【展覧会】ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション|新しい南画の世界 ─ 浜口陽三と後藤理絵、重野克明、染谷悠子、西久松綾、吉増剛造 ─|’25年7月12日-9月21日|終了

ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
新しい南画の世界
── 浜口陽三と後藤理絵、重野克明、染谷悠子、西久松綾、吉増剛造 ──
会  期  2025年7月12日[土]- 9月21日[日]
休  館  日  月曜日(ただし 7/21、8/11、9/15 は開館)
      7/22[火]、8/12[火]、 9/16[火]は振替休館
      7/13[日]午後、7/26[土]午後、8/2[土]終日
開館時間  11:00 - 17:00  土日祝は10:00 -17:00(最終入館閉館30分前)
      ナイトミュージアム:会期中の毎月第3金曜日(7/18、 8/15、 9/19)は
      20:00まで開館(最終入館19:30)
入  館  料  大 人 600円  大 学、高校生400円 中学生以下無料
主催会場  ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション  
      〠 103-0014 東京都中央区日本橋蛎殻町1-35-7
      Tel:03-3665-0251 Fax:03-3665-0257 ▷ アクセス
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江戸時代、17世紀半ばに生まれた南画は、昭和前期まで文化の一大潮流でした。
浜口陽三の銅版画作品にも南画の影響があります。
この展覧会では、こころみに現代の中に南画をさがします。

美術評論家の洲之内徹は、「浜口陽三の仕事の根底には宋元写生画の構図が横たわっている」という。宋と元の写生画とは南画のことである。陽三の父君の第十代儀兵衛は、小室翠雲に師事して南画を学んだ。さらに数代前の浜口灌圃は、紀州の南画家の野呂介石の弟子だった。陽三と南画の世界との親和性は、浜口家の伝統である。詩と書と画、その三つを表現するのが正統的な南画家=文人画家だが、現在、その系譜に連なる作家はなかなか探せない。しかし、南画の伝統を意識しながら、新しい表現を模索する現代美術家や詩人、書家は存在し、活発な活動を続けている。
そうした南画のスピリットに照応しあう現代の作家たちの作品を展示することで、「新しい南画の世界」を表現したい。
             展覧会顧問:林 浩平 (詩人、前恵泉女学園大学特任教授)
        2017年NHK放送大学「文人精神の系譜-与謝蕪村から吉増剛造まで」

浜口陽三について
浜口陽三(1909-2000)は、1909年にヤマサ醤油株式会社の先々代の社長、濱口儀兵衛の三男として和歌山県に生まれました。
生家は、1645年以来お醤油造りを続けてきましたが、陽三は家業を離れて東京美術学校(現東京藝術大学)の彫塑科に入学しました。1930年には大学を中退してパリに渡り、油彩、水彩、銅版画など幅広い創作活動を行います。第二次世界大戦により帰国し、戦後の1948年頃から本格的に銅版画の制作を始めます。1953年に再び渡仏し、1955年頃からカラーメゾチントという銅版画技法を独自の解釈から開拓しました。
以来1957年のサンパウロ・ビエンナーレ版画国際部門での最優秀賞受賞をはじめ多くの国際美術展で受賞を重ね、世界を代表する銅版画作家の一人として広く知られるようになりました。1981年にはサンフランシスコに移り住み、それから15年間制作を続け、1996年に帰国、2000年に逝去しました。
高度な技術から生まれる繊細で静謐な作風は、他の追随を許さず、高い評価を獲得しており、エンサイクロペディア・ブリタニカの「メゾチント」の項目では、「カラーメゾチントの新しい版画技法を開拓した作家」と紹介されています。また銅版画家の南桂子は浜口陽三の妻。

※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション ]