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タイポグラフィ つれづれ艸

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なぜか好きなモノ!

文選箱とゲラ

 千曲川沿いの、雪降るちいさな町にそだちました。

 振りかえるとすでに半世紀ちかく前のはなしです……。当時この町の人口は四万人ほどでしたが、いまは過疎化のために人口一万四千人ほど、財政困窮がおおいがたいちいさな市になっています。

 どういうわけか、わたしは悪童のころから、活字版印刷術(以下カッパン・活版とも)と、インキの臭いと、活字が無性に好きでした。本町と呼ばれた中央商店街には、河内屋印刷、中央堂のふたつのカッパン印刷所があり、新町には小山印刷、上町には高橋活版所がありました。また城山のふもとには、レッド・パージで追放された元英語教師が、英語塾とともに、関印刷の名でガリ版印刷所をひらいていました。こんな雪降るちいさな町がわたしの郷里です。

 幼少時代はワンパクをこえた悪童でしたから、学校の帰路もにぎやかなもので、千曲川の川原、堤防の土手、城山の廃墟で、水遊びや取っ組み合いをしたり、魚や昆虫を捉えたり、鳥の巣を探したり、三角ベース野球・戦艦ゲーム・コマまわし・釘とおしと、遊びやワンパクに夢中な幼年期をすごしました。

 それでも遊びのあと、かたわれどきになると、通学路にあった河内屋印刷と中央堂の高い窓枠にかじりついて、裸電球のしたで忙しげに立ち働くカッパン職人の「ワザ」のあれこれをみるのが好きでした。ちいさな町のことですから、職人さんとも顔見知りだったのでしょう。

「坊や、この活字あげるよ」

 このたった 1 本の、鈍い光彩を放つ活字をもらったときの喜びはいまも胸がたかまるほど新鮮です。

 いまにして思うと、五号ゴシック体のメツ活字だったとおもいますが、この「活字」というちいさな金属片は、悪童の秘蔵品として、学校でも家庭でもさっそく自慢の種となりました。こうしてメツ活字とはいえ、五号ゴシック体や明朝体活字が少しずつふえると、次第に「宝物」の収納に困るようになりました。

 そんなとき眼についたのが、カッパン職人が手にして、活字をひろい入れながら、あおるように動かしている「魔法の小箱」でした。その文選した活字を拾いいれる速度といい、セッテン(Setting rule)をカチカチと動かす音といい、ワンパク坊主にとっての文選箱は、ただただ蠱惑的というしかない「魔法の小箱」でした。

 こうなるとまた、河内屋印刷の高い窓枠にぶら下がるようにして叫ぶしかありません。

「オジちゃん、その箱ちょうだい」

「これか、この文選箱か……。これはちょっとあげられないなぁ」

「ケチ! 糞じじい! ケチンボ」

「何に使うんだ、坊やは……。文選箱なんか」

「だって、活字が倒れて、ツラに傷がついちゃうんだ。

 だから活字がかわいそうだから、そのブンセンバコちょうだい」

「偉そうなことをいうじゃないか。イッチョマエな口をきくなぁ」

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 ところで……、「活版凸凹フェスタ」のために、ほぼ半世紀ぶりに小学校の跡地に 10 日ほど「通学」したせいで、運動神経の鈍いわたしが駆け上がりのできなかった鉄棒が、こんなにも低かったのかと驚きました。また小学校低学年用の机や椅子の小さなことにもビックリしました。ですから、河内屋印刷や中央堂の窓枠が高かったのではなく、おそらく当時のわたしの背丈が低かっただけだったのでしょう。

 こうして文選箱と数本のメツ活字はセットになり、悪童のひそかな「宝物」になりました。それは背丈の高さからいって、おそらく小学校 23 年生のころだったとおもわれます。その文選箱も何枚かたまると、今度は木製の浅い船型の盆「ゲラ Galley」が欲しくなるのは人情です。

 そのころになると、ワンパク坊主は河内屋印刷と中央堂の工場内に出入りが黙認され、メツ活字を入れる「地獄箱 Hell Box」漁りも許され、毎日天国(Heaven)に遊ぶような気分でいましたから、いうことだけは一丁前です。

「オジちゃん、そのゲラちょうだい」

「今度はゲラか! これに何を入れるんだ」

「活字に決まっているじゃないか。

 文選箱じゃ狭いから、ゲラのお船で活字を運ぶんだよ」

 こうしてワンパク坊主は「ゲラ」をゲット! ついでにゲバ棒ならぬゲラ棒までゲット! そして文選箱ストッパー、コロガシといった「秘密の小道具」はどんどん増殖していったのです。

 どんなにワンパク遊びでつかれていても、夜になるとゲラのなかにゲラ棒を組み込んで、そこに「宝物」のメツ活字をあれこれ組み合わせ、文章らしきものを組み上げて夢想にふけるのが無上の喜びとなったのですから……、奇妙というか、ちょっと不気味でさえありました。

