カテゴリー別アーカイブ: 艸木風信帖

【歌舞伎座催し物】催し物 第五回 花篭でまなぶ、歌舞伎アートセミナー もっと知りたい! お香の世界とオリジナル匂い袋を作る! 終了企画

20180523105638_17XLMY0MUA催し物
第五回 花篭でまなぶ、歌舞伎アートセミナー
もっと知りたい! お香の世界とオリジナル匂い袋を作る!
【第1部】知られざる「お香の世界」
【第2部】オリジナル匂い袋を作ろう!
日  時  平成30年6月30日[土]14時ゟ * 受付13時30分ゟ
会  費  大人:3,800円(税込)
場  所  歌舞伎座3階『お食事処 花篭』
お申込み  歌舞伎座サービス株式会社 担当:本多・高野
      電話:03-3545-6820(午前10時-午後5時)
       こちら の用紙をダウンロードしてご利用いただけます。
      * ※事前予約をされた方には「ウェルカムドリンク」をプレゼント
      歌舞伎座 × 山田松香木店によるコラボイベント。70名様限定
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仏教の伝来とともに日本に伝わったお香。
古くは日本書紀にも記載のある「香木」、平安時代には「薫物」として教養と趣味の分野にも広がります。
創業、江戸・享保年間、今も京都に店を構える老舗「山田松香木店」の大杉直司氏を講師に迎え、6月30日[土]歌舞伎座 3 階お食事処「花篭」にて、「もっと知りたい!お香の世界とオリジナル匂い袋を作る!」を開催します。

【第1部】は、知られざる「お香の世界」
日本の香りの源「香木」、様々な「香木や香製品」、お香が歩んできた「歴史」、様々な種類の「香製品」などを紹介。貴重な原木や、お香を香炉で焚くなど、「お香」の楽しみかたを分かりやすく学んでいただきます。

【第2部】は、オリジナル匂い袋を作ろう!
様々な香りを実際に楽しみながら「匂い袋」を作ります。
8種類の香りから選んで調合!〝自分好み〟の世界に一つの匂い袋を作ってみませんか?

【詳細: 歌舞伎座 催し物

【なら旅ネット】唐招提寺 鑑真和上-がんじんわじょう-像(国宝)特別公開 6月5日-7日 終了

about_ph1唐招提寺
鑑真和上-がんじんわじょう-像(国宝)特別公開
開  催  名  鑑真和上像(国宝)特別公開
開催期間  2018年6月5日[火]-6月7日[木] 
時  間  09:00-16:00
開催場所  唐招提寺
問合わせ  電話 0742-33-7900(唐招提寺) 
料  金  通常拝観料600円+新宝蔵拝観料500円
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鑑真和上像は新宝蔵にて公開されます。
鑑真和上像が元々安置されておりました「御影堂」は現在修復工事中(2021年頃まで掛かる予定)ですので、それまでは御影堂も東山魁夷の襖絵も、唐招提寺での公開予定はございません。

<唐招提寺とは>
唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山です。
多くの苦難の末、来日をはたされた鑑真大和上は、東大寺で5年を過ごした後、新田部(にたべ)親王の旧宅地(現在の奈良市五条町)を下賜されて、天平宝字3年(759)に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開きました。
「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺としてはじまった当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけでした。
金堂は8世紀後半、鑑真和上の弟子の一人であった如宝の尽力により、完成したといわれます。
現在では、奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える、貴重な伽藍となっています。

about_ganjinph2<鑑真大和上-がんじんだいわじょう 688-763年>
唐の揚州に生まれ、14歳で出家し、洛陽・長安で修行を積み、713年に故郷の大雲寺に戻り、江南第一の大師と称されました。

天宝元年(742)、第9次遣唐使船で唐を訪れていた留学僧・栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)から、朝廷の「伝戒の師」としての招請を受け、渡日を決意。その後の12年間に5回の渡航を試みて失敗、次第に視力を失うこととなりましたが、天平勝宝5年(753)、6回目にして遂に日本の地を踏まれました。
以後、76歳までの10年間のうち5年を東大寺で、残りの5年を唐招提寺で過ごされ、天皇をはじめとする多くの人々に授戒をされました。
その渡航の様子は、「東征伝絵巻」(重文)に描かれています。

【詳細: 唐招提寺 なら旅ネット 】 [写真画像は WebSite 唐招提寺ゟ]

【祭り】なら旅ネット|吉野路エリア|黒滝村| 河分-かわわけ-神社夏祭り 6月3日 終了企画

河別神社夏祭り-なら旅ネット

なら旅ネット|吉野路エリア|黒滝村|
河分-かわわけ-神社夏祭り
開催期間  2018年6月3日[日]
開催場所  河分神社-かわわけじんじゃ-
問合わせ  電 話 0747-62-2031(黒滝村役場)
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黒滝村の村内各所で五穀豊穣を慶び催されます。河分神社(中戸地区)では餅まきなどもおこなわれ、境内にはたくさんの人〻で賑わいます。
* 近鉄下市口駅から笠木・洞川温泉・中庵住行きバス「総合センター前」下車、コミュニティバス乗換「川戸」下車すぐ。

【詳細: なら旅ネット

【祭り】あいさこいさ祭り ── 春の伊勢街道おかげ祭り (奈良県宇陀市)6月3日 終了企画

おかげ祭り

あいさこいさ祭り
── 春の伊勢街道おかげ祭り (奈良県宇陀市)
開催期間  2018年6月3日[日] 午前10時-午後4時まで
開催場所  奈良県宇陀市 会場:近鉄榛原駅南口広場、駅前、新町、東町周辺
問合わせ  電話 0745-82-2211(宇陀商工会 おかげ祭り実行委員会)
      https://www.facebook.com/aisakoisa/
料  金  参加無料

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伊勢街道沿いに栄えた宿場町の風情が残る榛原駅周辺のまちなかを、地元の学生と市民が、お店や楽しいステージイベントで盛り上げます。古刹宗祐寺では毎年恒例の、寺×ロックの融合「寺ロック」も開催。日ごろ静かな境内がライブ会場に!

同日には宇陀のおいしいものが集まる「宇陀マルシェ×産直市場」もすぐ近くで開催!

< 関 連 情 報 >
寺ロック「寺ロック」(注)11時30分開場予定 * 開場前は入山できません。あらかじめご了承ください。

【詳細: 宇陀市 公式ホームページ

【奈良国立博物館】 春の庭園開放 ── 初夏の庭園を散策 4月21日[土]-6月10日[日]終了企画

奈良国博庭園

奈良国立博物館
春の庭園開放
4月21日[土]-6月10日[日]まで
奈良国立博物館の初夏の庭園を散策していただけます。
◇ 開放時間  9:30-17:00(毎週金・土曜日は18:00まで)
  (ただし、当日の観覧券等が必要となります)
 ※ 入場は閉園の30分前まで
 ※ 月曜日休園
 ※ 天候・イベント等で開放中止の場合あり
 ※ 関野ホール は公開しておりません
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写真左上《茶室 八窓庵》
奈良国立博物館の中庭にある八窓庵-はっそうあん-は、もとは興福寺の大乗院庭内にあった茶室で、含翠亭-がんすいてい-ともいい江戸時代中期に建てられた。江戸時代の名茶人、古田織部(ふるたおりべ 1544-1615)好みと伝えられる多窓式茶室として有名。この茶室と、興福寺塔頭慈眼院の六窓庵 (ろくそうあん 現所在:東京国立博物館)、東大寺塔頭四聖坊の隠岐録(おきろく 東京へ移建ののち戦災で消失)と称される茶室とあわせて「大和の三茶室」といわれていた。

この八窓庵は、地元に永久保存されることを望む奈良在住の篤志家数名の努力によって当時の帝国奈良博物館へ献納されたもので、明治25年(1892)に博物館の敷地に移設された。
様式は四畳台目下座床で、草庵風になっており、入母屋造り茅葺で、天井は床前から点前座にかけて蒲天井とし、残りは化粧屋根裏になっている。

 
写真右下《仏教美術資料研究センター》
仏教美術資料研究センターは、仏教美術に関連する調査研究資料の作成・収集・整理・保管と、関係する図書・写真などの公開を目的として昭和55年(1980)に設置された。
建物は、明治35年(1902)竣工、同年奈良県物産陳列所として開館し、県下の殖産興業と物産の展示販売をおこなう施設として利用された。設計者は、建築史学者で当時奈良県技師として古社寺保存修理事業に尽力した関野 貞(せきの ただし 1867-1935)による。「関野ホール」は同館内中央部にあるアトリウム風のホールである。
その左右対称の優美な姿は、宇治の平等院鳳凰堂を彷彿させ、景観ともなじむ和洋折衷の名建築とされ、昭和58年(1983)1月7日に重要文化財の指定を受け、同年奈良国立博物館が管理するところとなった。
現在は同館の仏教美術資料研究センター(平成元年開館)として活用されている。

