活版印刷礼讃<Viva la 活版 ばってん 長崎>04 5月7日{崎陽長崎探訪・活版さるく}訪問予定地、巡回コースなど詳細紹介

map-Nagasaki画像 長崎タイトル<Viva la 活版 ばってん 長崎 崎陽探訪 活版さるく PDF: map-Nagasaki > 

 <Viva la 活版 ばってん 長崎 崎陽長崎探訪・活版さるく>
2016年05月07日[土] 13:00-  長崎市内一円

{崎陽探訪・活版さるく}は、わが国の近代印刷術の導入と普及に尽力した、長崎出身の本木昌造、平野富二をはじめ、おおくの近代産業開拓者のゆかりの地を、貸し切りバスと徒歩で巡るツアーです。
本企画は参加費 6,000円で予約制です。参加ご希望のかたは、朗文堂/アダナ・プレス倶楽部のメールアドレス:adana@robundo.com までお申し込みください。
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12:30 受付開始

13:00 【長崎県印刷会館】出発
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【長崎製鉄所跡】(飽の浦門)
【長崎造船所史料館】 銕橋擬宝珠
【立神ドック】 立神ドック建碑由来

【そろばんドック(小菅修船場跡)】
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【長崎運上所跡】 ※車中より見学
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【諏訪神社・諏訪公園(長崎公園)】
 安中半三郎 歌碑、池原香穉 歌碑、郷土先賢紀功碑、本木昌造 立像、松田源五郎 像、
 杉亨二 像、中村六三郎 碑、上野彦馬 像、ほか
【長崎歴史文化博物館】(本木昌造種字所蔵)脇経由
 ※長崎歴史文化博物館には入館しません
 ※諏訪神社の階段が無理な方は【博物館】見学に変更可(要入館料)
【缶詰の碑(本木昌造弟:松田雅典)】
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【龍馬のぶーつ像】より下山開始
 ※下山が無理な方は【亀山社中記念館】見学に変更可(要入館料)
【禅林寺(飛び地)】 矢次家墓地跡、平野富二碑旧所在地(矢次み弥建立)
【禅林寺】 池原家墓、吉雄家墓、品川家墓、柴田昌吉墓(本木昌造弟)
【光源寺(別所)】 松田源五郎墓

【大光寺(本木家墓所)】
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【福地櫻痴(源一郎)生誕の碑】【思案橋跡】 ※車中より見学
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【平野富二生誕の地(町司長屋跡)】【地獄川】
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【新町活版所跡】【活字の碑】【吉村塾跡】【巌流坂】
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【活版伝習所跡】【唐通事会所跡】
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【小曽根邸の跡】
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【平野富二が矢次家から独立して買い求めた家の場所】
【本木昌造宅跡、医学伝習所跡 碑文は撤去中】
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【長崎海軍伝習所跡】【長崎活字判摺立所跡】
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【銕橋(くろがねばし)跡】【土佐商会跡】
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【国立第十八銀行】
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【長崎新地中華街】【薩摩藩蔵屋敷跡】【銅座跡】
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{崎陽長崎・活版さるく}には、長崎県印刷工業組合をはじめ、三菱重工業株式会社 長崎造船所、同史料館、長崎・東京など多くのアダナ・プレス倶楽部会員の皆さまのご協力をいただき、通常は見学が困難な場所をふくめての訪問が実現した画期的な企画です。

ガイドマップの製作は創立10周年事業の一環として特別参画いただいているタイポグラフィ学会(担当:春田ゆかり氏)によるものです。
当日の天候・道路事情などにより若干のスケジュール変更の可能性がございます。
また長崎は坂の多い町です。急勾配の場所もございますので、履き慣れた歩きやすい靴でのご参加をお勧めいたします。
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<Viva la 活版 ばってん 長崎 懇親会>
05月07日{崎陽長崎・活版さるく}終了後19:00より、長崎印刷工業組合様のご手配により、主会場至近、長崎新地入口角「京華園」で懇親会(予約制 adana@robundo.com 参加費:食事・飲み物代込み・椅子席 5,000円)を予定しております。
皆さまのふるってのご参加をお待ち申しあげます。

