花こよみ」カテゴリーアーカイブ

花こよみ 008

詩のこころ無き吾が身なれば、折りに触れ、
古今東西、四季のうた、ご紹介いたしたく。

春 暁

春眠シュンミン 暁アカツキを 覚えず

処処ショショ 啼鳥テイチョウを 聞く

夜来ヤライ 風雨の 声

花 落オつること 知る 多少

孟 浩 然(モウ-コウネン 667-740 中国唐代の詩人)

花こよみ 008

花こよみ 008

詩のこころ無き吾が身なれば、折りに触れ、
古今東西、四季のうた、ご紹介いたしたく。

 雪の降る日に 柊 ヒイラギの

あかい木 コ の実が たべたさに

柊 ヒイラギの葉で はじかれて

ひょんな顔する 冬の鳥

泣くに泣かれず、笑うにも

ええなんとしょう、冬の鳥

                        薄田泣菫(ススキダ-キュウキン 1877-1947)

花こよみ 007

花こよみ 007

詩のこころ無き吾が身なれば、折りに触れ
古今東西、四季のうた、ご紹介いたしたく。

はつ春に 咲くやこの花 名をしらず

よみし ひとを しらず

花こよみ 006

 

花こよみ 006

詩のこころ無き吾が身なれば、折りに触れ、
古今東西、四季のうた、ご紹介いたしたく。 

ごてごてと 草花植ゑし 小庭かな

      正岡子規(俳人・歌人 1867-1902)「小園の記」より

¶ ようやく  A Kaleidoscope Report 004  をアップした。Kaleidoscope(万華鏡)の連載は、いよいよ「活字発祥の碑」建碑がなって、その落成式・除幕式のあたりまでを記述した。この「活字発祥の碑」シリーズはまだまだ続きそうな勢い。
ところでその除幕式での混乱と混迷は大きかった。そしてついに、平野富二の嫡孫・平野義太郎によって紹介された「平野富二首証文」がおおきな話題となった。しかしその報告は全国活字工業組合の機関誌『活字界』であり、発行部数はわずか100部ほどにしかすぎなかった。そのためにいつの間にか忘れられていた話題である。

¶ 別に験ゲンかつぎをするわけではないが、バプテスマ、ヨハネの首級を所望したサロメでもあるまいし、これで2010年の「花筏ブログロール」を終わりにするのもチト一考を要するかな ト おもう。そこで「花こよみ」。

 

¶ 12月28日[火]、小社もひとなみに仕事納め。歳末恒例の大掃除の日でもある。2階ははやばやと片付け・大掃除が終わったが、4階は書類整理やら、なにやらで、結局掃除らしい行為のないまま納会へ突入。
年末恒例の大掃除ではあるが、年末の大掃除とは、大掃除に圧倒的に優先する、なにごとか正当かつ緊急性のある、差し迫ったことどもを考えださねばならぬ。だからひどく疲れる日でもある。

本音をもうせば、吾輩、小学生のみぎりから「通信簿」(かつてはそういった。これを父母に見せるのはつらかった)には、いつも「お掃除の時間になると、いなくなる性癖がある」と担任教師に書かれた。掃除とは性癖らしいぞ。ならば、性癖としては掃除は苦手ということにしてもらおう。

¶ ともかくアダナ・プレス倶楽部は、大掃除どころか、いまだに年賀状を印刷中なのだから始末に負えない。宛名面は2度刷りくらいで済ますようだが、絵柄面はいったい何度刷り(色数ではない)になるのかわからない。
吾輩もなんやかやで大晦日まで出社するつもり。正月三ヶ日だけは、おそらくマラソン観戦漬け。気分だけは箱根山をめざして若者とともにいっさんに駈けのぼる。

¶ アダナ・プレス倶楽部の年賀状は、例年活字の歴史を追ってきている。
すなわち、ブラック・レター、ヴェネティアン・ローマンからはじまり、オールド・ローマンを経て、ようやくトランジショナル・ローマンまできた。トランジショナル・ローマンなら英国のバスカーヴィルがいる。ところがバスカーヴィルは昨年ブレイクの詩を組んで実施済み。
ブレイクとは誰じゃい、とわが国ではもうひとつの評価だったが、この年賀状 モトイ ニュー・イヤー・カードにいたく感動してくださったのは、英国の「アダナランド 御領主陛下」だった。

¶ ――いるのだ モトイ いらっしゃるのだ、本当に アダナランド御領主陛下は はるか遠い英国に、何エーカーかの(かそけき)御領地を所有なされて、たしかにおわしますのだ。
しかも陛下は、かしこくも 治世の証として(私製の、通用する!)切手までおつくりあそばされ、東海の小島から、いやしき平民がさしあげたニュー・イヤー・カードに、まことに畏れ多きことながら、賞賛のご親筆をたまわった。切手はもちろん御自ら制作あそばされた切手を、あちこちペタペタと貼って下賜されたのである。