【詳細: 奈良国立博物館  同 施設案内

{ 新宿餘談 }
興福寺と春日大社にいだかれるように展開する「奈良国立博物館」の庭園は、知られざる名庭園です。寺社めぐりだけでなく、同館「青銅器館-坂本コレクション」も息を呑む迫力です。なら旅のあたらしい楽しみにぜひ。 参考:奈良国立博物館メルマガ No. 155 

〔弥生三月春をまつ〕きょうは冴返る朝だったが 空中庭園にもすこしずつ春が ……

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歳時記でいう ── ようやく暖かくなりかけたのに、また寒さがもどってくることを「冴え返る」という。凍イテ返る・寒戻るともいうし、余寒・春寒ともいう。
ようするに今朝(3月8日)は息が白くなるほど寒かった。

翻然とまた敢然と冴返る  相生垣瓜人

無精で寒がりの「空中庭園造園家」を見るに見かねたのか、ノー学部がヒヤシンスとマーガレットのような、黒ポットにはいった小鉢を(勝手に)花屋から購入してきた。
野面で摘んできた艸花をこのみ、花屋の植木鉢で育った花卉を苦手とするやつがれ、そのまま放っておいた。急速にマーガレットの花勢が衰微してきたので調べたら、ちいさな黒ポットのなかで根がすっかり巻いていた。あわてて大きな鉢に植え替えをしたら、また元気を恢復した。
けさは余寒にも負けず敢然と冴返っていた。

【催事】王子装束稲荷神社 初午 2月7日[水]開催

王子装束ゑの木 大晦日の狐火王子装束ゑの木 大晦日の狐火 国立国会図書館 請求記号:寄別1-8-2-1

〔活版 à la carte 関連既出情報:【催事】{歌川広重 王子装束ゑの木 大晦日の狐火}再現 第25回 王子 狐の行列 大晦日夜九時ゟ
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2-2
北区教育委員会
装束稲荷神社 しょうぞくいなりじんじゃ
東京都北区王子2-30-13

昔は、この辺り一帯は一面の田畑で、とても寂しい場所でした。その中に榎エノキがあり、装束榎と呼ばれていました。
大晦日になると関東一円の狐が榎のもとに集まり装束を整え、近くの王子稲荷神社へ初詣をしたという伝説があり、 広重の浮世絵にも描かれています。榎は現存しませんが、現在は榎のあったそばに装束稲荷神社と装束榎の碑があります。
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名所江戸百景

浮世絵師歌川(安藤)広重の最晩年の風景版画のシリーズ。版元は魚栄で、安政三年(一八五六)から同五年にかけて出版された。総数は、二代広重の「赤坂桐畑雨中夕けい」の一枚を加えて、百十九枚である。
広重はこのシリーズの構図構成で、中景を廃して、近景と遠景だけで作画しており、広重ブリューといわれる藍をいかした着彩法を用いて、画趣に富んだ作品としている。また彼の作画上の特性である雪・雨・霧・月などを活用して、情調的な図を多く描いている。

なかでも「大はしあたけの夕立」「王子装束ゑの木大晦日の狐火」「深川洲崎十万坪」は三役物とされ、「日本橋雪晴」「廓中東雲」「墨田河橋場の渡かわら竈」「隅田川水神の森真崎」「真乳山山谷堀夜景」「糀町一丁目山王祭ねり込」「浅草川首尾の松御厩河岸」「昌平橋聖堂神田川」「赤坂桐畑」「駒形堂吾嬬橋」「亀戸天神境内」「佃しま住吉の景」「京橋竹がし」「猿わか町よるの景」「両国花火」「目黒太鼓橋夕日の岡」「御厩河岸」「愛宕下藪小路」「虎の門外あふひ坂」「深川木場」「千住の大はし」「よし原日本堤」などが佳作とされる。全作品は『浮世絵大系』一六・一七に収められている。(参考:『国史大辞典』吉川弘文館)
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王子村
[現]北区王子一-六丁目・王子本町一-三丁目・十条台一丁目・東十条三丁目・岸町一-二丁目

十条村の南にあり、南は王子川(石神井川)を隔て滝野川村。荒川の右岸に臨む地であったので元来は岸村といったが、紀州熊野の若一王子(にやくいちおうじ)宮(現王子神社)を勧請してから王子村に改めたと伝える(風土記稿)。日光御成道が南東から北西に通る。
田園簿には王子村とあり、田-八八石余・畑-三九石余。内訳は王子権現領二〇〇石・江戸芝愛宕権現領一一〇石余・浅草幸龍寺領一八石余。王子権現領は天正一九年(一五九一)、幸龍寺領は寛永二年(一六二五)、芝愛宕権現領は同一三年に与えられており、いずれも朱印地で(寛文朱印留)、幕末まで変わらない(旧高旧領取調帳)。
文化・文政期の家数八六(風土記稿)。安政二年(一八五五)の家数九一・人数五四九、馬二。日光御成道両側に茶屋が並んでいた(「川口・岩淵宿組合地頭姓名其外書上帳」永瀬家文書)〔中略〕。

王子村の鎮守は王子権現。このほかに稲荷社(岸稲荷、現王子稲荷神社)があり、寺院には王子権現・稲荷両社の別当寺として古義真言宗金輪寺(現真言宗霊雲寺派)があった(風土記稿)。
稲荷社は関東所々の稲荷明神の棟梁といわれ、毎年一二月晦日の夜に関八州の狐が集まって狐火をともすといい、地下人らはこの火を見て翌年の作柄の良し悪しを判断した(江戸名所記)。これは狐火会とよばれた(風土記稿)。
飛鳥山の花見などと合わさって一八世紀半ばから参詣者が増加し、周辺に料理屋・茶屋が多くできた。文政七年(一八二四)の江戸買物独案内には王子稲荷前の料理屋海老屋喜左衛門・扇屋安右衛門の店がみえている。参道で土産として売られた狐の紙人形は、江戸時代後期には暫狐などのように歌舞伎役者の舞台姿を写した絵柄となった。(参考資料:『日本歴史地名大系』平凡社)

王子狐

王子装束稲荷

{とどめの蛇足}
はつ‐うま 【初午】
2月の最初の午の日。また、その日に行われる各地の稲荷神社の祭礼。
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というわけで、蛇足がながくなりましたが、

2月7日[水]、装束稲荷神社 初午

2月の午の日は稲荷神社の祭日です。
今年の初午は2月7日(水)、二の午は19日(月)です。
装束稲荷神社では社務所で火防凧をお頒ちします。
甘酒の接待もご用意しています。ぜひお参りください。

【詳細情報: 王子狐の行列 】 ☆初出:01月23日

【研究会】 糸・紙・繊維・布 ─ 原 啓志さん 亜麻の花と亜麻の種

原さん_亜麻01原 啓志さん水彩画  亜麻 ( Flax ; Linum usitatimum

高級リネンが 書簡用紙として
シガレットペーパーとして
コスメテイックペーパーとして生まれ変わる 〔原 啓志〕

亜麻 ( Flax ; Linum usitatimum )は、中央アジアおよびアラビア原産の一年生草本で、直径約 2 mm の茎が真っ直ぐ 1 m 程度まで生長する。
北緯40-50度の地域では、春に播種し、夏から秋にかけて開花、結実する。
暖かいナイル川流域では秋に播種する。
生育には100-120日、降雨量は 700 mm を必要とする。
下部の葉が落ちる頃、刈り取り又は引き抜き、川や池に浸けて精練(レッティング)を行った後、砕茎、打麻(スカッティング)により、長繊維(ライン)さらには亜麻布(リネン)を得る。この時に派生する短繊維(トウ、ウェイスト)の一部を亜麻パルプの原料とする。

エジプトの遺跡から発見された最古の布は亜麻でできていた。この後ピラミッドから発掘された見事な亜麻布は、ニューヨークのメトロポリタン博物館にもたくさん保管されている。
日本への渡来は1690年頃に製薬用の亜麻仁油を採るために栽培されたのが最初であり、明治に入って繊維用の栽培が北海道で初めて成功したが、現在日本ではほとんど栽培されていない。