活版印刷礼讃<Viva la 活版 ばってん 長崎> ここに伝えられた、ここから飛翔した 01

長崎タイトルmainimage_nagasaki ばってん長崎_表 プリント 朗文堂/アダナ・プレス倶楽部では、手動式小型活版印刷機 Adana-21J   および その後継機であるSalamaシリーズを中核としながら、活版印刷の今日的な意義と、活字組版の実践を中心に、活版印刷魅力の奥深さの普及を通じて、身体性をともなった造形活動を重視し、ものづくりの純粋な歓びの喚起を提唱しています。

その活動の第一段階として、2007年06月11日-07月02日、青山ブックセンターで開催されたのが活版印刷の祭典<ABC タイポグラフィ>でした。 ABCdeTypography 凸凹フェスタ2012 ついで、「五月の連休は活版三昧」を合言葉に、2008-2012年の五年間、計四回(2011年は東日本大震災のため中止)にわたって『活版凸凹フェスタ』を開催しました。
このイベントには例年、全国から2-5,000人余の活版実践者と愛好家が来場し、特に都市部を中心とした活版印刷の普及に一定の成果をあげました。

2013年からは、活版関連イベントの開催が盛んになった首都圏をいったん離れ、多くのアダナ・プレス倶楽部会員が存在している、日本全国各地からの振興をめざす、あらたな段階として<Viva la 活版-すばらしき活版>の普及活動にはいりました。

◎<Viva la 活版  Viva 美唄> 2013年7月
北海道美唄市、同市出身の世界的な彫刻家「安田 侃(やすだ かん)」氏による彫刻と、北海道の豊かな自然とが相響する「アルテピアッツァ 美唄」にて<Viva la 活版 Viva 美唄>を開催。
同展では出展者・来場者双方が、自然と人と芸術の新しいあり方について考えさせられ、自分自身の心の奥深くや、心豊かな人生について、見つめなおすきっかけとなりました。

◎<Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO> 2014年11月
鹿児島市島津家の庭園「名勝 仙巌園(せんがんえん)」内の「尚古集成館」(重要文化財、現在は世界遺産)にて<Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO>を開催。
雄大な桜島を背景に、重要文化財「木村嘉平の活字関連資料」を所蔵し、近代活字版印刷術をはじめ、近代産業の揺籃の地としての歴史と文化を有する同地での開催は、造形者の創作意欲をおおいにかきたてるイベントとなりました。

◎<Viva la 活版 Let‘s 豪農の館> 2015年10月
新潟市「北方文化博物館 豪農の館」(登録有形文化財)にて<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>を開催。
米どころ新潟有数の大地主「伊藤家」の邸宅と庭園・生活文化・美術工芸品・考古資料等を展示・保管し、食と文化の地「新潟」のなかでも屈指の場の力を有する同施設での開催は、造形者の五感をおおいに刺激し、文化と知性が積み重ねられた豪壮ながらも繊細なこころくばりに触れて、ほんとうの心の豊かさと、その奥ゆきとはなにかを体感する機会となりました。

◎<Viva la 活版 ばってん 長崎> 2016年05月
<Viva la 活版-すばらしき活版>第四弾となることしは、長崎県長崎市にある「長崎県印刷会館」にて<Viva la 活版 ばってん 長崎>を開催予定。
わが国の近代活版印刷術導入の地であり、本木昌造や平野富二をはじめ、多くの印刷人ゆかりの地である「長崎」においての開催は、活版印刷の「知と技と美」を研鑽されてきた造形者の皆さまにとって、集大成の、そしてまた、あらたなる進化・発展の第一歩となることでしょう。

活版印刷礼讃<Viva la 活版 ばってん 長崎>03{崎陽長崎 活版さるく}訪問予定地の小菅修船所(通称:そろばんドック)のいま

小菅修船所resize長崎で<Viva la 活版 ばってん 長崎>のためにご尽力をいただいている宮田和夫様から、桜花爛漫の「小菅修船所(通称:そろばんドック)のいま」(2016年04月01日)写真データをご送付いただきましたのでご紹介いたします。
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<Viva la 活版 ばってん 長崎>では、05月07日{崎陽長崎 活版さるく}を予定しております。
{崎陽長崎 活版さるく}は、上掲写真の小菅修船所(そろばんドック)をはじめ、若き矢次富次郎、のちの平野富二の活躍のあとや、日本産業近代化に貢献したひとびとの関連史蹟を可能なかぎり辿ります。
{崎陽長崎 活版さるく}へのご参加は事前申し込みが必要です。 adana@robundo.com  までお申し込みください。