¶ だからトランジショナル・ローマン体はここでよせばいいのに、今回はフランスのピエール・シモン・フールニエを無謀にも選んでしまった。
それでなくてもロココ美術は難解である。ましてフールニエにおいてをや。テーマは18世紀の、甘くやるせないシャンソンの名曲、『PLAISIR D’AMOUR 愛の歓び』である。「愛は歓び  されど儚く 愛は悲しみ とこしえに続く――」。たれもが知っている名曲である。活字は新鋳造のフールニエ装飾活字とフールニエのローマン体である。

¶ 吾輩は知らなかったから以下は受け売りである。
この『PLAISIR D’AMOUR 愛の歓び』は、ユー・チューブにたくさん画像と音声入りのものがある。

 『PLAISIR D’AMOUR 愛の歓び』その1(癒し系調)
 『PLAISIR D’AMOUR 愛の歓び』その2(劇中劇調)
しかもこの曲から、エルビス・プレスリーが、わが青春の愛唱歌の着想を得たというから二重の驚きである。オヤジならしみじみ泣けるし、若けぇのならプレスリーの偉大さに腰をぬかすこと必定だ。
 『Can’t Help Falling in Love 好きにならずにいられない』

¶ 恥ずかしながら吾輩、米国製脱脂粉乳給食で育ったせいもあって、いまでこそひどいアメリカ・アレルギーであるが、かつては腰こそ振らなかったが、熱烈なプレスリー・ファンであった。
アメ車ガソリンガブ飲みマスタングをプレスリーの映画に触発されて購入したこともあった。その後はビートルズ最初期ファンでもあったのだ。チョイ恥ずかしいけどネ。

年賀状の背景として、こんな興味ぶかい挿話があるのも、ときには楽しいことではないか、諸君! だからノート・パソコン内蔵スピーカーで音質は良くないが、それをガンガンかけながら製作すると、アドレナリンが滾滾コンコンとわき出して時間トキを忘れさせることもある。

アダナ・プレス倶楽部2011年賀状 絵柄面 9度刷り

¶ シャンソンの歌詞は甘くやるせないが、フールニエの活字は生やさしくはない。フールニエは、「あなたは印刷者ではなく、数学者だったのか !?」というくらい、精緻な構造計算をかさね、華麗かつ精緻なる装飾活字を駆使して絢爛豪華な誌面を構成している。
それを追試(あわよくば凌駕 ?!)しようというのだから、まことにもって無謀である。だからここのところ連日、来客が途絶えた夜更けから、計算機を片手にシコシコと組版をはじめ、それを印刷し、解版し、再度その作業を反復する日日。始発の電車で帰って、出勤は昼近くなる。もう勝手にやってくれ、という気分である。

¶ 片づかないのはなにも事務所だけではない。吾輩の花壇、「空中庭園」も子規庵に負けず劣らず相当なものである。
正岡子規の旧宅「子規庵」は、台東区立書道博物館のハス前にある。だからときどきのぞいている。子規はよほど蔓草が好きだったのか、小ぶりな花をつける朝顔が多く、瓢箪がブラリと下がったりする。

吾輩の「空中庭園」でも困ったことに、エアコンを停止したら急に元気になったニガウリが、11月下旬になってもつぎつぎと実をつけていた。さすがに12月ともなると、「緑のカーテン」とはいかず、黄葉にかわった。それでもけなげに花をつけるし、花の少ないこの季節には蜂が好んでやってきた。だから寒さにふるえてやってくる、みなしご・ハッチのためにそのままにしておいた。

¶ それを先週植えかえて、そこに晩春に掘りあげておいた、チューリップ、水仙、クロッカス、ヒヤシンスなどの球根を、ゴチャゴチャと植えた。久しぶりに黒々とした地面が露出した。
それがノー学部は不満らしい。ともかくノー学部の農具とはハサミがもっぱらで、それであちこちチョキチョキやるからたまらない。球根は発芽をはじめたが、いまのところハサミの使いようがないから安全だ。が、ノー学部それがお気に召さないからこまったものだ。

¶ さらに困ったことに、ノー学部は育種科だから、ともかくタネがことのほか好きらしい。夏ミカンを食べればそれを、枇杷ビワを食べれば枇杷を、アボガド、メロン、スイカ、ジャガイモ、里芋、長芋、オリーブ、サクランボ、馬鈴薯まで、ともかくタネや根っこをあたりかまわず蒔くし、まるで埋蔵金でも隠すようにコソコソと植えてしまう。
さらに、人参、ゴボウ、大根などの根菜は、わざわざ土つきのものを買ってきて、下は食すが、ヘタの部分を、これまた勝手にあちこちに植えてしまう。それがまた枯れもせで、根っこが生え、成長するから面白くもある。
それだけではない。豆モヤシまで、葉っぱは切って食べるが、根っこはヒソヒソと植え込んで知らぬ顔である。これまた『ジャックと豆の木』よろしく、ニュキニョキと這いずり回るから結構なものだ。しかし水遣り、肥料やりは育種科カリキュラムに無かったとみえて、ひと任せ、知らん顔。

¶ 嫌な予感がしたのだ、ほんとうに……。ロダンの椅子に腰をおろして一服 モトイ 思索に耽っていたときである。
球根を植えて露出した地面をみたノー学部が、「ことしはレンゲ草を植えないの」と聞いたからだ。
「レンゲの種は神田にいかないと買えないからな」
とごまかしたが、
「地面がみえるのって寒ざむしくない。レンゲはかわいいし、きれいじゃない?」
とこだわっていた。

