朗文堂 アダナ・プレス倶楽部 こんな時代だから、活版印刷機を創ってます。

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コラム No.007

嗚呼、ギョーカイ !3

需要があれば、供給はできると信じて……


おかげさまで Adana-21J の出荷が順調にすすんでいます。Adana-21J とともに一から活版印刷をはじめようとする方へ、印刷機本体といっしょにお薦めしております「スターター・キット」には、印刷に必要なさまざまな器具や小道具類がセットされています。また、それぞれの創作活動のご計画や目的にあわせてお選びいただけるように、さまざまなオプション器材もご用意しています。

それらはいずれも眩い金属の光沢を放つ新品です。これらを 1 1 点確認しながら箱詰めしていると、ある種の感慨にとらわれます。

スターター・キット

1 組み版ステッキ 2 活字版印刷用ピンセット 3 ジャッキ 2 個 4 ジャッキ・ハンドル

5 ファニチュア・セット 6 メタル・ベース(はがきサイズ) 7 メタル・ベース(名刺サイズ)

朗文堂/アダナ・プレス倶楽部の発足以来の夢は、西欧諸国に対して 100 年遅れとはいえ、わが国に本格的な「プライベート・プレス・ムーヴメント 個人印刷所運動」を招来することでした。

そのため「プライベート・プレス 個人印刷所」の中枢となる活字版印刷機は、将来、それも予測可能な近い将来に供給途絶のおそれがある、リ・ユース・マシンに依拠することなく、先賢の成果を土台としながら、21 世紀の日本の環境にふさわしい、新設計にもとづくニュー・マシンを提供することを計画しました。

既報のとおり、主要なモデルとしたのは ADANA Eight-FiveKelsey Eight-Five、テキンなどの小型凸版印刷機でした。また、開発に着手する前に、斯界の権威として知られる牛木内外特許事務所(牛木理一所長)に依頼し、モデル機とした製品の、特許・工業意匠権・商標権などの厳格な調査をしていただき、そのいずれにも抵触しないことを確認してから開発のスタートをきりました。

ニュー・マシンの名称は、21 世紀の日本における「プライベート・プレス」の中枢となって欲しいこと、そして、わが国の活版印刷愛好家のあいだですでにアマチュア向けの手動式小型活字版印刷機の代名詞として定着している、今は無きアダナ社とその考案者 Donald A. Aspinal 氏へのオマージュの気持ちを込めて、牛木理一氏との相談のもと「 Adana-21J 」と決定いたしました。

幸い Adana-21J は、開発のパートナーとなった小池製作所の全面的な協力で、2 度にわたる試作機の製作によるたゆみない改良と改善をへて、高品質で、すぐれた耐久性と精度を兼ねそなえた、「 21 世紀になってはじめて誕生した、蝶番式小型活字版印刷機」として産声をあげました。

ところが、難問は思わぬところに待ちかまえていました。

機械本体の製造のメドはついたものの、印刷に必要な周辺機材の製造がすでに中止となっているものが少なくなかったのです。かつて活字版印刷の関連機材を製造していた企業をたずねると、そのほとんどは転廃業に追い込まれていました。ようやくたどり着いたわずかに残った企業でも、

「ここ 30 年ほど、カッパン関係の器具・機器の注文はまったく無かった。それでも愛着はあるし、なにかあきらめきれずに製造設備はとっておいたけど、10 年ほど前にあきらめて廃棄処分してしまったよ」

という回答が多かったのです。そのため、

「しまった ! 10 年遅かったか」

とホゾをかむおもいをしたことが何度もありました。

ところでここ数十年、活字版印刷所の転廃業に際して、関連機器や器具をお譲りいただいたものも少なくありません。それらは中古品とはいえ、活字版印刷業者の思いのこもった品々であり、十分使用に耐える堅牢さを保持していました。またアンティーク愛好者には垂涎の趣がある貴重な品々でした。

正直なところ、アダナ・プレス倶楽部でもこうした器具をそれなりの数量保存しています。それでも所詮、10 台程度の「プライベート・プレス」のサポートにしか役立ちそうにありません。それが無くなったら……。そのあとは不安定な供給態勢と、高額化とリスクの予測される二次循環(リ・ユース 中古品)頼りか……。それではアダナ・プレス倶楽部の設立趣旨と齟齬をきたしかねなかったのです。

「需要があれば、供給はできる。」逆にいえば「供給があれば、潜在需要は甦ってくる。Adana-21J のユーザーの可能性と発展を信じて、なんとしてもまずは供給態勢の確立につとめよう !

