朗文堂 新刊書籍『書字法・装飾法・文字造形』
2月8日発売

発刊によせて

ロンドン中央美術工芸学校校長
ウィリアム・R・レザビー(William Richard Lethaby)
『WRITING, ILLUMINATING, AND LETTERING 書字法・装飾法・文字造形』は「ロンドン中央美術工芸学校 Central School of Arts and Crafts」監修の「美術工芸ハンドブック・シリーズTHE ARTISTIC CRAFTS SERIES OF TECHNICAL HANDBOOKS」の一冊として刊行されたものである。したがってまずシリーズ全体のねらいについて述べておきたい。
 本シリーズ刊行の第1の目的は、工房で実際に行われている技法を、現場に精通した専門家の視点で紹介した確かな教則本を提供することである。かれらは常に現行の手法に潜む問題点を鋭く見極めて無駄の排除に努めており、優れた技術力のなんたるかを熟知している。そして工芸の品質基準を、これまで以上にデザイン重視の立場で確立することに努力しているからである。
 第2に本シリーズをつうじて、優れた技術力にデザインという要素は不可欠であることを伝えたい。美術全般は一九世紀をとおして油絵や彫刻といった限られた学術的な分野を除いてほとんど顧みられず、「デザイン」にいたっては単なる「見せかけ」程度に軽視される傾向があった。
 従来のそうした価値観での「飾りつけ ornamentation」とは、制作上の技術的プロセスにほとんど無知なアーティストが描いたものを機械的に装飾に組み込むといったものであった。しかしこのような現行の工芸のありかたにジョン・ラスキン(John Ruskin 1819─1900)とウィリアム・モリス(William Morris 1834─96)が批判的な立場をとったことに端を発して、デザインと工芸技術は不可分であって、真のデザインは高品質とほぼ同義であると考えられるようになった。つまりデザインを広義に解釈すれば、良質で適切な素材を使い、目的に合った工夫がなされ、高い技術でしっかりと仕上げられている、そういった意味なのであり、単なる飾りとはまったく次元を異にするのである。
 もっとも本来は飾りつけということばも抽象線の寄せ集めなどではなく、優れた工匠による技術の集大成を指すものである。しかしながら技術だけに終始して、みずみずしい感性、いわばデザイン性が伴わなければ品質の低下は免れない。逆に飾りつけに走って技術をなおざりにすれば非実用的な見かけ倒しの代物に堕落する。つまり正式な飾りとは「目に訴える言語」とでもいおうか、道具が語る心地よい思想なのである。
 刊行にあたって第3のねらいは、美術工芸で生計を立てようというひとに役立つ書物のシリーズを提供することである。学術的芸術の領域での競争は実に厳しく、それなりの成功を収めることができる画家や彫刻家の割合は極めて低い。いっぽう美術工芸家であれば技術とデザインについて十分な修業期間を経れば、ある程度の成功が保証されている。
 読者は本シリーズが提起するような美術工芸に求められる手作業と思想を融合していくうちに、生きがいとしての仕事を見いだすであろう。それは毎日同じ作業の繰り返しでしかない侘びしい雇われ労働からも、学術的芸術の恐ろしい不確実性からも解放された、満たされた仕事のことである。
 都市部にすむひとびとの教育水準は高まっており、そうしたなかから今後、生産的工芸を回復する動きがでてくることが望まれる。19世紀に比べると、20世紀にはデザインと工芸技術については遥かに深く討議されるであろう。
 数ある芸術のなかでも、使用する道具の特徴が作品のなかにこれほど顕在化する芸術は書字法をおいてほかにはあるまい。本書でエドワード・ジョンストン氏(Edward Johnston 1872─1944)は書字法はふたつの要因から読み解くことができると分析している。すなわち道具としての機能と、その道具の使いかたかである。だれかが書体を発明したのではない。この点にこそ書体研究の興味の源泉がある。過去の書体は不断の発展的プロセスのなかで自然に形成されてきたのである。
 アッシリア文字を構成する楔形の奇妙な凹凸の集合は、まさに粘土の塊とそこに小さな印を押しつけるのに用いられたスタイラスという細い棒の特性から誕生したものである。中国の漢字の形象も、古い時代の象形文字である甲骨文を筆で素早く書くことによってつくりだされたものである。
 われわれの今日の文字、ローマン体の初期の形は石に刻まれたものだけがのこっているが、いきなりそれが出現しけたわけではなく、間違いなく硬質な平筆のような道具で繰返し書き込まれた末の産物である。字画の太い部分と細い部分の配置、また定型化した曲線の形状は、道具をある程度素早く動かした場合に対象物に定着される形状であることは明らかだ。
 ローマ時代の名だたる碑銘のほとんどは、あらかじめ文字の形と配置を親方の工匠が石の上にデザインしたものを、徒弟たちが石に彫りつけていたようだ。書かれたとおりに石を彫り、彫ったあとは必ず彩色して仕上げた。
 四世紀の石碑に刻まれた「ラスティック体」は手書きの影響が強く見られる書体だ。古代の地下墓所としてのカタコンベのなかには同様の書体を絵の具でしるしたものがのこっており、素早く手を動かして書いた形跡があるので筆記体であることがハッキリとわかる。小文字もまた大文字の筆記体を単純化してできたのである。イタリック体はさらに素早く書いた軽やかな筆記体であって、いまではほぼ標準的な日常手書き文字と考えられている。
 このように優れた碑銘や活字の原形はすべて手で書かれた文字なのであって、支持体とする素材によって徐々に改良されたものに過ぎない。
 したがって15世紀イタリアの活字制作者は手本となる優れた古い写本を捜し出し、大文字についてはローマの碑文を研究した。はじめてイギリスにもたらされたローマの大文字は、イタリア人の画家が碑文として制作したものであった。こうした系譜の碑文で英国随一のものは、おそらくトッリジャーノ(Torrigiano) が制作しウェストミンスター寺院に安置されているヘンリー7世の棺と、同じくロンドンにある公文書保管所の礼拝堂にあるヤング博士の墓碑であろう。
 本書で注目すべきは、主題である文字が必要に迫られて発展してきたという観点である。またあらゆるアルファベットの「文字造形 lettering」を網羅した類い稀なるコレクションであり、読者の色いろな好みに対応できるように、精緻なものから風変わりなものまでが揃っている。
 それと同時に文字の基本形とスペーシングの本質をも扱っている。つまりだれもが練習に励めば、優れた標準書体にわずかな変化をつけることによって、さまざまなオリジナルの書体をつくりだせるように構成されている。
 書字法はきわめて普遍的な芸術であるので、ジャンルにとらわれずに工匠はレタリングをもっと重視すべきである。かつてイタリアの画家は手先の正確さと器用さを修得するために、金細工師に混ざって訓練していた。つまり、いかに時代はかわれども、理に叶った実用性の高い技術を身につけて基礎を構築することは必須なのである。そして手、目、そして精神を総合的に鍛えるための訓練としては、書字法をおいてほかにはあるまい。

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