ところで1100年から1700年頃にかけて、欧米各地に伝播した製紙における最初の原料は襤褸(ボロ)であり、木材パルプが作られるようになるまでは、衣料襤褸がおもな製紙用の原料であった。
中でもリネン襤褸は強度その他の特性から、高級筆記用紙、書簡用紙、高級ボンド紙、特殊薄葉紙、たばこ用巻紙、脂取り紙などに使用されてきた。
日本製紙パピリア株式会社ではこうした亜麻の特性を生かして、高級書簡用紙、印刷用紙のエクロンライティングのほか、旧三島製紙株式会社が創業以来生産している、たばこ用巻紙、脂取り紙などをつくっている。
ベルギーにある国立亜麻博物館に栽培されている亜麻の原種は、あまり背が高くなく、茎も分岐しているが、可憐な美しい花を有史以来咲かせ続けている。

原さんresized【 原 啓志 (はら-ひろし)さん プロフィール 】
・ 1949年  佐賀県生まれ 幼少時より東京北区で育ち、王子の「紙の博物館」が遊び場だった
・ 1973年  東京農工大学卒業  三島製紙株式会社入社
・ 1984年  農学博士(東京大学)
・ 2008年  日本製紙グループの事業再編に伴い、三島製紙株式会社が日本製紙パピリア株式会社となる
・ 2013年  日本製紙パピリア株式会社常務取締役を退任
・ 2014年  高知県製紙工業会紙産業特別技術支援員(2017年3月契約終了)

この間、三島製紙株式会社・日本製紙パピリア株式会社の、開発室長兼開発研究所所長、吹田工場長、原田工場長、本社技術開発本部長、高知工場長を歴任。
1981年と1989年に紙パルプ技術協会賞受賞。

和紙、非木材繊維、パルプ、紙の表面性、吸液挙動等の研究、シガレットペーパー、情報記録用紙、薄葉印刷用紙、ケナフ紙などの特殊印刷用紙、透き入れ紙、特殊紙の開発を手がけるほか、ISO 9000 シリーズ、PL 法対策にも関与。
紙や特殊紙の講演、執筆も多数。
ヨーロッパの手漉き紙に日本の山野草や小動物などを描いた個展を開く。
洋風の食材をモチーフにしたイラストとデザインで、1997全国カレンダー展日本印刷産業連合会会長賞を受賞など趣味も多い。
著書 : 『紙のおはなし』(日本規格協会)、『印刷用紙とのつきあい方』(印刷学会出版部)
共著 : 「最新加エガイド」、「特殊機能紙」、「現代デザイン事典」、「おもしろい繊維のはなし」、「紙パルプ技術便覧」、「紙パルプ事典」ほか

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「十年ひと昔」という。このごろは「うしなわれた20-25年」ともいう。
製紙業界の中枢にながらく勤務された原 啓志さんとの交流は1992年にはじまった。すなわち「ふた昔半」前からのおつき合いであり、「経済一流、政治三流」とみずから嘯き、外国から揶揄されていたわが国が、国勢の下降をはじめた「失われた20-25年」と合致する。

20171012151428_00001 20171012151428_00002中国最古の字書『説文解字』(後漢の許慎著)より <糸 ・ 糸編の字の一部>
『説文解字』(中国紫禁城図書館 黄山書社 2010年 宋版徐本の復刻本)

25年前とは、やつがれが40代後半、原啓志さんが40代前半、まさに元気と勇気と遊気は旺盛だった。それでもいつお会いしても、「昔はよかった …… 」 というようなはなしに堕することがないことがうれしい。
はじめは「草-ケナフから紙をつくりたい」というやつがれの無謀なこころみが縁だった。
’70年代から中国にいくことが多く、宏大な大地における木材資源の枯渇を眼前にし、その地の十数億のひとたちの、印刷用紙・生活用紙・包装用紙の使用が漸増から激増するのをみて危機感をいだいた。
それで木材資源にかえて「草-ケナフから紙をつくりたい」と希望したが、当時はそんな試みは無謀とされ、たれも耳を貸さなかった。ところがそんな逆風のなか、たった一社、ひとり三島製紙の漢 オトコ たちが協力してくれた。

原さんはいかにも技術者らしく冷静にかたられた。
「草の繊維から布や紙をつくっていたのは、木材パルプよりずっと古い歴史があります。できないことはありません」
紆余曲折はあったが、こうして誕生したのが「ケナフ100」であり、その用紙をもちいて『 Y・M・D-モノ・ヒト・デザイン 飛躍する地場産業への提言』(五十嵐威暢企画、マギー・キンザー佐伯著 1993 品切 朗文堂)をつくって、フランクフルトのブックメッセに出展した。
日・英二ヵ国語表記であったが、メッセでは「草からつくった図書」として話題になった。9784947613097DSCN8199 『 Y・M・D-モノ・ヒト・デザイン 飛躍する地場産業への提言』のときは、その用紙を「ケナフ100」と呼び、いわば小社による三島製紙株式会社への特注品ともいえる、別寸特漉き印刷用紙だった。

《 文字百景 1995年6月-1999年12月 印刷用紙にケナフ100を全冊採用 》
B6 判中綴じの小冊子『文字百景』(組版工学研究会 朗文堂)百冊を、1995年6月-1999年12月、四年半ほどのときをかけて発行した。
印刷用紙は当時の三島製紙「ケナフ100グリーンエイド 四六判横目70kg」、題字製作 : 美登英利さん、フォーマット製作 : 白井敬尚さんであった。
「文字百景と謳ったんだから、百冊だすぞ」、と威勢はよかったが、当初は20-30冊も発行できれば……と内心はおもっていた。幸いおおくの協力者を得て百冊の刊行を終えた。
上掲写真は合本で、国立国会図書館、印刷図書館などが所蔵している。
20171030115826_00001 20171030115826_00002 20171030115826_00003「草からつくった紙-ケナフ」のことはあらかたここにしるした。関心のあるかたは PDFデーターからお読みいただきたい。『文字百景 022』 紙をつくってみました(1996年6月)

〔参考 PDF データー made of kenahupaper 18.70MB 〕 

《朗文堂愛着版『花あしび』(堀 辰雄著)に透かし紋様を入れた特注図書用紙を製造》

Bashibi[1]花あしびによすタイポグラフィつれづれ艸  花あしびによす

あえて朗文堂愛着版と謳った。この図書『花あしび』(堀 辰雄著 2000年 朗文堂)にはつよいおもいいれがあり、また故堀辰雄の夫人:堀多恵子氏の支援もいただいていた。
『花あしび』(堀 辰雄著)の本文用紙は三島製紙「オークバルキーオペーク グリーム」を選択した。
この用紙の原材料はカナダ産の広葉樹を中心としたパルプ材からつくられるもので、図書としての保存性を重視し安定した品質の「中性紙」で、わたしたちの要求にもっともちかい、すぐれた性質を有しており、また小社では書物用紙として普段から使いなれていた。

基本的な用紙の品質や印刷適性は安定していたのでなんの問題もなかったが、それでも市販品としての「オークバルキーオペーク クリーム」をそのまま使用したわけではなかった。
当時は「花あしびスペシャル」とよんでいたが、汎用性のたかい書物用紙を、『花あしび』専用に三島製紙に依頼して、「別寸特抄き」によって、透かし紋様(Water mark)をいれて抄造することにした。

書物としての風合いと重厚感をねらって、すこし厚くて重めの斤量、一平方メートルあたり104.7 g、すなわち四六判千枚あたりの重量が 90 キログラムで、一枚あたりの紙厚が 0.125 mm になる用紙を特別に注文した。
そして原材料のパルプ材には、「なにも足さない、なにも塗らない」を基本として、スーパーカレンダーにつよい圧力をくわえず、やわらかくて、やさしい、しなやかな風合いをねらってつくられた。

書簡用紙とは異なり、書物の本文用紙に透かし紋様をいれるばあいは、あくまでも印刷適性を損なわず、平滑性がある用紙にしあげることがもとめられた。またこの用紙が、印刷、製本などの工程をへて一冊の書物となったときに、あらかじめ指定した基本位置にマークが配置されるように工夫することももとめられた。
そもそも透かし紋様とは、全体が均一で平滑性のあることを目指す印刷用紙に、あえて不均一な部分を加えることになる。この二律背反した要求にこたえるために、すべての抄造工程や、寸法誤差や、紙の収縮を考慮したうえで、マークの形状や、おおきさをきめることがもとめられた。

そのために三島製紙株式会社の力づよいバックアップをいただき、何度か朝四時起きで東名高速道をはしり、三島製紙の主力工場:原田工場に出向いた。朝八時に三島に到着、当然そこには開発室長兼開発研究所所長の原 啓志さんがにこやかに出迎えてくれた。
ともかく巨大で精緻な、用紙の抄造機をみるとわかるが、恣意的で独断的な紋様を工場側に押しつけるだけでは、透かし紋様の抄造には困難をきたすことになる。

