堂製作) をもととしています。