鎌倉歴史文化交流館
企画展 没後800年 北条政子 ― 鎌倉を生きた女性たち ―
会 期 令和7年(2025年)12月13日[土]- 令和8年(2026年)2月28日[土]
開館時間 10時00分 - 16時00分(入館は15時30分まで)
休 館 日 日曜・祝日・休日
会 場 鎌倉歴史文化交流館 別館・考古展示室
〠 248-0011 神奈川県鎌倉市扇ガ谷1丁目5−1
電話:0467-73-8501 ファクス:0467-73-8545
▷ 利用案内・アクセス
観 覧 料 一 般 400〔300〕円 小・中学生 150〔100〕円
* 〔 〕内は20名以上団体料金
* 次の方は観覧料が無料となります。
障がい者手帳等の交付を受けた方と付き添い1名.
鎌倉市内在住の方と市内在学者(小学校-大学院)-要証明書の提示
主 催 鎌倉歴史文化交流館(鎌倉市教育委員会)
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嘉禄元年(1225年)7月11日、北条政子は69歳でその生涯を閉じました。前年には弟の北条義時が、同年には重臣の大江広元が亡くなっています。源頼朝亡き後の幕府を支えた人々が次々とこの世を去ったことで、鎌倉は大きな節目を迎えることになります。
政子の死から遡ること約50年。政子の運命は、伊豆に流されていた頼朝との出会いによって大きく変わりました。伊豆国に育った一人の女性は、やがて将軍の御台所となり、頼朝の死後は「後家(家長権の代行者)」として幕府を支えました。さらに3代将軍実朝の死後には「尼将軍」として幕府政治の実権を握り、動乱の鎌倉を導いていきます。同時代の僧・慈円は『愚管抄』で、政治家政子と京都の藤原兼子が面会し政治を動かす様を、「女人入眼ノ日本国(女性が仕上げをする日本)」と評しています。
一方で、政子は娘と息子を慈しみ、母としての顔を持つ女性でもありました。晩年には、非業の死を遂げた息子実朝や、20歳の若さでこの世を去った娘大姫のために、勝長寿院の傍らに新たな伽藍や自身の持仏堂と御所を建て、追福の日々を過ごしています。
本年は、北条政子の没後800年にあたります。本展では、政子の生涯をたどりながら、中世の鎌倉を生きた女性たちの姿と社会のありようを紹介します。
\ 展示予定品 /
北条政子坐像(安養院所蔵)、白衣観音図(寿福寺所蔵)、転法輪鈔・御成敗式目・極楽寺殿御消息(国立歴史民俗博物館所蔵)、頰焼阿弥陀縁起絵巻[模本](光触寺所蔵)、当麻曼荼羅縁起絵巻[模本]、永井路子原稿「北条政子」(鎌倉文学館所蔵)ほか 約50点
※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 鎌倉歴史文化交流館 ]