『花あしび』の企画では、透かし紋様自体が目的ではなく、堀辰雄先生へのオマージュがもともとのねらいだったから、多恵子夫人から拝借した、故堀辰雄氏愛用の印鑑「堀」の印影をもとに、極力抄造の作業が容易になるように、開発担当者:原 啓志さんの意見をうかがいながらマークの形象に検討をくわえた。
透かし紋様の技術には、用紙にたいして、マークの部分が凸状になる「黒透かし」と、マークの部分が凹状になる「白透かし」と呼ばれる技術がある。
『花あしび』には、マークは凹状の「白透かし」が実施されている。
これらの詳細は<『花あしび』制作ノート>にしるされ、『花あしび』と同梱で販売された。
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《共通の友人:古澤省吾さんから 亜麻 の種子をお分けいただいた》
古澤省吾さん2017.08.15resized古澤省吾さんは神田駿河台で商事会社「株式会社 エヌ・ビー・アール」を営まれている。
きわめて行動力のあるかたで、いずれ本欄でも紹介したい魅力的なかたである。

たまたま同社の事業に「亜麻」があり、種子をすこしお分けいただいた。古澤さんは亜麻のやわらかい種子(仁)から、「亜麻仁油」を製造販売されている。
亜麻は冒頭の原 啓志さんの水彩画のように可憐な花が咲くらしい。そして糸ができ、布ができ、紙ができ、種子からは油ができるらしい。小社のノー学部育種科が夢中になるのもむべなるかなである。公開画像によれば下掲写真のようになる。
いまから播種のとき、春の到来と、「艸木風信帖」への報告がまたれるこのごろである。
亜麻の花

【艸木風信帖】 07 10月上旬「おかわかめ」が開花。どうかこのあいらしい姿を見て欲しい

DSCN3774 DSCN8259-627x470[1]《吾らが おかわかめ は愛称で、正しくはアカザカズラというらしい》
小社に「おかわかめ倶楽部」なるふしぎな会があって、数名の会員が存在している。
おそらくノー学部が気まぐれに、どこかから一鉢の「おかわかめ」を入手して、その挿し芽やムカゴをあちこちに配布したものらしい。{文字壹凜 おかわかめ Summary

吾が「空中庭園」にもすこしだけ植えてみた。はじめは緑のカーテンになることを期待していたが、かなり暴れもののつる性植物で、いつのまにかベランダの手すりに巻きついて繁茂していた。それと水遣りの難しい場所に鉢を移動したので、施肥もままならず、そのまま放っておいた。
九月上旬に東京でかなりの降雹があって、「おかわかめ倶楽部」会員からの被害報告がつづいた。幸い空中庭園での被害は軽微だった。
IMG_7756-627x627[1]ちょうどその頃、いつも莨(艹+良い → タバコ・莨は個人の意見にあらず。辞書にあたっていただきたい。Tabaco ポルトガル語、ひとにより煙草ともしるす)を買いにいく食材店の店頭に、沖縄食材のゴーヤとならんで、「おかわかめ」がパックいっぱいに入って売られていた。葉は肉厚でおおきく、周縁部にいくぶんうねりがある迫力あるものだった。悔しいが、吾が「空中庭園」のそれとは比較にもならない質量感があった。

食材店の店頭からゴーヤとおかわかめが消えてしばらくときが経過した。10月初旬、吾が空中庭園のおかわかめが花をつけた。開花はほとんど期待していなかったのでうれしかった。この花から種子ができるのかを調べようと手許の辞典にあたった。

そもそも「おかわかめ」は近年の愛称らしく、専門的にはアカザカズラ(学名: Anredera cordifolia)とされ、ツルムラサキ科のつる性多年草である。
南アメリカ原産の野菜で、観賞用にも栽培される。 多肉質の葉とムカゴを持ち、ながいつるとなって繁茂する。食用植物としては、生ではとても苦いので、ゆがいておひたしにしたり、味噌汁の具などに供される。このときの食感がぬるぬるとした粘りがあって、海のワカメに似た食感となる。これがして「オカヒジキ」と同様に「おかわかめ」とされたようである。

その栄養価は、葉物野菜の中では高く、葉酸、カルシウム、ビタミンA、ミネラルが豊富とされ、地下茎から葉、茎までのすべてが食用になる。こうした効用があるために近年では薬用植物として注目され、雲南百薬、琉球百薬とも呼ばれている。

「おかわかめ」の花はちいさな花弁ではあるが、淡黄色で房状をなし、ブドウの房のようにどんどん垂れさがってくる。そしてわずかな香りがあって、「紫蘇の花に似ている」と家人はいう。この花が種子となるのかはまだわからないが、ムカゴをドンドンつけるので繁殖には問題はなさそうである。

おもしろいことにグーグルの画像集には「おかわかめ」の画像が相当量紹介されていたが、食材としての葉の紹介や、調理後の写真がおおおく、開花報告は少なかった{グーグル おかわかめ画像集}。
考えてみれば、食用として栽培していれば、開花前に食してしまうことになるし、緑のカーテンのように観賞用としての栽培でも、10月中旬ともなればもはやその役割をおえているためとおもわれた。

つる草で観賞用の花としては春の藤が知られるが、「おかわかめ」は花の観賞用とはされていなかったので、たれもその開花に関心をむけなかったのかもしれない。
したがってモデルさんとしての「おかわかめの花」は写真映えはあまりないが、ここにご報告した次第である。
DSCN3771

【艸木風信帖】 06 新潟県長岡市の会員「紙漉 サトウ工房」さんからトロロアオイと吾亦紅の開花のお便りをいただきました

【紙漉 サトウ工房 佐藤徹哉さんからのメール】

サラマ・プレス倶楽部の皆さま
ごぶさたしております。
『 Salama Press Club NewsLetter  Vol. 35 』無事に到着しております。
会報誌35号表紙resized

『 Salama Press Club NewsLetter  Vol. 35 』 (Previous 2017 )
表紙使用活字 : 36 pt.  セントール〔Centaur〕、 18 pt.  花形活字
★ 【会員からのお知らせ】
新潟会員 紙漉き「サトウ工房」佐藤徹哉さんからの「良寛と巻菱湖」展報告レポート

秋のバタバタにとり紛れ、お礼遅くなり申し訳ありませんでした。
ひと月ほど前からでしょうか、種を分けて頂いた背の高い方のトロロアオイ〔東京都あきる野市五日市町由来〕がようやく花を咲かせています。よかったです。
この先が心配になるほど肌寒くなったと思ったら、明日はまた暑くなるとか、ややこしい陽気で勘弁してもらいたいですが、皆さまどうかお体に気をつけてお過ごし下さい。
それではまた!
* 
紙漉 サトウ工房 佐藤徹哉
新潟県長岡市軽井沢
IMG_3086【サラマ・プレス倶楽部から 紙漉 サトウ工房さんへの返信メール】

紙漉 サトウ工房
佐藤 徹哉 様  奥 様

こちらこそご無沙汰いたしております。
このたびはサラマ・プレス倶楽部会報誌に寄稿くださりありがとうございました。
おかげさまで、今号は充実した掲載内容となりました。
 
また今般はトロロアオイの写真を添付くださりありがとうございます。
吾亦紅 ワレモコウ とトロロアオイが一緒に咲いている風景をはじめて見ました。なんと風情があることでしょう。
両方の花の色や質感、大きさの対比も素敵ですね。トロロアオイの花の芯と顎の赤茶色がかった部分の色と、吾亦紅の渋みのある赤との色味に共通するものがあり、とてもおもしろいコラボレーションですね。
 
ご報告が遅れましたが、佐藤さんからいただいた背の低いトロロアオイの種から、田中智子さんが育てた株に、花が咲いた写真と記事を サラマ・プレス倶楽部の website に掲載しておりますのでご覧ください。
このように背の低いトロロアオイを鉢植えにしたものを写真で見ると、なんだか黄色いハイビスカスの鉢植えにも似て見える気がします。
 
気温の変化の激しい時節ですし、これからますます紙漉きのお仕事のお忙しい季節到来
となるのではと思います。
佐藤さんも奥さんも、お身体をおいたいのうえ、どうかお健やかにお過ごしください。
朗文堂 サラマ・プレス倶楽部  大石 薫

{文字壹凜 トロアオイ Summary

鹿児島イベント DSCN7733[1] DSCN7734[1]2014年 Viva la 活版 薩摩 dé GOANDO  出品作品紹介

【 テーマ 】     コトバと活字
【 作品名 】    連作 『 秋 』 より ― 吾 亦 紅 ―
【 作者名 】    桐島カヲル ( Lingua Florens )
【 版式 ・ 技法 】  文字 : 凸版 ( 活字版印刷 )  図版 : 凸版 ( 樹脂凸版 )