【 参考資料/平野富二伝 小菅修船所の経営と立神船渠の開鑿 古谷昌二  p.88より 】
明治2年(1869)3月、(矢次)富次郎24歳のとき、長崎の小菅浦に建設されていた曳揚船渠(パテント・スリップ)が、イギリス人グラバーから引渡を受け、長崎製鉄所の付属となった。その際、富次郎は、小菅修船所の技術担当責任者となった。
小菅修船所では、常時イギリス人4名を使役して、船舶の修理と船渠の賃貸事業を行い、16ヶ月間で純益金1万8千円を得た。

同年9月、長崎製鉄所は本木昌造の頭取辞任に伴う人事異動で、富次郎は機関方から元締役助に昇格した。その時、小菅修船所での経験を元にして、長崎の立神浦に大型ドライドック(乾式船渠)の開鑿を、長崎県知事を経由して民部省に建議した。
すなわち、大々的に造船事業を起こし、日本と中国間を航海する権利と、諸船舶を修理する権利とを掌握し、それによって沈滞気味の長崎港の繁栄を維持しようとするものであった。

<Viva la 活版 ばってん 長崎>02-五月GW開催/長崎県波佐見町と佐賀県有田町 ふたつの陶器まつり開催との会期

16toukimatsuriばってん長崎_表《多彩なイベントが開催されるGW ふたつの陶器まつりと Viva la 活版 ばってん 長崎》
昨年の暮れに、朗文堂 アダナ・プレス倶楽部恒例の「Viva la 活版-活版印刷礼讃イベント」の会場候補地「長崎県印刷会館 長崎市出島町10-13」を訪問して、印刷工業組合執行部、事務局のみなさんと<Viva la 活版 ばってん 長崎>開催に向けての打ち合わせをした。

会期の設定として五月の連休、05月01-05日あたりを提案したところ、
「それはまずい。連休前半はハサミ町と有田の陶器まつりがあって、道路が大混雑するから」
とされて、連休後半の05月06-08日とする会期が決定した。
陶磁器の有田焼は著名で、ずいぶん前に有田の窯元数ヶ所を訪問したことはあった。ところが、恥ずかしいことに茶碗やお皿などのテーブルウェアの 1/4 -1/3 の市場占拠率をもつという「ハサミ焼」のことは知らなかった。

ただし、「波佐見焼」の文字列をみたとき、ハテ、どこかで見たぞ、となった。
意外や意外、このWebSiteの管理人で、本欄でも昨年12月07日に紹介した千星健夫さん <【会員情報】 造形者・千星健夫 NECKTIE design office による TEA BAG HOLDER SHIROKUMA>は、この波佐見の陶磁器工場で「SHIROKUMA」を委託製造されている。

千星さんは長崎市から70キロほど、長崎県の市町村で唯一海に面していない町、佐賀県との県境にある陶磁器の町、「長崎県東彼杵郡波佐見町」まで何度もかよって、ネクタイ・デザインオフィス企画開発商品「SHIROKUMA   しろくま」を、ネットショップを中心に販売し、国内外でヒットさせている。

> 「しろくま」の製造は波佐見町でしたよね?
千星健夫 : そうです、ここです。この波佐見町の工房で委託製造し、つり下げ金具の部分はネクタイ・デザインオフィスで仕上げ、破損防止のパッケージに入れて販売しています。
こんな@メールのやりとりがあった。
以下ネクタイ・デザインオフィス/千星健夫さんからの応援を得て「ふたつの陶器まつり」をしるす。
NECKTIE design office Shirokuma 】

