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【展覧会】中之島香雪美術館|特別展 大原美術館所蔵 名画への旅 ― 虎次郎の夢|’26年1月3日-3月29日|開展九周

中之島香雪美術館
特別展
大原美術館所蔵 名画への旅 ― 虎次郎の夢
会  期  2026年1月3日[土]- 3月29日[日]
休  館  日  月曜日(祝・休日の場合は開館)
開館時間  10時 - 17時(入館は16時30分まで)
      夜間特別開館:毎週金曜日
      10時-19時30分(入館は19時まで)
会  場  公益財団法人 中之島香雪美術館
      〠 530-0005 大阪府大阪市北区中之島3-2-4 
      中之島フェスティバルタワー・ウエスト 4階
      TEL:06-6210-3766 FAX:06-6210-4190 ▷ アクセス
料  金  一 般 1,600(1,400)円、高大生 800(600)円、小中生 400(200)円 
      * ( )内は前売り・20名以上の団体料金
      * チケット各種・割引・優待情報、関連イベント情報などは下掲詳細参照。
協  力  公益財団法人大原芸術財団、高梁市成羽美術館
主  催  公益財団法人香雪美術館、朝日新聞社
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大原美術館は1930年に我が国初の西洋美術館として誕生し、まもなく創立100年を迎えます。長い歳月の間に、収蔵品は多岐に拡充され、いまや国内屈指の美術館として広く親しまれています。
しかしその始まりは100点に満たない西洋の絵画と彫刻でした。いずれも洋画家、児島虎次郎が単身でヨーロッパに渡り、現地で買い付けたもので、購入にあたっては、倉敷紡績株式会社二代目社長、大原孫三郎の資金的援助がありました。「日本の人々に本物を見せたい」―― 若き二人のこの思いが、やがて大原美術館の設立につながります。しかし児島虎次郎は、「夢」の実現を目にしないまま、1929年に世を去ります。
本展は、2025年春に児島虎次郎記念館が開館し、児島への関心がいっそう高まる中、創立100年を目前にした大原美術館の改修工事にともなう休館により、「これぞ名品!」というにふさわしい作品を館外で展示することが可能となった貴重な機会となります。エル・グレコ《受胎告知》、ポール・ゴーギャン《かぐわしき大地》、クロード・モネ《睡蓮》など、ベルギーから始まる児島虎次郎の足取りを辿りながら、さまざまな名画を尋ね歩く旅にも似たひとときを、どうぞごゆっくりお楽しみください。

\ 公益財団法人 香雪美術館について /
朝日新聞社を創設した村山龍平と、跡を継いだ村山長挙の古美術コレクションをもとに、香雪美術館が昭和47年に設立されて38年が経ちました。この間、理事長は設立者である長挙を筆頭に、村山藤子、村山美知子と三代にわたり、村山家から美術品に加え、明治、大正期に建てられた洋館、和館、茶室棟や自然豊かな庭園が順次寄付されました。さらに、美術系学生への奨学金制度を設けるなど、美術館の担う社会的責務は年を追うごとに重さを増しています。
こうした中、公益法人制度が1世紀ぶりに改革され、平成20年に新制度が施行されました。香雪美術館はこの機に、美術を愛し、この国の文化向上を願った村山龍平と歴代理事長の志に改めて思いを致し、将来にわたって館の運営を揺るぎないものにするため、公益財団法人となる道を選択しました。
日本、東洋の古美術の優品と、歴史を刻む近代建築の保存、調査を進めるとともに、文化的体験の機会を提供する公益活動を通して、かけがえのない文化財と設立以来の志が確実に未来へ引き継がれることを心から祈念します。
               平成22年11月1日
               公益財団法人 香雪美術館 理事長 村山美知子

大原美術館:改修工事に伴う長期休館のお知らせ ── 長期休館日:2026年2月9日-4月24日
※ 中之島香雪美術館は博物館登録制度での 登録博物館 です( 文化庁 博物館総合サイト )
※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。