吾 亦 紅 ―― ワレモコウ ――
―― 野辺に咲く すべての紅い花を集めよ ――
と命じた殿様の
帰路を眺める いにしへの女 ひとり
―― ワレも紅ナリ ――

気位という 衣を纏い
乞うことも 恋がれることもなく
古血の味のみぞ知る

さりとて
女は産まれながらにして 女
そしてまた
女は枯れ尽き果てて なおも 女

【艸木風信帖】 05 晩夏を彩る〝さるすべり 百日紅 漢名:紫薇 シビ〟と 安立院戒壇石〝葷酒山内に入るを許さず〟

谷中サルスベリ0909夏の気候が不順だった。夏のあいだに啼き足りなかったのか、気息奄奄たる蟬が一匹、とぎれとぎれに鳴いていた。あしもとの草叢からはすだく蟲の音が聞こえていた。
09月09日[土]、蒼空は抜けるように晴れわたっていた。

<平野富二生誕170年祭>のもろもろの準備のため、日吉、玉井、時盛さんらと谷中一円を散策した。道中サルスベリの古木に紅の小花が群がり咲いていた。最近の街路樹用に品種改良されたものとは違って、幹はうねりながら平滑で、瘤も多く、まさしく猿も滑りそうな「さるすべり 百日紅」であった。漢名は「紫薇 シビ」としるす。
谷中掃苔会170909谷中霊園の平野家塋域で、三時間ほどをかけていくつかの刻字を採取した。写真右端の玉井玉文堂は、日頃の寝不足と拓本採取作業で疲れてほぼ半睡状態だった。
採拓に立ちあいながら、もっぱら「石に字をきざむ」ことを考えていた。このごろは「彫る」とすることが多いが、明治期の石工はこうしたことば乃至は字をほとんど石にのこしていない。

石工がのこした字は「刻 コク ・ 鐫 セン ・ 雕 チョウ」である。
「鐫」は字音はセン、意読はのみ・えるであるが。名詞は木石をうがつための金属ののみで、動詞では鋭い刃物で木石に深くうがち、ほりさげるの意となる。
白居易・青石にこんな用例がある。「不鐫実録鐫虚辞 → 実録を鐫らず虚辞を鐫る」
類字語に「鑿」がある。すなわち「鐫・鑿」は、金属ののみで木石を深く掘りさげ、うがつことであり、「ほる」ことではない。

「雕・彫 チョウ」はきわめてちかしい字音と字義ではあるが、やはり「雕と彫」では意味領域が異なる。「雕」は名詞では猛鳥わしの名で、動詞では「きざむ。える」の意となる。
台湾ではいまだに手技によって版木に字をきざむ工匠がいて、その作業状景を見ればおよそ「彫る」という字ではあらわせないことが明白となる。当然雕字ないしは刻字とあらわす。

雕字や刻字が、手技にかえて「機械彫刻」となり、サンドブラスト技法となった現代では、いかにも雕刻機ではすわりがわるく、わが国では「雕」の字が次第にもちいられなくなりつつあるのかもしれない。技術の変化は、ときとしてことばと字を滅ぼすことがある。
こんな時代背景がある故に「雕チョウ と 彫 チョウ」というふたつの字画があり、それは異体字とはされないのである。
「彫刻」という、これらの字義を包摂する、あまりにも便利な字句を創出したのは、わが国の近世においてであるようである。

01_DSCN362707_DSCN3632このときも、いくつかの刻字をながめながら、「石に字をきざむ」ことを考えていた。
ふるい資料で、恥ずかしながら、まだ「彫刻」ということばにもたれかかっている部分があるが、このURLの片隅に<石のエクリチュール>と題した PDF 8.41MB がある。リンクを設定しておいたので、秋の夜長にご笑覧賜れば幸甚である。 
石のエクリチュール長養山安立院山門170909 _安立院戒壇石170909谷中めぐりと採拓作業を終えて、日暮里駅に向かう途中、安立院の近くの木陰で水分補給を兼ねて一服した。
山門前の戒壇石に、お定まりの「葷酒山内に入る許さず」とあった。「葷 クン」はネギやニラなどの臭気のつよい野菜で、「酒」はいわずと知れたサケ。

友人に曹洞宗の僧侶がいるが、酒豪かつ愛煙家でもある。禁酒を強いられた僧侶の隠語では、サケを「般若湯」とする。したがって葱(ネギ)や韮(ニラ)、そして酒は禁止でも、莨(たばこ)と般若湯(さけ)なら許されるらしい。
ちなみに「草冠 艹 に 良し」とする「莨」は、字音は「ロウ」であるが、意読では「たばこ」であり、煙草(えんそう・たばこ)と同義でもある。ふつうに変換するから試していただきたい。
字とことばとは、玄妙であり、また便利かつ危ういものでもある。
「不許葷酒入門内」の戒壇石は秋のやわらかい陽光をあびて重かった。

艸木風信帖 文字壹凜Summary } 

【艸木風信帖】 03 トロロアオイの開花報告をいただきました。ゆく夏を惜しんで大輪の花があでやかです

田中01 田中02サラマ・プレス倶楽部会員/田中智子さんから、新潟紙漉サトウ工房からお分けいただいた矮性のトロロアオイの開花報告をいただきました。
ことしの天候はどこか不安定でしたが、花のすくない晩夏の時期でも、つぎつぎと大輪の花をつける健気なトロロアオイです。
田中さんは五日市の軍道紙工房由来のトロロアオイの育成経験がおありですが、おなじ品種とはおもえない茎のみじかさにおどろかれていました。
夏、ほんとうに終わるんですね。

【艸木風信帖】 02 長崎中島川と1982年長崎大水害の記憶

中島川桃渓橋から上流方向をのぞむ

長崎中島川桃渓橋 桃渓橋解説 宮川雅一氏と平野の会《35年前のあの日、長崎大水害が発生した ときの長崎市助役:宮川雅一氏を訪ねた》
蝉が啼いていた。
長崎の夏は、照葉樹「樟の樹」照りかえしもあって、ひときわ暑く、汗が滴りおちる。

平野富二生誕170年とあわせ、<「平野富二生誕の地」碑建立有志会>の古谷昌二さん、平野正一さんと長崎を訪問。
いまから35年前、1982年(昭和57)7月23日かつてない驟雨が長崎を襲い、おおきな被害をもたらした。世にいう{長崎大水害}である。
そのとき長崎市の助役であったのが宮川雅一氏。現在は長崎都市経営研究所所長・長崎市史談会顧問。{ 文字壹凜 Summary
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あれから35年、半壊状態となった眼鏡橋も再建されて、長崎の町は力づよく復興した。中島川と西島川の合流地点を中心に河川整備もすすんだ。
それでもことしは福岡県と大分県の県境付近に集中豪雨が発生し、甚大な被害をもたらしたばかりであり、複数のメディアから宮川雅一氏へ、復興をめぐる体験の取材が続いているということであった。
桃渓橋は観光名所「眼鏡橋」からほんのすこし上流にある。西道仙揮毫になる橋名碑も健在だった。川面をわたる一陣の涼風が心地良かった。

【艸木風信帖】 01 梅雨があけました 日本の夏のはじまりです

DSCN285607月19日、例年よりふつかはやく関東地方に梅雨明けが発表されました。
ことしの梅雨は不安定で、九州での集中豪雨があり、全国各地で低気圧の影響で颱風なみのおお荒れの天候の日もありました。
被災地の皆さまに心からお見舞い申しあげますとともに、皆〻様はご健勝にて梅雨を乗りきられましたでしょうか。
DSCN2854 DSCN2835 DSCN2831吾が「空中庭園」では、梅雨明けをむかえて矮性の「百日紅 サルスベリ」が薄紫の花をつけ、日ごとに色を濃くしています。
またうっかりすると見落としてしまいますが、観葉植物として知られる「ワイヤー・プランツ」もあえかな花をたくさんつけ、蜜蜂のお気に入りのようです。
これから「日本の夏」です。暑さにまけず、カラッと元気におすごしください。

【よき日がいつも-日日之好日】*05 わかれの弥生三月、であいの卯月四月。艸花が満開です。|’15年3月31日|終了

《 年度末、弥生三月も終わります。 それでもベランダのいきものたちは元気です 》

オレンジ ・ フユシラズ  ツルコザクラ
DSCN8558 
鹿児島うまれのいちご ( 品種忘却 )
DSCN8563
五代友厚 ( 幼名 : 才助 ) 生誕の地から採集した サイスケ
DSCN8561ムルチコーレ
DSCN8572野沢菜-2015年01月01日播種。 花咲くはずが葉が茂るばかり
DSCN8568ウーパールーパー四世。名づけてウパシロウ。
DSCN8581 DSCN8578