振り返ってみれば、痩せ馬ロシナンテに跨ってサンチョ・パンサと滑稽な旅に出た、ドン・キホーテのような暢気さでの取り組みでした。ですから「スターター・キット」やオプション器材として、写真の小道具を箱詰めしていますと、さまざまな思いが駆けめぐります。そこで、けっして苦労譚や自慢ばなしとしてではなく、こうした機器・器具を将来にわたって安定供給ができるように、アダナ・プレス倶楽部の記録として残しておきたいと思います。


1

組み版ステッキ

【組み版ステッキ composing stick ; Winkelhaken

2007 3 月末をもって清算された有力活字母型製造所がありました。その清算にあたって、できるだけ在庫を処分したいという相談があり、アダナ・プレス倶楽部もわずかばかりの協力をいたしました。その中に組み版ステッキが 7 本ほどありましたが、長年の在庫で幾分損傷がみられ、また長さもまちまちかつ名刺が組める程度の短いものしか残っていなかったため、「小は大を兼ねない」ということで購入をあきらめました。近年のステッキの供給は、この企業に頼っているところが多く、しかもその在庫からの供給でしたので、この数十年、新しくステッキの製造はおこなわれていない状況でありました。

そこで、アダナ・プレス倶楽部が保有していた数十種類の中古の組み版ステッキをサンプルとして、Adana-21J ユーザーに好適な新設計による組み版ステッキを製造しました。

Adana-21J のユーザーは女性が多いことが予測されていましたので、あまり強い力を必要としなくてもネジの締めつけができ、長時間の作業にも耐えられるように軽量にする、という意図をもって製造しました。


2

活字版印刷用ピンセット

【ピンセット tweezers ; Pinzette

コラムの 004 でもご紹介しましたが、この一見どこにでもあるように見えるピンセット、実はれっきとした「活字専用」のピンセットです。活字版印刷に用いるピンセットは、ともかくバネが強く、差し替え(校正)の際に、しっかりと結束もしくは組みつけに配された活字組み版の中から、目あての活字や込め物を抜き出すための強い弾力と鋭い先端、また、つまんだ活字を滑り落とすことのないように、先端内側に刻み目の加工が施されていることが特徴です。

そのピンセットですが、活版印刷の専業者であっても、多くは長年購入することなく、先端が摩滅し、バネの弾力も弱くなった、古い物を愛用しておられる方も多くいらっしゃいます。これまた長年の需要のなさに、供給経路の途絶えてしまっていた活版道具のひとつでした。アダナ・プレス倶楽部では本物の、活字組み版専用のピンセットの供給先を、これまたドン・キホーテの奇行行脚の最中に、偶然ひき寄せられるように発見し(その珍道中は長くなりますので、また別の機会におはなしします)、ひろくユーザーの皆さまにご提供できるようになりました。


3

ジャッキ 

4

ジャッキ・ハンドル

【ジャッキ jack

ジャッキとそのハンドルは、関連機器のうちでももっとも開発に難航したもののひとつでした。その間の事情はこの Website でも何度か報告済みですが、まったく以前の製造業者の情報が無く、活字版印刷専業者でも、ジャッキやジャッキ・ハンドルの損傷・補充に悩んでいるといった状態でした。

おもい余って「モノづくりのまち」として熱心な某区の「モノづくり相談窓口」にも相談しましたが、1 社は相談の段階で逃げ腰となり、もう 1 社は設計図面と見積を作ってくれましたが、最低 500 個の発注がなければ製造はむずかしい……という回答でした。このころは、なにかと関連機材の製造にあたって「最低ロットの保証」ということばに悩まされることが多くありました。

その間海外からの輸入もこころみましたが、単価が 100 ドルほどする上に諸経費がかかり、また、まったくの新品であっても 10 個中 2 個ほどの割合で不具合を生じるリスクも高く、けっして安い買い物ではないことがわかりました。

そんな困惑を見るに見かねたのでしょうか……。機械本体の開発パートナーであります小池製作所が、ジャッキとそのハンドルの試作に挑戦してくれました。

「できましたよ、すばらしいジャッキが。でも高い ! いかんせんあまりに高くなり過ぎました。だから見積は出しません……

まさに見事なジャッキでした。その試作品は、精度といい、大きさといい、Adana-21J にピッタリのものでした。機能だけではなく、とても美しいフォルムと手触りを有した、いつまでも手のひらで開閉を楽しみたいような惚れ惚れとする出来栄えだったのです。しかし残念ながら、あまりにも製造にコストがかかるため、今回の商品化には至りませんでした。しかし、改良を重ねれば代替業者による将来的な供給は可能であることを確認できただけでも大きな収穫でした。ですから、その確証の証として、そのあまりにもすばらしい試作品のジャッキは大切に仕舞ってあります。

