【展覧会】長崎県美術館|企画展 長崎県名誉県民 富永直樹/松尾敏男|’26年4月23日-6月28日|会期終盤

長崎県美術館
企画展 長崎県名誉県民 富永直樹/松尾敏男
会  期  2026年4月23日[木]- 6月28日[日]
開館時間  午前10時 - 午後8時 (入館は閉館30分前まで)
休  館  日  4月27日[月]、5月11日[月]、25日[月]、6月8日[月]、22日[月]
観  覧  料  一 般 1,200円、大学生・70歳以上 1,000円、高校生以下 無 料 
      * チケット各種・割引・優待情報、関連イベント情報などは下掲詳細参照。
会  場  長崎県美術館 企画展示室
      〠 850-0862 長崎県長崎市出島町2番1号
      TEL:095-833-2110 FAX:095-833-2115  ▷ 交通・アクセス
後  援  長崎市、長崎県教育委員会、長崎市教育委員会、長崎新聞社、西日本新聞社、   
      毎日新聞社、読売新聞西部本社、NHK長崎放送局、長崎ケーブルメディア、
      エフエム長崎
共  催  NBC長崎放送
主  催  長崎県、長崎県美術館
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長崎が生んだ二人の巨匠による彫刻/日本画の共演

彫刻家・富永直樹(1913-2006)と日本画家・松尾敏男(1926-2016)。ともに長崎市出身である二人は、戦後大きく変革する美術界において新進気鋭の作家として頭角を現し、生涯を通じてそれぞれの分野を牽引する活躍をみせました。彫刻と日本画という異なる分野を活躍の場とした二人ですが、その歩みはまさに、戦後日本美術の大きな流れを感じさせるものだといえるでしょう。
富永にとっては没後20年、松尾にとっては生誕100年および没後10年という節目にあわせて開催する本展では、長崎県名誉県民である二人の芸術家の軌跡を改めて顕彰します。

\ 作家紹介 /
◇ 富永直樹(1913-2006)
1913年に長崎市に生まれた富永直樹は、東京美術学校(現在の東京藝術大学)在学中の1936年に文展に入選を果たして以降、日展を主な舞台とし、戦後日本の具象彫刻を牽引する活躍を見せた彫刻家です。富永は戦後まもない日展において、スポーツマンを中心とした健やかな男性像を立て続けに出品し、3年連続で特選を受賞して彫刻界における立場を確立。その後は、堅実かつ躍動感にみちた身体表現による人物像を発展させつつ、歴史や異文化に取材したテーマなど、生涯を通じて自らの新たな境地を探求しつづけました。他方、家族や動物たちといった、周囲の親密な存在を題材とした作品も数多く制作しており、そこには作家のあたたかなまなざしを見ることができます。
作家としての活躍はもちろん、日展では要職を歴任し、事務局長および理事長時代には『日展史』刊行に尽力し日本近代美術史研究における大きな貢献を果たしました。その功績の大きさは文化勲章(1989年)、長崎県名誉県民顕彰(1990年)などの受章が物語っています。

◇ 松尾敏男(1926-2016)
松尾敏男は1926年に長崎市に生まれ、3歳までを市内で過ごしました。17歳の時に日本美術院の同人であった堅山南風に入門、戦後は新進気鋭の日本画家としてスタートを切ります。当時は戦時中の国粋主義の反動から、日本の伝統文化とみなされた日本画にとって風当たりの強い時代でした。松尾を含む若手作家たちは、日本画のアイデンティティを改めて模索し、新しい日本画の創出を目指していきます。
しかし四十代後半を迎える頃より、日本画はやはり写生から発展させるべきだという考えに行き着きます。海外の風景画や肖像画など新しい分野に取り組むのはこの頃からです。特に牡丹は松尾が最もこだわりを持って取り組んだモティーフでした。
 2009年に日本美術院理事長となり、後進の育成にも精力的に携わります。2012年に文化勲章を受章、翌年には長崎県名誉県民の称号を受けました。2015年の再興第100回院展に出品された《玄皎想》が実質的な絶筆となりました。本年は松尾にとって、生誕100年、没後10年という記念すべき年となります。

※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 :長崎県美術館 ]