《 三月三日は桃の節句、ひな祭 》
桃ならぬ、梅たよりが、南国九州から届いたのがちょうどこのころであった。

東風コチ吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ

この歌を詠んだのは菅原 道眞(すがわら の みちざね  845〔承和12〕-903〔延喜12〕)である。道真は平安時代の貴族であり、右大臣にまで列せられたが、宇田上皇と醍醐天皇との争いに際して誣告され、大宰権帥 ゴン ノ ソツ に左遷された。
その道真が、京のみやこをさる時に詠んだのが<東風 コチ 吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ>である。

菅原道真は大宰府へ左遷され、この地で没した。
その死後に天変地異が多発したことから、朝廷に祟りをなしたとされ、その鎮魂のために天満天神として祀られ、信仰の対象となり、現在は学問の神として親しまれている。
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《 【朗文堂ブックコスミイク】 『わたくしは日本国憲法です。』 を <朝日新聞>東京版 ・ 山梨版が連続紹介 》
弥生三月は、いわゆる年度末でもあった。 ひとつの区切り目としてなにかとあわただしくなるときでもある。
2015年03月03日、『 朝日新聞 』 朝刊 第29面(東京)に 『 わたくしは日本国憲法です。』 が紹介された。 引きつづき、
2015年03月11日、『 朝日新聞 』 朝刊 第29面(山梨)に 『 わたくしは日本国憲法です。』 が紹介された。
< 憲法 > の周辺に暗雲がみられるこの頃である。 ご愛読をお待ちしたい。
【 関連URL : 『 朝日新聞 』 朝刊 第29面(東京)

顔写真鈴木篤氏 小

プリント
わたくしは日本国憲法です。

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著   者 : 鈴 木  篤  すずき あつし
発   行 : 2014年07月26日 
定   価 : 本体 1,200 円+税(四六判 ソフトカバー 190 ページ)
      ISBN978-4-947613-90-5 C0036
おちかくの有力書店、オンライン ・ ブックショップでお求めください。
直送は送料別途請求にてたまわります。
朗文堂 営業部 : 160-0022 東京都新宿区新宿2-4-9
            Telephone 03-3352-5070
             Facsimile   03-3352-5160
                              http: //www.ops.dti.ne.jp/~robundo
             E-mail :  robundo@ops.dti.ne.jp

【 新刊案内 : ブックコスミイク 私は日本国憲法です。
【 関連情報 : ブログロール 弁護士 鈴木 篤 のつれづれ語り

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《 03月14日[土] 【朗文堂ブックコスミイク】   出版記念講演会 髙野 彰 『洋書の話』を語る を開催 》

講演会web

【 出版記念講演会 】
髙 野 彰 『 洋書の話 』 を語る
◯ 日   時  :  2015年03月14日[土] 14:00 - 16:00
◯ 会   場  :  東洋美術学校 D 棟 学生ホール
◯ 主   催  : 朗 文 堂
◯ 後   援  : 学校法人 専門学校 東洋美術学校 産学連携事務局
P1160931P1160924P1160929[ 会場写真提供 : 中村将大さん ]

カバー表1

洋 書 の 話

◯ 著  者 : 髙  野   彰
◯ 発行日 : 2014年11月13日(初刷り)
◯ 発  行 : 朗  文  堂
◯ 定   価 : 本体3,700円+税

2015年02月12日より 第二刷り発行
A5判 並製本 ジャケット付 263 ページ
ISBN978-4-947613-91-2

【 リンク : [朗文堂ブックコスミイク 新刊紹介] 洋 書 の 話  髙 野 彰 著

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《03月17日[火] 新宿私塾第25期修了》

私塾25期修了

2014年09月30日[火]  新宿私塾入塾式の記録
新宿私塾第25期修了式15.3.17_022015年03月17日[火] 新宿私塾修了式の記録

新宿私塾では、タイポグラフィにおける 「 知 ・ 技 ・ 美 」 のみっつの領域で、バランスのよい学習をモットーとしている。 それはまた 「 知に溺れず、技を傲らず、美に耽らず 」 という、つよい自戒をともなうこととなる。
新宿私塾第25期は、爽秋の2014年09月30日にスタートし、ほぼ正月休みもなく開講され、早春の2015年03月17日に修了した。

開塾から半年後、修了式当日の、自信にあふれた塾生の皆さんの、お顔と、お姿を紹介した。
出会いはうれしく、別れはさびしいものである。 それでも皆さんは多くの収穫をもって新宿私塾を修了され、造形界の前衛としておおきく羽ばたき、旅だっていった。
新宿私塾は、タイポグラフィの前衛としての連帯感をもって、修了生の皆さんをいつでもあたたかく迎え、活躍のようすを見守り続けている。

DSCN8566額 田 王  ぬかたのおおきみ
冬ごもり 春さり來れば 鳴かざりし 鳥も來鳴きぬ 咲かざりし . . . . . .

私塾26期募集終了今回は一般公募はありません。ご了承ください。

【 リンク : [新宿私塾] 新宿私塾第25期 全課程を修了いたしました

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《 03月18日[水] ちいさな勉強会-再発足 》

かつて朗文堂には<ちいさな勉強会>があり、そこから誕生した図書や研究がたくさんあった。  今回誕生した<ちいさな勉強会>も以前と同様に、規模の大小や、動員人数の多寡を問わずに、自然に、自発的に発生した勉強会である。 詳細報告はいずれ。 

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《 03月19日[木] [活版カレッジ] 冬期昼間部講座 全課程を修了 》

活版カレッジ < 活版カレッジ 冬期講座 > は、2015年01月08日から開始され、03ヶ月間、全09回の講座がつづき、03月19日に修了した。
ここのところ、< 新宿私塾 > の修了生が < 活版カレッジ > へ、その逆に、< 活版カレッジ > の修了生が < 新宿私塾 > へと、両講座の交流もめだってきている。
DSCN7934DSCN7516 <活版カレッジ>は、朗文堂 アダナ ・ プレス倶楽部の直接指導により、本格的な活字版印刷術の知 ・ 技 ・ 美 の 三領域を バランス良く学ぶ場である。
今回の 「 2015年冬期講座受講者 」 の皆さんは、お若いかたばかり、男性女性各二名、愛知県からご参加の受講生もいた。 三月間とはいえ少人数かつ濃密な内容なので、最終日の03月19日は、さすがに皆さん別れがたいおもいがあって、ちいさな懇親会 兼 お別れ会を開催されていた。

DSCN8566額 田 王    ぬかたのおおきみ 
あかねさす  紫野行き  標野行き  野守はみずや  君が袖振る

それでも 《 活版カレッジ 》 修了生は、ほぼ毎月 < 活版カレッジ アッパークラス > が開催されているし、さまざまなイベントでの再会や、もはや伝説と化しつつある < お餅と餃子の忘年会 > はますます盛況である。これからも、しばしばお会いできることになる。
<活版カレッジ>春期夜間講座は一般公募を経ずに、事前予約者をもって、まもなく、2015年04月09日[木]から開始される。

【 リンク: [活版カレッジ] 冬期昼間部講座 全課程を修了しました

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《 03月21日[土] MATSYA GINZA  ターシャ ・ テューダー展、新宿中村屋 中村屋サロン美術館 》

< ターシャ ・ テューダー展 > の図録を製作された レッツ ・ ラーン ・ スタジオ/出原 速夫さんのご紹介で、銀座松屋にでかけた。  会場は女性客でぎっしり満員の大混雑。
人混みの苦手なやつがれ、参観はほどほどに、エレベータホール前に避難して、同行したノー学部の参観終了を待つ。 ほかにもご同類とおもえるオヤジが数人いた。  たまたま視線が合って、お互い苦笑い。

銀座は苦手なので、地下鉄で新宿に移動。 新宿中村屋のサロン美術館を訪問。 ちいさいながらも充実した作品で堪能した。 報告が遅れている<碌山美術館>ともども近日中に紹介したい。
ひさしぶりの充電の一日ではあったが、どうやらこのとき風邪をひいたようで、いまもって鼻がグズグズしているし、ときおり喘息の発作にみまわれ、結構ひどいことになっている。 それでもタバコをやめないので、たれにも同情してもらえない。 まぁそれでもいいけどネ。

20150312144204579_0002ガーデニング ・ 絵本 ・ ドールハウス  愛する暮らし
生誕100年 

ターシャ・テューダー展

◯ 会  場 : 松屋ギンザ 8 階イベントスクエア
◯ 日  時 : 2015年3月18日[水]-2015年4月6日[月]
<最終日は17:00閉場 ※入場は閉場の30分前まで>
◯ 入場料 : 一般 1,000円
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アメリカ ・ バーモント州の山奥で、ガーデニングを楽しみ、92歳で亡くなるまで創作活動を続けた 絵本作家 ターシャ ・ テューダー ( 1915年-2008年 )。
子育てを終えたターシャは、大好きだったコーギ犬やペットのチャボと共に、鶏や山羊を飼い、毎日の生活のほとんどを手作りするライフスタイルを続けました。 その合間に絵を描き続け、70年間に発表した絵本は約100点にのぼります。
 [ 会員の レッツ ・ ラーン ・ スタジオ/出原 速夫さんからのご紹介です ]