《長崎県波佐見町、佐賀県有田町。県境を挟んで隣接するふたつの町の陶器まつり》
◎ 波佐見陶器まつり      04月29日-05月05日
長崎県東彼杵郡ヒガシソノギグン波佐見町   窯元・商事会社・販売会社など150店余が出展
30万人余の来客を予定  駐車場3,000台分を用意
hasami_02[1]◎ 有田陶器市          04月29日-05月05日
佐賀県西松浦郡有田町    知名度抜群で、著名な工匠を輩出した
400年の窯業の歴史、第113回の歴史を誇る  100万人余の来客を予定
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{千星健夫} 長崎県波佐見町の「波佐見陶器まつり」と、佐賀県有田町の「有田陶器市」は、まったく同じタイミングで実施されています。
このふたつの会場は、九州高速自動車道で、まったくおなじ「波佐見・有田インター」から会場に行くひとが大半です。 高速のインターを降りて、右に行くと波佐見、 左に行くと有田といった具合なので、とても混み合うようです。

それぞれの窯元・工房・メーカーが離れていることもあって、 車でなければちょっと会場を周りにくい状況なので、 すべての道が混雑するようです。 波佐見と有田の陶器市と<Viva la 活版 ばってん 長崎>の会期がぶつからなくてよかったですね。

なにしろ波佐見の「波佐見陶器まつり」だけでも 30万人、有田町の「有田陶器市」には100万人もの人出が予想され、あらゆる道路が大渋滞になるので、 現地の人からするとあまりおすすめはできないようですが、 わけあり価格で販売されていたりするので人気が集中するようです。

また波佐見町に行くとなれば、隣の  嬉野温泉(佐賀県) もおすすめです。 美肌の湯として全国的に有名で、化粧水に浸かっているようなとろとろのお湯なので、女性には特におすすめです。でもやはり連休中はどうですか、すこし心配です。  千星健夫 shirokuma01 shirokuma03 hasami_14 hasami_37 hasami_16[1] hasami_39[1]

ときのたつのははやいもの。久しぶりに薩摩隼人・薩摩おごじょの皆さんと熱い交流

adana トップページつい最近のこととおもっていたのに、もうあれから一年半ほどのときがたちました。
3日間5,000人ほどのお客さまを迎えた活版礼讃イベント<Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO>開催の地、櫻島を至近にあおぐ鹿児島「尚古集成館・仙巌園」に2月13日[土]-14日[日]の週末に、商用もあって一泊二日の日程でいってきました。

【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 15  いまも続く薩摩隼人, 薩摩おごじょとの協働作業 DSCN6311 DSCN6293 DSCN6311 DSCN6293 DSCN6291 DSCN6318 DSCN6320 DSCN6325 DSCN6328 DSCN6329DSCN6333仙巌園の菜の花2014年11月開催の<Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO>以後、おおきな変化は2015年(平成27)7月5日に、尚古集成館(旧集成館・旧集成館機械工場を含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録)が世界遺産に登録されたことでしょうか。

そのために「尚古集成館」「仙巌園」ともどもサインや施設の一部に変更がみられました。
また二月の初旬に数十年ぶりにみた降雪のため、「尚古集成館」も特別休館を余儀なくされ、植栽にも被害があったそうですが、二月中旬のこのとき、館内庭園には避寒櫻が花をつけ、名をしらぬ大きな鳥が憩っていました。

<Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO>で併催された、尚古集成館 館長 : 田村 省三氏による特別講演会 < 尚古集成館所蔵/重要文化財 『 木村嘉平活字 』 と 薩摩藩集成事業について >で薩摩藩(鹿児島)の、そして長崎の活版印刷事業の嚆矢となった俗称『薩摩辞書』と五代友厚に関しては、NHK 連続ドラマ『朝がきた』が話題となったことで、すっかり著名な存在となっていて、田村館長ともどもすこし笑いました。
【 関連情報 : Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO - Report 11  講演会 : 田村省三館長、 展示紹介 : 加久本真美さん、渡辺 絵弥子さん
DSCN7916 DSCN7912 DSCN7914 DSCN7918 DSCN7926DSCN7927《鹿児島の夜は、いつものところで、いつものメンバーとご一緒しました》
鹿児島にはアダナ・プレス倶楽部の会員がたくさんいらっしゃいます。
今回も六花窯:横山博さんの肝煎りで、鹿児島市役所ちかくの「いつものところ-店主のご希望で店名表示はご容赦を」で、松山先生、前田さんご夫妻、早川さん、稲留さん、橋口さんらの様様な造形者の皆さんとの熱い交流。

