【展覧会】神田日勝記念美術館|令和7年度特別企画展 二人の歩んだ道|’25年12月3日-’26年3月29日|開展壹个月

神田日勝記念美術館
令和7年度特別企画展  二人の歩んだ道
会  期  2025年12月3日[水]- 2026年3月29日[日]
会  場  神田日勝記念美術館 | KANDA NISSHO MEMORIAL MUSEUM
      〠 081-0292 北海道河東郡鹿追町東町3丁目2
      TEL:0156-66-1555 FAX:0156-67-7855  ▷ アクせス
休  館  日  毎週月曜日(祝日の場合は除く)、年末年始(12月29日-1月3日)、
      1月13日[火]、2月12日[木]、2月24日[火]
観覧料金  一 般 530円、 高校生 320円、 小中学生 210円、未就学児 無料
      * チケット各種・割引・優待情報、関連イベント情報などは下掲詳細参照。
協  力  小川原脩記念美術館
主  催  神田日勝記念美術館
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『神田日勝記念美術館 ✕ 小川原脩記念美術館所蔵作品交換展 二人の歩んだ道』展
本展は、倶知安町に生まれ、戦前は東京で前衛絵画を、戦後は郷里・倶知安に居を構えて60年以上制作を続けた画家・小川原脩(おがわら しゅう 1911-2002)の画業を顕彰する小川原脩記念美術館(倶知安町 – くっちゃんちょう)との所蔵品交換展です。
小川原の画業は、戦前のシュルレアリズムへの傾倒、戦後に入っての北海道的な題材への取り組みや、縄文文化・シャーマニズムへの接近、そして動物をテーマにした作品を経て、晩年のチベット・インドへの接近と、生涯にわたって様々な画風の変遷をたどりました。神田日勝(かんだ にっしょう 1937-1970)もまた、生涯を通じて、戦後社会派リアリズムや、ポップアートを思わせる色彩の氾濫、そしてアンフォルメルなど、自らの画風を最後まで模索し続けました。
また小川原は、犬や白鳥といった動物たちの姿に人間社会の構図を投影することで社会における在り方を表現しようと試み、日勝もまた農業に従事する傍ら身近な題材をもとに絵を描き続けることで、没個性化していく人間社会へ警鐘を鳴らしました。
戦後の激動の時代にあって、芸術を通じて自己の確立を目指した二人の画家。両者がそれぞれ歩んだ画業をご覧いただきます。

✼••┈┈┈┈┈┈••✼ 小川原脩記念美術館 ✼••┈┈┈┈┈┈••✼
半世紀以上にわたり倶知安に根付いた活動をしてきた画家を顕彰するため、1999年、倶知安町の市街からほど近い小高い丘の上にオープン。様々な切り口から小川原脩作品を紹介すると共に、地元ゆかりの画家・北海道の作家を紹介する企画展を開催。また多岐に渡るイベントを通じ、倶知安町民は元より、道内外、国内外の来館者に美術文化の伊吹を伝える。
見晴らしの良い土地、モダンな建物、コンパクトながら光に満ちた空間、羊蹄山を望むロビーからの景観など、鑑賞環境にも定評がある。
\ 小川原 脩(おがわら しゅう 1911年1月21日-2002年8月29日 /
北海道・倶知安町生まれ。旧制中学(現・倶知安高校)で油彩を始める。東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科に入学。在学中に「納屋」(1933年)が帝展に入選。卒業後、福沢一郎らと出会い前衛的な美術団体「エコール・ド・東京」「創紀美術協会」「美術文化協会」などの結成に参加。シュルレアリスム絵画への道を歩んだが、軍の規制が厳しくなり断念。その後、軍の命令により戦争記録画を制作。
戦後は郷里・倶知安に戻り、岩船修三、木田金次郎らと「全道美術協会(全道展)」の創立に参加。1958年、野本醇、因藤壽、穂井田日出麿らと「麓彩会」を創立。1975年、北海道文化賞受賞。1994年、北海道開発功労賞受賞。この年、小川原脩画集(共同文化社)を出版。
戦後、倶知安町に定住してから半世紀以上、新たな造形の可能性を求め続けた。とりわけ70歳を目前にして訪れた中国、チベット、インドでの体験を契機として創作の新境地を拓いた。

***** 神田日勝-KANDA NISSHO-の生涯 *****
北の大地で農民として生きながら、絵を描くことに短い命を燃やした孤高の画家、神田日勝〔かんだ にっしょう 1937-1070〕。彼の残した作品はいまなおその輝きを失わず、多くの人々の心をとらえています。
神田日勝は1937(昭和12)年、東京の練馬で生まれました。7歳のとき、一家は北海道の十勝に入植します。慣れない開拓生活の中で日勝は、農業に従事しながら、次第に絵画に情熱を傾けるようになります。
身近な生活に題材をとり、一筆一筆に魂をこめて描かれた力強いその作品は、徐々に高い評価を受けるようになりますが、新たな境地に踏み出そうとしていた矢先の1970年、病気のため、32歳の若さで亡くなります。最後まで描き続けた馬の絵は、半身が未完成のままでした。
     ―『神田日勝大地への筆触』展図録より(北海道新聞社、2020年)

※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 神田日勝記念美術館  小川原脩記念美術館