【 リンク : [会員からの情報] ターシャ ・ テューダー展 MATSUYA GINZA 】

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《 03月23日 タイポグラフィブルグロール花筏、活版 à la carte に ふたつの桜餅を紹介 》

この記事は愛読者に楽しんでいただけたようである。 閲覧カウンターが伸びている。
桜餅にこんなふたつの分布があったことには、やつがれもおどろいた。 2つの櫻餅〈 花の春を待つこころ ―― 梅だより、櫻前線 〉

ことしの冬はことのほか寒かった。 また、おおきな事件や暗い話題も多く、世相はおもくよどみ、みんながコートの襟を立て、背中をまるめて黙黙とあるいていた。
だからこそ、太宰府からつたえられる梅だよりにこころをなぐさめられ、いまは櫻前線の北上を待ち望んでいる。

こんなときのお茶うけにぴったりなのが < 桜餅 > である。
ところがこの < 桜餅 > はチト厄介な呼称であることに気づかされた。 つまり 地方 ・ 地域 ・ 出身地によって < 桜餅 > の素材と形態と呼び名までがおおきく異なるのである。
みそ ・ 醤油をふくめ、食品全般にわたって地域性がある。 それらはおおむね、関東風 ・ 関西風などに大別できるが、< 桜餅 > のばあいは、まだらというか、アメーバー状にふたつの < 桜餅 > が分布しているのが特徴である。

DSCN8369

 【 正岡子規 】  花の香を  若葉にこめて  かぐはしき  桜の餅 モチヒ  家づとにせよ

【 リンク : よき日がいつも-日日之好日*04 ふたつの桜餅

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《 03月27-28日 [アダナ ・ プレス倶楽部]  第18回 活版ルネサンスフェアを開催  》
好天にめぐまれ、多くの来場者をお迎えした。活版ルネサンスの確かな手応えを感得した二日間でもあった。
活版印刷実践者は堅実に増加をつづけている。 したがって活版印刷関連の機材や資材を切れ目無く供給できるように、今後とも努力をつづけてまいりたい。

活版ルネサンスWeb

*   *   *
と き * 2015年03月27日[金]  28日[土] 13 : 30 ― 19 : 00
ところ * 朗 文 堂 4F-B
160-0022  新宿区新宿2-4-9  中江ビル 4 F
Telephone  : 03-3352-5070
[ 来場ご案内マップ ]
*   *   *
 春うらら、梅たよりもチラホラきかれる良い時候になりました。
いよいよ創作の春がはじまりました。 皆さまお元気にてご活躍のことと存じます。
《 活版ルネサンスフェア 》 は、通常 春と秋の 2 回にわたって開催され
アダナ ・ プレス倶楽部会員、活版造形者、活版ファンの皆さまを対象に
活版印刷関連の新製機器と、資材、そして一部は中古品の
活版関連機材 ・ 資材の 展示即売会 です。
手狭な会場ながら、 貴重アイテム、 マニアックな商品が溢れています!
春の創作シーズンに、このチャンスをぜひともお役立てください。
DSCN8591DSCN8593DSCN8584DSCN8601DSCN8602【リンク:第18回 活版ルネサンスフェア開催! 終了しました

──────────
《 03月31日[火]、2015年度、平成26年度
の終了。みそか。あすからは卯月四月がはじまる 》
今週だけは < 新宿私塾 > < 活版カレッジ > も開講されない、しずかな週である。
さようなら、またお会いしましょう……、を繰りかえした三月でもあった。 集うては散じ、別れがあっても、また出会うことで活力が生じる。 そんな三月の日日であった。
DSCN8617 DSCN8614 DSCN8609 DSCN8608 DSCN8618 DSCN8619 DSCN8621きょうで弥生三月は終わる。 あすからは卯月四月である。
新宿御苑が櫻の名所になって人混みがひどい。 櫻はあわただしく咲き、ひと雨で散り敷く。だから はかなさ の象徴でもある。
入苑券売り場が長蛇の列をなしているので、脇の遊歩道で花の散策をしてきた。 写真は、櫻、ミモザ、山吹、三椏ミツマタである。
卯月四月、春のいぶきに背をおされ、あたらしい道を歩みだすときでもある。

【日日之好日】デンデン虫のでん助 大脱走 !!|’14年6月3日|終了

S E A R C H  W A R R A N T

カタツムリ コト 「でん助」
北海道美唄 山林うまれ。年齢不詳
趣味/水浴び。 容姿/かわいい。

2014年 冬眠から目覚めたでん助 昨年晩秋、冬眠前のでん助

 《暑さ、寒さも彼岸まで とか……。むかしのひとは、いいことをいいました》
ことしの冬はどうやら「かみ雪」だったようである。どうやら「かみ雪」とは信州長野の里俗・方言らしい。信州では晩冬のころ、「かみ雪」が降ったから、もうすぐ春だ……などといった。
もともと豪雪地帯とされる、信越国境の信州北部や、北アルプス山麓の信州西部などでは、例年になく、ことしはかえって降雪量が少なかったという。
ところが、かつては台湾坊主といったとおもうが、南方からのしめった低気圧(南岸低気圧)が急速に発達し、北方寒気団と衝突して、例年ほとんど降雪をみない太平洋岸の、おもわぬところで、記録的な豪雪をみた。

ところで弥生 三月がおわり、卯月ウヅキ 四月を経て、皐月サツキ五月となったとおもったら、はやくもカレンダーの半分、水無月ミナヅキ六月となった。
03月06日[木]は、冬ごもりをしていた虫がはいでるという「啓蟄 ケイチツ」の日であった。
まこともって良くしたもので、昨年の11月ころから、いくら室内が騒然としていても、吾関せずと、すっかり冬眠をきめこんでいたカタツムリの「でん助」(北海道美唄山林うまれ。趣味/水浴び。年齢不詳)も、ながい冬眠から醒めて、旺盛な食欲を発揮しはじめた。
03月18日[火]が彼岸の入り、03月21日[金・祝日]は春分の日、すなわち春の彼岸の中日であった。

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いずれにしても、カタツムリの「でん助」は、アダナ・プレス倶楽部の会員、とりわけ<活版カレッジ>の皆さんにかわいがられていた。
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《梅雨入り前の酷暑の五月の末、でん助 大脱走》
脱走の直前まで「でん助」は、趣味の水浴びをたのしんでいた。
それが飼育箱のふたをこじあけて、忽然と姿を消したのは、ノー学部が購入して、活版カレッジの皆さんにも勧めていた<美肌パック-かたつむりの分泌液>のせいではないかと、やつがれはうたがっている。
脱走前のデン助 今日も水遊び 脱走のまえぶれはこれか? 脱走のまえぶれ?なにぶん気はちいさくて、感受性ゆたかな「でん助」である。
また女性とは、こと美肌とか美容の話題になると熱中する悪弊がある。したがって、室内の女性陣の不穏なふんいきと、怪しい会話、
「デンデン虫の分泌物って、お肌にいいらしいわよ~」
と、夢中になっている会話内容と、ときおりチラチラと「でん助」を見やる、ただごとならぬ視線などを敏感に察知して、
「もしかすると自分も分泌液を搾り取られ、<美肌パック-かたつむりの分泌液>の素材にされるのではないか !? 」
と、懼れ カツ 怯えたのではなかろうか。
そしてみんなが帰った夜更にいたり、なにわともあれ体液を絞りとられてはかなわぬと、精一杯の努力をして、飼育箱の扉を無理矢理押しあけ、孤独な大脱走をしたのではないかとおもっている。

デンデン虫の「でん助」は、どこに消えたのか消息不明である。
まさかうまれ故郷の北海道美唄にもどったとはおもえず、好きだった野菜などをあちこちにおいて登場をまっている。いつかまた、冬眠から目覚めたときのように「でん助」が元気にうごきまわる姿をみたいものである。