お料理いっぱい、薩摩焼酎どっさりのせまい会場では、地元の皆さんでも数年ぶりという再会があったり、前田夫人の詩吟もとびだして、鹿児島の夜はしんしんと更けていきました。
いずれにしても、各所で活版印刷が始動しています。
鹿児島にも一粒の種子がちいさな芽をだしました。こんどまた鹿児島を訪問するのはそう遠くはないようです。 DSCN6286 DSCN6277 DSCN6276

【字学】 活字鋳造 ― ハンドモールド、次世代機ポンプ式ハンドモールド 五月連休に長崎で動画紹介 続報にご期待を

Federation British Industries(略称:FBI  英国産業連合)が1925年(大正14)に製作したもので、博覧会での上映のために一般に向けてわかりやすく紹介した貴重な動画資料です。
写真上掲二点は「手鋳込み式ハンドモールド」。
わが国でも嘉永年間に本木昌造らのグループがすでに実験的にもちいたとみられ、残存部品が長崎諏訪神社、国立博物館でみられます。

ほかにも薩摩藩の依頼で極秘裏に活字鋳造に成功した、江戸の技芸士/第三代木村嘉平がもちいたハンドモールドが鹿児島尚古集成館に保存されており、重要文化財の指定をうけています。
鹿児島の資料も断片的なものですが、行間を形成するインテル鋳造器や、大型の込め物(フォルマート)を製造するための鋳造器もあり、実用性がみられます。
ここでハンドモールドを理解するために、復元版活字ハンドモールド(伊藤伸一氏所有)をご紹介したい。
ハンドモールド1 ハンドモールド2 ハンドモールド3[1]これらの「ハンドモールド」の技術は特殊技術として秘匿されることがおおかったっため広くは知られず、明治から昭和前期の資料には、鋳造部がふたつに割れることから「割り型・割り鋳型」としるされることが多い。
また熔解した活字地金を小型のヒシャクですくい取り、それを湯口に流しこむ動作から、ハンドモールドで製造した活字を「流し込み活字」とも呼称していた。
ブルースその後、半自動機のポンプ式ハンドモールド、手回し式のブルース型活字鋳造機が登場すると、ハンドモールド式は「手鋳込み」とされ、昭和中期ころまで、大型活字や特殊活字製造のために、細ぼそながらもちいられていた。
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したがってこの1925年発表の英国産業連合の動画でも、「こうしたハンドモールドは、現在はほどんどもちいられていない」と解説している。
鋳造に際しては、鬆スの発生をふせぐため、上体と腕を激しく上下動させ、相当な速度で鋳造を続けている。

下掲写真は「ポンプ式ハンドモールド」。近年のアメリカの研究書でも
「実機はすべて失われ、写真もスミソニアン博物館が所有する一葉だけである」
とされていた機器であり資料です。
今回ご紹介するこの機器の「動画」は、パラパラ漫画のように静止画像を連続したものですが、活字鋳造が、手技から機械製造への過渡期の記録としてやはり迫真力があります。

「ポンプ式ハンドモールド」は、明治最初期、長崎の活版伝習所にもたらされ、印刷局系の組織がこれを継承して東京に移設しました。
本木の事業を継承した平野富二は独自資金でこの装置を購入し、上京直後から、まだ「手鋳込み式ハンドモールド」をもちいていた在京の民間鋳造業者を圧倒しました。
動画公開は五月連休後半に長崎で。 続報にご期待ください。
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江戸にうまれ、明治期の長崎で活躍した多芸多才なひと/虎與號・安中半三郎の紹介への手がかり