予定販売価格の見直しと、多少の不良品を覚悟で、検品を厳重にして、輸入品に頼るか……。そう腹をくくりつつあったとき、神佑としかいえない情報がもたらされました。

「以前ジャッキを作っていた業者が、まだ、しかも都内にあるらしい……

こんなわずかな風聞を頼りに、ようやくその工作機械メーカーに辿りつき、製造再開を了承していただいたときは嬉しいというより、ホッと安堵するといった状態でした。欲をいえば Adana-21J の小ぶりなチェースの内面をより有効に使えるように、もう少し偏平なジャッキが欲しかったのですが、残念ながらその業者での製造可能なジャッキはこのサイズだけでした。それでも、もう 30 年近くも注文のなかったジャッキの製造を快く再開してくださり、予定の価格帯での供給が実現したことは、大変ありがたいことでした。


5

ファニチュア

【込め物】

印刷をすると「込め物は見えない空白」になります。込め物は使い回しがききますので、特にジョス、マルト、ファニチュアなどの大型の込め物は、やはりここ数十年、新規の発注がなく、製造業者もわからなくなっていました。まだ多少消耗品に近い小型のジョスやマルトはそれなりに補充ができますが、困ったのはファニチュアでした。以前は「鋳型」をつかって大量に安く供給する体制が整っていましたが、一度購入すると長年の使用に耐えうる金属製ファニチュアの需要が長い間なかったために、その型を処分して供給を閉ざしてしまった業者がほとんどでした。あたらしく「鋳型」を製造し、その鋳型代を Adana-21J ユーザーの皆さまの決して多いとはいえない人数でご負担いただくとなると、価格がとてつもなく高くなってしまいます。木製のファニチュアも検討しましたが、近い将来ユーザーの皆さまの腕が上達し、綿密な位置あわせを要する作品を制作することができるようになったとき、必ず金属製ファニチュアが必要になる日がおとずれることを見こして、どうしても金属製での供給をあきらめることができませんでした。そこでアダナ・プレス倶楽部では、鋳型を使わずに、アルミニウムの無垢板を五号倍数と 12pt. 倍数のどちらにでも対応できる長さに加工してファニチュアを製造することにしました。そしてその削った断面で手指を傷つけることのないように、面取り作業を施してユーザーの皆さまにご提供しています。


6

メタル・ベース(はがきサイズ)

7

メタル・ベース(名刺サイズ)

【メタル・ベース metal base, metal mount ; Metallfuß

金属製ファニチュアと同様に、活字版印刷の盛時には、メタル・ベースの類も「鋳型」をつくって大量生産していました。樹脂凸版を用いた印刷は、現在でも週刊の漫画雑誌などの印刷に使われていますので、大型のメタル・ベースであれば需要はあるのかもしれませんが、端物用の小さなメタル・ベースの供給は、これまた使いまわしによる需要の少なさのために、やはり製造が断絶している状態でした。ファニチュア同様、代替業者にアルミニウムの無垢板からの削り出しを試作してもらいましたが、活字といっしょに組み込んで印刷をするための凸版を貼りつけるメタル・ベースは、厳密な高さや寸法に加工するための技術とコストが、ファニチュアとは比にならないレベルで要求されるため、その商品化は現実味に乏しいものでした。それならむしろ、フレキシビリティのある木台をと、方向転換をしかけたそのときでした。わずかな情報だけをたよりに訪問した業者が、30 年ほど前までは、ほぼ一手にメタル・ベースを製造していた工匠であることがわかったのです。需要のなさから、残念ながら当時のような設備や型はもうずいぶん前に処分された後でしたが、勝手知ったる工匠は、わたしたちの訪問を喜んで迎えてくださり、メタル・ベースの供給再開を快く引き受けてくださいました。ここでも活字版印刷にいまなお愛着を抱きつづけている業者の心意気にふれることができ、こちらの胸も熱くなりました。こうしてアダナ・プレス倶楽部では、往時の精度と材料によってメタル・ベースを供給できる態勢が整いました。

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