S E A R C H  W A R R A N T

カタツムリ コト 「でん助」
北海道美唄山林うまれ。年齢不詳
趣味/水浴び。 容姿/かわいい。

【日日之好日】弥生三月終了|桜花爛漫の春、デンデン虫のでん助も冬眠から目覚めました|’14年3月18日|終了

2014年 冬眠から目覚めたでん助 昨年晩秋、冬眠前のでん助《暑さ、寒さも彼岸まで とか……。むかしのひとは、いいことをいいました》
やつがれは信州信濃、豪雪地帯の出身なのに、寒さには滅法よわい。
「きょうは寒いぞ~、オイオイきょうもすごく寒いぞ。これじゃあ 凍え死んじゃうぞ!」
と、日日毎日、
嘆き悲しむ ? ながく、つらい冬であった。

ことしの冬はどうやら「かみ雪」(信州長野の方言らしい。信州では晩冬のころ、「かみ雪」が降ったから、もうすぐ春だ……などといった)だったようで、もともと豪雪地帯とされる、信越国境の信州北部や、北アルプス山麓の西部などでは、例年になく、かえって降雪量が少なかったという。
ところが、かつては台湾坊主といったとおもうが、南方からのしめった低気圧(南岸低気圧)が急速に発達し、北方寒気団と衝突して、例年ほとんど降雪をみない太平洋岸の、おもわぬところで、記録的な豪雪をみた。
被害にあわれた皆さまにお見舞い申しあげたい。

ところで弥生 三月もきょうでおわり。あすからは卯月ウヅキ 四月となる。
ここしばらく、卒業式や謝恩会なのか、羽織・袴で着飾った女子学生が、うれしそうに街なかを闊歩していた。卒業とは羽ばたきのときであり、また、別れのときでもあるのだが、みんなあでやかで屈託無い。ところで、男子学生諸君はどこにいったのだ-というほど存在感がなかったなぁ。
寒い間はチンマリとしていたやつがれも、お彼岸とともにポチポチうごきはじめた。

03月06日[木]は、冬ごもりをしていた虫がはいでるという「啓蟄 ケイチツ」の日であった。
まこともって良くしたもので、昨年の11月ころから、いくら室内が騒然としていても、吾関せずと、すっかり冬眠をきめこんでいたカタツムリの「でん助」(北海道美唄山林うまれ。趣味/水浴び。年齢不詳)も、ながい冬眠から醒めて、旺盛な食欲を発揮しはじめた。
03月18日[火]が彼岸の入り、03月21日[金・祝日]は春分の日、すなわち春の彼岸の中日であった。

《春の三連休、03月21日[金・祝日]は、春分の日、土曜、日曜と三連休だった》
年度末のバタバタの渦中であったが、そこは忙中の閑。
とりわけ春分の日は内輪の祝いごとがあったので、プチ贅沢をして、新宿駅前、明治通りにある〈 全聚徳 新宿店 〉のランチにでかけた。
全聚徳 ゼンシュウトク自慢の北京ダック(家鴨・アヒル)は、夜のコース料理ではそこそこの値段だが、そこはランチ、昼からロースト・ダックでもないから、さほどの値段ではない。

全聚德烤鴨店【 百度百科:全聚徳 】の本店は、中国・北京のふるい繁華街、前門地区にあり、王府井ワンフウチンの店ともども、どんなガイドブックにも紹介されるほどの人気店である。
店はおおきな大廈ビルで、各階が中央大ホールといくつもの小部屋からなっていて、地元客は大ホールで実ににぎやかに飲食する。宴会客や観光客などの団体は、小部屋(といっても20-30人は入れるひろさだが)に案内されるようだ。

かつて北京の全聚徳ゼンシュウトクにふたりでいったことがある。予約ができなかったので、開店直後の17時に店に飛びこんだ。おかげで行列にならぶこともなく、すぐにフロアの端のちいさなテーブル席に案内されたが、巨大な北京ダックをふたりで食べられるわけもなく、半身だけを注文した。
それでも、ダックだけで満腹になり、ほかの料理は勿体ないことに、ほとんんど残す仕儀となったことがある。
中国料理のレストラン全般にいえることだが、気の措けない仲間、それもできるだけ5-6人(乃至はその倍数。台湾小皿料理とちがって、中国料理の大半は、5-6人前がひと皿となることが多い)でいったほうが、いろいろな料理が楽しめてよい。

DSCN3454 DSCN3457DSCN3476DSCN3472DSCN3449全聚徳 新宿店のエレベーター前のホールには、ふるき よき 北京-老北京とおなじ、くすんだ灰色の煉瓦が積まれていた。北京城区(旧市街)の景観保存地区では、この重い灰色煉瓦の使用が義務づけられている。花のすくないこの時期のことゆえ、全聚徳 新宿店には蘭の花がたくさんおいてあった。
満席の客のなかには健啖家
がいて、ランチに北京ダックをとっていた。これはもちろん、飲茶-ヤムチャセットほどの軽い食事にしたやつがれのものではない。ところが写真をみると、やつがれ、いささかあさましくも箸をとめ、羨ましげであり、物欲しそうでもあるようだ。

《近くて遠い、新宿御苑 遊歩道を散策》
目と鼻の先にあるのに、かえって訪れることがすくないのが新宿御苑である。
全聚徳でのランチのあと、腹ごなしをかねて新宿御苑にたどりついた。うららかな陽気にさそわれて、ひとあしはやい花見客で入場券売り場は混んでいた。
人混みの苦手なやつがれ、苑内にはいることなく、外周の遊歩道での散策にきめた。ここはふるくは玉川上水路の一部であり、いまは地下トンネルからの湧水をひきこんだ水路があって、ひとどおりもすくなく、都心とはおもえない閑静な風情がある。

新宿御苑の遊歩道にも様様な艸木がある。梅はなごりの花になっていたが、陽だまりで、気のはやい櫻がひと枝、花をつけていた。水路沿いには、赤花三椏ミツマタ【三枝、三又。ウィキペディア:ミツマタ】も、蕗フキも花をつけていたし、樹木のあたらしい芽もだいぶふくらんで、若葉が萌える新緑のときも、すぐそこまできている気配だった。
三椏ミツマタは枝分かれするとき、かならずみっつにわかれて枝をのばすので、この名がうまれたという。ご存知のように、この樹皮は手透き紙の良質な材料となる。また氏姓のひとつ「三枝 さえぐさ」も、この灌木にその氏姓の源流があるとされる。
DSCN3483 DSCN3501 DSCN3496 DSCN3507 DSCN3510 DSCN3515 DSCN3524 DSCN3523《朗文堂の脇をかすめて、さらに散歩。最後は熱帯魚屋で餌の購入》
遊歩道を途中で脱出して路地にはいった。
たまたま佐々木さん(アダナ・プレス倶楽部会員、活版カレッジ修了)【 ウィキペディア:佐々木勝俊 】が開店準備作業中のところを通りかかった。

佐々木さんはもともと「タモリ倶楽部」の構成作家などで活躍するテレビ業界のかたで、自称「構成雑家」である。そんなひとが、活版造形に取り組んだり、スタンド・バーをひらいたりされる。多彩なひとであり、人生をめいっぱい楽しもうとされる粋でもなかたでもある。
アダナ・プレス倶楽部と活版カレッジには、ちいさな集団に逼塞している、ステレオタイプのデザイナーばかりでなく、時折こうした異色にして異能なかたがお見えになるからおもしろい。

そこから朗文堂は徒歩2-3分というところであるが、この日は脇をかすめて、新宿三丁目の寄席「末廣亭」にむかう。演目がすこし好みとちがったので、「末廣亭」向かって左脇の「喫茶 楽屋」に寄った。
ここは文字どおり、噺家などの末廣亭の芸人のたまり場で、昭和のかおりがそのままのこる喫茶店である。たそかれときのためか、ほかに客はたれもいず、貸し切り状態で珈琲とたばこを一服した。珈琲の味はしるさない。次回はお汁粉にしよう。ふんいきと居心地の良さで納得した。

帰りがけに、火の精霊にして、わが家の珍獣・怪獣・猛獣 !? 「サラマンダー/ウパるん、ウパらん」の餌と水草を買いに、花園神社前の熱帯魚屋に寄った。
早春の一日、総歩行距離は、はろばろと3,500メートルほど(3.5キロトモ)になろうか。だいぶくたぶれた。
DSCN3525 DSCN3526 DSCN3531DSCN3535 《そして、03月31日-櫻花爛漫の春をむかえる》
春分の日から10日、03月31日[月]、東京の櫻はみごとに開花した。まさに櫻花爛漫、百花繚乱の春。
あす、04月01日[火]からは、早速、新宿私塾第24期の第一回目講座が開始される。
来週からは活版カレッジ春期講座もはじまる。
アダナ・プレス倶楽部からは、新機種 Salama-21A の発売も開始される。
4月中だけでも、《欧文書体百花事典 普及版 刊行記念講演会 第2回》、《活版ルネサンス》とふたつのイベントもある。

卯月ウヅキ 四月、まさに、出会いの時、スタートのときである。
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