一月中旬、イベントの打ち合わせ。一泊二日の予定で崎陽長崎にでかけた。もともと予定していた一週間おくれだと、今回の異常気象で豪雪地帯と化した長崎で立ち往生するところだった。
金曜日の早朝のフライトで長崎入り。そのまま長崎県印刷工業組合にかけつけた。組合幹部は年輩者が多かったが、成果の多い会談ができた。
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その夜は定宿と化した感のある長崎新地のホテルに宿泊。ここは出島にある長崎県印刷工業組合会館まで徒歩3分、新地中華街はすぐとなりだし、薩摩藩蔵屋敷跡、五島藩蔵屋敷跡にもちかい至便の地である。
今回の長崎では、東彼杵町歴史民俗資料館/小玉大介氏、日本二十六聖人記念館/宮田和夫氏、大村市市史編さん室/盛山隆行氏らの若手学芸員との交流が熱かった。
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とりわけ盛山隆行氏とは十数年前に『日本の近代活字』編集のためにしばしば訪崎し、盛山氏が当時長崎市立博物館の学芸員だったころからの交流。
盛山氏は2013年、やつがれが{花筏 平野富二と活字*10 渺渺たる大海原へ-長崎港と平野富二の夢、そして注目してほしい出版人・安中半三郎のこと }で問題提起した「虎與號 虎与号 とらよごう/安中半三郎」の調査をすすめてくれていた。
近日{花筏}に詳細報告をしたい。
DSCN6137DSCN6175長崎本蓮寺の脇にある神式の特設墓地「安中家と安中半三郎の墓碑」。
碑面は長崎原爆の爆風をうけて損壊がみられる。
この本蓮寺は日蓮宗の名刹で、幕末の海軍伝習所にまなんだ勝海舟がここに寓居したところ。また長崎史談会の古賀十二郎もこの本蓮寺にねむるという。

活版讃歌|<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>Ⅻ|エンディングロール|八代伊藤文吉翁と<豪農の館 北方文化博物館>|

record豪農02Viva la 活版 Let’s 豪農の館
開催期間  2015年10月10日[土]-12日[月・祝] 09:00-17:00
会  場  「北方文化博物館 豪農の館」 内 「吉ヶ平古民家」(登録有形文化財)
新潟県新潟市江南区沢海 2丁目15-25
主   催   朗文堂  アダナ・プレス倶楽部(現:サラマ・プレス倶楽部)
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《 豪農の館-北方文化博物館と、同館館長・伊藤文吉翁 》
活版礼讃<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>の会場、北方文化博物館を訪問するのは四回目、宿泊地となった付属施設、「Museum 大呂菴」に宿泊したのは二度目であった。

寺泊の夕日-002uu 寺泊の夕陽をみるuu 北方文化博物館の伊藤館長と-0061[1] 新潟旅行2011.10-234[1]新潟旅行2011.10-169[1]最初に北方文化博物館を訪問したのはあの地震の年、2011年10月08-10日の三連休、二泊三日の新潟旅行のときであった。
ふりかえってみると、あの年はなにかがおかしかった。だから友人のたれかが、
「日本海に没する夕陽をみたい」
といいだし、それがきっかけとなってなんとなく新潟まででかけた。
その旅の記録は下記のページ、とりわけⅡに詳しい。
◯ 花筏 朗文堂好日録012 新潟旅行Ⅰ
◯ 花筏 朗文堂好日録013 新潟旅行Ⅱ
◯ 花筏 朗文堂好日録014 新潟旅行Ⅲ

最初の旅で北方文化博物館館長・伊藤家第八代・伊藤文吉(世襲名)翁とお会いした。
今夜は「大呂菴-だいろあん/かたつむりのいおり」に宿泊予定であることをつげたら、文吉翁はだまって手をさしのべ、かたい握手をした。
おもえば北方文化博物館の訪問にあわせ、あのとき「Museum 大呂菴」に宿泊することがなければ、かくまでこの越後平野の複合型博物館にこだわることはなかったとおもう。

◯ 花筏 朗文堂好日録013 新潟旅行Ⅱ より <大呂菴での宿泊>
ここまでやるのか …… とおもった。すべてがおおぶりで、一見豪放かつ大胆、なんにもしていないようににみせながら、大呂菴はじつにこまやかな心配りがなされていた。それもわざとらしくなく、さりげなくである。