それが今朝になって、なにやら得意そうに、小さなジャム缶にはいった、怪しげなものを持ちだして、
「これは北海道の地ばえの蒲公英タンポポの種だから、きれいだとおもうよ」
ときたもんだ。たしかノー学部が北海道にいったのは5月ころのはず。それをこの暮れのどん詰まりまで、機内食ででるちいさなジャム缶に入れて、後生大事にどこかに隠していたらしい。つまり吾輩に「バランス良く植えろ」ということ。

¶ 大晦日は赤口九紫である。だからどうということもないが、仏滅ではないらしい。もうやけくそで、大晦日に蒲公英タンポポを植えることにした。ただし、羽毛のような綿毛につつまれたこの種子は、どうみても、ヒラヒラ舞って、どこぞにたどりついてこそ蒲公英タンポポであろう。
悔しいことにノー学部は、吾輩が蒲公英タンポポや、菫スミレが好きなことを知っている。しかしそれを一定の範囲に植えるとなるとピンセットが必要となる。そうだ、きょうは忘れずにピンセットを鞄に入れて帰ろう。そして長芋の茎からこぼれ落ちた「ムカゴ」も植えてやろう、ト 大掃除に先立つ緊急かつ重大事態としてそれをおもっている。

¶ かくのごとく、わが空中庭園は、正岡子規がうたったように、
「ごてごてと 草花植ゑし 小庭かな」
の風情のまま、あらたまの初春を迎えることになる。

5月から現在まで空中庭園の王者・とろろあおい

 

花こよみ 005

詩こころ無き身なれば、折りに触れ、
古今東西、四季のうた、ご紹介いたしたく。

冬   が   来   た

きっぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹 イチョウ の木も 箒 ホウキ になった

きりきりともみ込むような冬が来た
人にいやがられる冬
草木にそむかれ、虫類に逃げられる冬が来た

冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ

しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のような冬が来た

高村光太郎(詩人・彫刻家 1883-1956)

花こよみ 004

詩こころ無き身なれば、折りに触れ、
古今東西、四季のうた、ご紹介いたしたく。

楓 橋 夜 泊
月 落 烏 啼 霜 満 天
江 楓 漁 火 対 愁 眠
姑 蘇 城 外 寒 山 寺
夜 半 鐘 聲 到 客 船
      ―――― 唐  張 継

蛇 足 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
月 落ち からす ないて 霜 天に満つ
江楓コウフウ 漁火ギョカ 愁眠シュウミンに対す
姑蘇コソ 城外の 寒山寺
夜半の鐘声 客船に到る

張継は中国8世紀前半盛唐の詩人。字は懿孫イソン。
湖北襄州のひと。玄宗のとき進士。『張祠部詩集』
一巻があり「楓橋夜泊フウ-キョウ-ヤ-ハク」の詩で著名。

花こよみ 001

詩のこころ無き身なれば、折りに触れ
古今東西、四季のうた、ご紹介いたしたく
(朗文堂ニュースより移転)

 

さまよいくれば 秋くさの
ひとつのこりて 咲きにけり
おもかげ見えて なつかしく
手折ればくるし 花ちりぬ

                                         ――― 佐藤 春夫

花こよみ 003

詩のこころ無きわが身なれば、折りに触れ
古今東西、四季のうた、ご紹介たてまつらん

吾 亦 紅 に 寄 す

夏――   風になびく青い草原は   海のうねりにも似て
渺たる高原のそこここに   たそかれが迫る

とおく はぐれ蝉か ひぐ
らしの聲
ひと叢の ワレモコウが 風に揺れている
ひめやかに 晩夏の気配が  艸叢を覆う

秋――  妍を競って咲き誇った高原の艸草が
慌ただしく  種子の実りを終える
ワレモコウは  仔鹿の脚にも似た か細い茎を艸叢に屹立す

艸叢から  ちいさなつぶやきが
「ねぇ、ねぇ、わたしって、きれい?」

晩秋――  花序のあえかな彩りは くらい赤褐色に色とりをかえ
万葉ひとは なんのゆえありて  かくも 可憐な
「 ワレ  マタ  ベニ  ナリ —— 吾 亦 紅 」の名を与えしか
寥風がつのる   真紅の鮮血ほとばしらせ 慟哭する花  ここにあり
「 ねぇ、ねぇ、わたしって、クレナイの花よ!」

        ―――― よみひと しらす

花こよみ 002

初   恋

詩のこころ、無き身なば
古今東西、四季折々のうた、ご紹介奉らん。

まだあげ初 ソ めし前髪の
林檎 リンゴ のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思いけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたえしは
薄紅 ウスクレナイ の秋の実に
人こい初 ソ めしはじめなり

わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃を
君が情 ナサケ けに酌みしかな

林檎畑の樹 コ の下に
おのずからなる細道は
誰 タ が踏みそめしかたみとぞ
問いたもうこそこいしけれ

                                                      ――――― 島崎藤村 ( 1872―1943 )