[ 詳 細 : 中之島香雪美術館 ]

【展覧会】公益財団法人大原芸術財団 大原美術館 倉敷考古館|企画展 1925| 大原美術館会場 1925:ピカソ・フジタ・ヤクシジ ― むすび100年前 ’25年10月2日-12月21日|倉敷考古館会場 1925:百年前の考古學 ― 好古から考古へ|’25年10月3日-12月21日|終了

公益財団法人 大原芸術財団  大原美術館 倉敷考古館
企画展 1925
◇ 企画展「1925」 大原美術館会場
1925:ピカソ・フジタ・ヤクシジ ― むすび100年前
◇ 企画展「1925」 倉敷考古館会場
1925:百年前の考古學 ― 好古から考古へ
会  場  大原美術館、倉敷考古館
      ◇ 大原美術館 本館5・6室
      〠 710-8575 岡山県倉敷市中央1-1-15
      TEL 086-422-0005  ▷ アクセス・問合せ
      ◇ 倉敷考古館
      〠 710-0046 岡山県倉敷市中央1-3-13
      Tel : 086-422-1542   ▷ アクセス
会  期  ◇ 大原美術館
      2025年10月2日[木]- 12月21日[日]
      休館日:月曜日 * ただし10月13日[月・祝]、11月3日[月・祝]、
      11月24日[月・振休]は開館 
      ◇ 倉敷考古館
      2025年10月3日[金]- 12月21日[日]
      休館日:月・火・水・木曜日 * ただし10月13日[月・祝]、11月3日[月・祝]、
      11月24日[月・振休]は開館
開場時間  ◇ 大原美術館
      9:00 - 17:00 (最終入場は16:30まで)
      * ただし12月2日[火]-12月21日[日]は9:00- 15:00(最終入場は
      14:30まで)、いずれも大原美術館本館の開館時間に準じます。
      ◇ 倉敷考古館
      10:00 - 16:00 (最終入場は15:30まで)
      * ただし12月5日[金]-12月21日[日]は10:00-15:00(最終入場は
      14:30まで)、いずれも倉敷考古館の開館時間に準じます。
入場料金  相互割引があります。 ▷ 入場料金
主  催  公益財団法人大原芸術財団
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 ☆ Art 瓦版 掲載図版のほとんどは図版をクリック or タップすると拡大表示されます ☆

◇ 大原美術館
今から100年前の人々は、何を見て、考え、受け止め、創り出していたのでしょうか。目の前を自動車が通り過ぎ、汽車、汽船や飛行機による移動が身近になる。また、ジェンダー、階級や民族の枠組みを飛び越える新しい女性ギャルソンヌ、ないしはモボ・モガが街を歩く。家ではスイッチひとつで、ラジオから世の中の出来事を知ることができる。このような100年前とは、未曽有の戦禍からの回復と第二次世界大戦へと向かう産業発展を背景とした束の間の好景気のさなか、懐古(内)とグローバリズム(外)や個と大衆といった両極を、エネルギッシュに行き来しながら人々が世界観を広げていった時代だったのです。
また、時代に呼応するかのように「アール・デコ」と呼ばれる、直線的で幾何学的なパターンを原色で彩る表現様式が登場しました。その機能的で合理的な美しさは、絵画、彫刻のみならず、建築、ファッション、舞台芸術、写真や映像など、様々なかたちを通して、人々の感情や意識を揺さぶり、フランスを中心として世界中に広がりました。さらに、この動向の頂点が、1925年にパリで開催された現代産業装飾芸術国際博覧会(アール・デコ博覧会)だったのです。
本展は、「1925」をキーワードに1世紀前の「今」にアートを通してアクセスすることを試みるものです。あらゆるジャンルを越境するアール・デコ様式とその同時期に創造された芸術を、大原芸術財団のコレクションを軸に国内で所蔵される貴重な作品・資料とともに展覧していきます。その中心は、パブロ・ピカソ(1881-1973)、藤田嗣治(1886-1968)、そして薬師寺主計(1884-1965)。ピカソと藤田が1925年にパリでそれぞれ制作した作品に迫り、さらに建築家の薬師寺が手がけた中国銀行旧本店、大原美術館本館、大原家旧別邸 有隣荘におけるアール・デコによる建築やインテリア、家具調度品などを紹介します。薬師寺は、日本の建築やインテリアにアール・デコ様式を取り入れた先駆者でもありました。
ピカソ、藤田、そして薬師寺 ── これら三人の表現者を点として100年前を結ぶという本展での、当時の空気に触れるという体験が、皆さまのこれからの100年を考えるきっかけにつながれば幸いです。