「北方博物館の関連施設」は、落ち葉をふくめて入念に手入れが行きとどいているが、農薬を散布しないとみえて、周囲からチョウやトンボや蛙などが敷地内にわんさかおしよせていた。もちろん夕べともなると秋の蟲が草叢ですだくように鳴いている。
食事は食器のひとつひとつがすごい。それもチマチマとした京懐石のまねごとではなく、ど~んと大胆な盛りつけと、繊細な味つけだった。あちこちに置かれた生花は、翌朝にはあたらしい野草にかわっていた。やつがれ真底、本当に、
「まいった、降参!」

このとき得た情報をもとに、翌11月21日、日帰りで、北方文化博物館本館で開催された<細江英公 人間写真展 気骨>を参観し、同時開催された細江英公氏と文吉翁の対談を最前列で聴講した。
この日、常磐荘(吉ヶ原民家の向かい)では、伊藤夫人がちいさな席札をかかげて<お茶会>を開いていた。うかがえば 「綺麗さび」で知られる小堀流 だとのことであった。会場にはこれもちいさく「すべての収益は東日本大震災の被災者に向けた席である」ことがしるされていた。
DSCN4426 DSCN4427 DSCN44282014年の暮れ、常磐荘を会場候補として<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>の開催交渉に、これも日帰りで北方文化博物館にでかけた。同館のスタッフは小社WebSiteをときおりご覧になっていた。したがって開催は快諾されたが、会場としてはむしろ「吉ヶ原民家」のほうが効果的ではないかという提案をいただいた。
これまで民家の内部には入ったことが無かったが、百年余のときを刻んだ「吉ヶ原民家」の障子を開けはなった空間はすばらしかった。

DSCN1926 DSCN1927こうして<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>は、エアコンが無く、蟲よけの網戸もない、なによりもことさらな照明設備もない「北方文化博物館 吉ヶ原民家」を会場ときめた。
このため清涼な気候の2015年10月10日[土]-12日[月・祝]の三日間を会期とし、一泊はできるだけ「大呂菴での宿泊を推薦」ということに決定した。

伊藤文吉翁は1927年うまれであるから、まもなく90歳になるはずであるが、<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>の開催中、会場の吉ヶ原民家までおいでいただき、うれしそうに活版印刷機とその製作品をご覧になっていた。
伊藤夫人からは、おいしいお酒の差し入れが「大呂菴」にあった。

《 場の力、ひとの力 》
活版礼讃イベントとして開始した、東京での<ABC dé タイポグラフィ >、<活版凸凹フェスタ>を一旦中断して、地方での活版印刷の
普及を後押しし、その土地の『場の力』をバックにしながら、あらたな展開を<活版礼讃 Viva la 活版>では試みてきた。
おもへらく、『場の力』とはエトスのごとく自然ジネン自ばえのものも存するが、その根底にはアルテピアッツァ美唄における安田侃氏の力があり、尚古集成館における島津家歴代の蓄積があった。そして「北方文化博物館」館長で豪農とされる伊藤家も、阿賀野川の氾濫とたたかい、荒蕪地を田畑に開墾し続けた伊藤家八代にわたる『ひとの力』があった。
『場の力』とは『ひとの力』と両両相まってその本当の力を発揮するものとおぼえた。

2015年もあとわずかでおわるこのとき、伊藤文吉翁にきちんとお礼を述べて帰るのをわすれていたことがくやまれる。それよりなにより、会場では何台かのカメラが稼働していたはずだが、たれも伊藤夫妻の写真を抑えていなかったことにおどろかされている。
『ひとの力』とは、その存在がおおきすぎるときには、ときとしてオーラのごとき風圧となって、カメラも向けられなかったのかもしれないともおもえた。
まもなく2016年がはじまる。そしてすでに「来年の」<活版礼讃 Viva la 活版>の開催候補地との交渉がはじまっている。