 こうした幼児体験とはおそろしいもので、いまもって、文選箱やゲラをみると、いい年をして無性に欲しくなる癖があります。また、変わった文選箱をみると、見境ないほど取り乱したりします。

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 活版ルネサンスをめざしてアダナ・プレス倶楽部が発足したとき、最初に製造したもののひとつが「文選箱」と「ミニ・ゲラ」でした。カッパン職人の長年の使用に耐えてきた文選箱にも愛着がありますが、自分の経験からいっても、カッパン・ライフのスタートには、まずもって新品の文選箱からというおもいがありました。

 文選箱は一見どうということのない木製の箱ですが、文選工が重い活字を長時間にわたって手にする小道具ですから、軽量かつ堅牢さがもとめられます。

 かつては、文選箱、ゲラ、活字スダレ・ケース、活字ケース架(ウマ)、木インテルなどの木製品は「カッパン木工製品」と呼ばれていました。カッパン木工の専業者も何社かありましたが、現在では日本中探しても、たった一社しか「カッパン木工所」はありません。しかも主要素材は意外に特殊なもので、戦前は樺太産のホウの木が用いられ、戦後は北海道産に変わり、それを十分に乾燥させたものでなければ、カッパン木工には適さないとされます。

 そこでアダナ・プレス倶楽部の設立直後から

「文選箱だ、まず文選箱をつくろう! そしてゲラも絶対必要だな」

と大騒ぎをしたために、スタッフからは顰蹙をかいました。ところが内心では、

「文選箱の入手とゲラへの収納から、カッパン・ライフはスタートするんだ!

 そんなの常識だろう!!

と、意気軒昂でした。

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「文選箱」は、カッパンに必須の小道具で、原稿にあわせて活字をひろい(文選)、その活字を入れる和文活字版印刷術に特有(漢字圏のほかの国々でも類似の物を用います)の木製の小箱で、「採字箱」ともいいます。

 また文選箱は、活字版印刷者にとっては、取り置き活字の収納、洋数字、句読点、オーナメントなどを収納して、植字台(業界用語で ちょくじだい・組み版台とも)でも利用するなど、多方面に利用できる、とても重宝な小型収納ケースです。

 また文選箱に付属する、さまざまな小道具も工夫されていました。まず文選箱ストッパーという金属製の金具があります。これはカッパン全盛期にはありふれた小道具でしたが、名称も「留め金・仕切り金・ストッパー」などと、各社、地域によって異なり、製造・販売元もわからなくなっています。そのほかにも、コロガシ、セッテン、ブンチンといった、カッパン職人が手製でつくっていた小道具もありました。ワンパク坊主には、これらのどれもが魅力的な存在でした。

 カッパン木工所でも、業者からの要請に応え、様々なサイズに分割した仕切り板をいれるなど、創意と工夫を凝らして文選箱を製造していました。こうした便利な文選箱ですが、これは文字種の多い漢字圏で用いられる活字版印刷術の小道具です。欧文組み版では、ふつう文選箱は使用しないで、ステッキ(Composing stick)に直接採字しながら組み版を進めます。

 文選箱の大きさはところによって多少の差異がありますが、一般に内のり縦 150 mm ( 426 pt.)、横 75 mm ( 213 pt.)、深さ 18 mm であり、いっぱいに活字を詰め込むとおよそ 2 kg の重量になります。

 この大きさの文選箱に入る活字の数は次のとおりです。ちなみに 5 号活字ですと丁度 400 字詰め原稿用紙 2 枚分、 800 本に相当します。

 このようにわが国の活版印刷の「諸資材・諸道具」は、歴史的な経緯もあって、号数活字体系からポイント・システム体系に移行したのちも、この文選箱を筆頭に、パイカ 12 アメリカン・ポイントに相当)基準ではなく、スモール・パイカ5 号・10.5 ポイント)を基準としたものが多くあります。

— 「文選箱 1 箱に入る活字の本数」 —

縦一行

横一行

総本数

8 ポイント

53

26

1378

9 ポイント

47

23

1081

10 ポイント

42

21

882

5 号・10.5 ポイント

40

20

800

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「文選箱のいろいろ」 龍爪堂コレクション

「文選箱のいろいろ」 龍爪堂コレクション

1.

 アダナ・プレス倶楽部特製の新品文選箱

五号

40×20

 標準サイズ

 リユース 文選箱各種 2 段仕切り 3 段仕切り 4 段仕切り 12 ブロック仕切り

2.

8pt.

2 段文選箱    ……………

8pt.

24×28

2

3.

9pt.

用小型文選箱    ……………

9pt.

24×20

 

4.

9pt.

用文選箱     ……………

9pt.

20×50

 

5.

8pt.

用長方形文選箱   ……………

8pt.

11×53

 

6.

8pt.

用長方形文選箱   ……………

8pt.

20×54

 

7.

五号

用大型文選箱    ……………

五号

40×30

 

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