{ご報告 伊藤文吉翁のその後}
八代伊藤文吉となる伊藤吉彦は、1927年(昭和2年)に誕生しました。
八代伊藤文吉は、多くの人びとに愛され、惜しまれつつ、2016(平成28)年10月に他界しました。 また、250年余りの歴史をもつ伊藤家の遺構、北方文化博物館は、郷土新潟をはじめ、日本、そして世界から訪れる人びとへ、この歴史と、育まれた文化をいまなお伝え続けています。

アルテピアッツァ美唄{Viva la 活版 Viva 美唄}のおもいで。すてきなクリスマスカードが到着しました

20151221190449790_0001 20151221190449790_0002一昨年の活版礼讃イベント{アルテピアッツァ美唄}からすてきなクリスマスカードが到着しました。{Viva la 活版 Viva 美唄}ではたくさんのおもいでと、おおきな成果がありました。
もう美唄は雪化粧。寒さもだいぶましているようです。

ことしのカードの彫刻作品は「真無」、そこには安田侃さんの自筆メッセージもよせられていました。
雄大な北海道の大地、そしてこころのあたたかい美唄の皆さんがなつかしいこのごろです。

活版讃歌<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>Ⅸ 春田ゆかり会員カメラで豪農の館・大呂菴を中心にご紹介

record豪農02Viva la 活版 Let’s 豪農の館
【 イベント名 】  Viva la 活版 Let’s 豪農の館
【 展示 期間 】  2015年10月10日[土]-12日[月・祝] 09:00-17:00
【 会       場 】  「北方文化博物館 豪農の館」 内 「吉ヶ平古民家」(登録有形文化財)
           新潟県新潟市江南区沢海 2丁目15-25
【 主       催 】  朗文堂  アダナ・プレス倶楽部
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春田ゆかりさんは、タイポグラフィ学会会員、アダナ・プレス倶楽部会員、活版カレッジ修了、そして春田デザインを主宰されておられるかたです。
<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>は、「北方文化博物館 豪農の館」 内 「吉ヶ平古民家」(登録有形文化財)を主会場とし、新潟会員のご支援をいただきながら、新潟市内中央部のホテルに各自が分宿していました。

ただ、イベント中日となる11日[日]だけは、北方文化博物館に隣接する関連施設「大呂菴 だいろあん-この地方のことばでカタツムリ」での懇親会があり、その夜は懇親会後に帰宅された地元会員をのぞいて「大呂菴」で合宿。
春田さんの二泊三日、越後「北方文化博物館 豪農の館」 内、「吉ヶ平古民家」、「大呂菴」での記録をご紹介いたします。

このページはスライドショーでもお楽しみいただけます。
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春田さんが会場に到着されたのは、初日10月10日[土]の午後、夕刻にちかいときでした。写真がいくぶんアンダー気味なのはそのせいかもしれません。

11日[日]は展示会中日でした。今回の<Viva la 活版 Let’s 豪農の館>は、雨が降ったりやんだり、そしてつよい陽射しが照りつけるという妙な天気でしたが、三日間ともお客さまの切れ間がほとんど無く、スタッフは終始対応に追われました。
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あわただしかった11日[日]展示会中日を終え、「吉ヶ平古民家」に戸締まりをして、隣接する「大呂菴」への移動。新潟会員をまじえてのにぎやかな懇親会が開催されました。
「紙漉サトウ工房」さんからはラベルに手漉き和紙が使用されている久保田の上級品を、北方文化博物館・伊藤文吉館長夫人からも越後銘酒の差し入れをいただき、食堂からオープンテラスへ移動しながら、うたげは夜ふけまでつづきました。

やつがれはベットが苦手なのと、すこし疲れていたのか、食堂脇の小部屋でうたたね。たれかが毛布をかけてくれてそのまま朝を迎えていました。
皆さんは、疲れもみせず、翌日も早朝から散歩や見学に忙しかったようです。
春田さんの写真をみても、豪農の館本館まで足をのばして十分楽しまれていたようです。
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先乗り組みは、この間レンタカーで新発田藩下屋敷跡、「北方文化博物館分館 清水園」まで足をのばしたチームと、春田さんのように「巻菱湖記念館」へ行かれたチームがあった。
最終撤収(13日)にあたった皆さんとは、村上方面まで車をとばした。その帰途発見した「ニコタン」報告はいずれまた。