❖ プロローグ
アール・デコ博覧会の開催や「民藝」の発見など、1925年当時の文化的出来事を作品と資料で紹介します。
❖ 1 先進と回帰
20世紀初頭の西洋美術世界では、未来派やキュビスムなど次々と新たな表現が生まれました。それらの多様な表現の中でも、新進的な機械を思わせる、線や面を活かした幾何学的構成と異国趣味や古典主義的なモチーフに注目します。それらは相反するように見えながらも混然一体となり、また新たなイメージへと結びついていきました。また、同時期の日本の前衛美術も合わせて紹介します。
❖ 2 ピカソとフジタ -パリと異邦人
1920年代のパリは、第一次世界大戦後の解放感と好景気によって華やかな賑わいを見せていました。戦前からキュビスムを推し進め評価を得ていたパブロ・ピカソと「素晴らしき乳白色の下地」によって注目された藤田嗣治。彼らが1925年に制作した作品を中心として、日本を含め世界中からパリに集った芸術家たちが活発に交流し互いに刺激を与えあい、制作を行った様を見せます。
❖ 3 ヤクシジ -アール・デコを伝えた建築家
薬師寺主計は、1921年に約1年半の欧米建築視察を行い、アール・デコの様式に直に触れ、帰国後は、いち早く日本の建築意匠にこの様式を取り入れました。大原家の依頼で彼が手がけた建築物は多く、ここでは、薬師寺による中国銀行旧本店、大原美術館本館、そして有隣荘に見られるアール・デコを、建築やインテリア、家具調度品、資料などから紹介します。

◇ 倉敷考古館
100年前、考古学的な文化財に対しどのような眼差しを向けていたのか? およそ100年前にコレクションされた考古遺物や当時の記録から郷土史家、また芸術家の目を通して文化財への関わりと学史を紹介する展示です。
日本では江戸時代より文人趣味の一環として、古い文物を蒐集することが流行していました。「好事家」「好古家」と呼ばれたコレクターの彼らは、ある意味、埋蔵文化財保護の先駆けともみることもできるでしょう。
明治維新以降、ハインリヒ・フォン・シーボルト(1852-1908)やハインリ・エドムント・ナウマン(1854-1927)、そしてエドワード・シルヴェスタ・モース(1838-1925) など外国から招来された西洋人の学者や技術者により、遺跡や遺物を学問としてとらえる、考古学の概念が持ち込まれ学問として飛躍的に発展しました。シーボルトの著作『考古説略』は日本にはじめて「考古学」という言葉を根付かせたものです。また彼が兄と共に完成させた父の著作『日本』は、日本を西洋に紹介し、ジャポニスムの起点となりました。
地方においても「好古」から「考古」へ緩やかな過渡期がありました。学者だけではなく、芸術家や一般の趣味人も古い物への興味を向けています。文化財保護へのアプローチは現在と違いますが、彼らは土の中から発見した埋蔵文化財に興味を持ち、蒐集し愛好したのです。おおよそ100年前に蒐集された好古遺物や、写真記録は何を語るのでしょう。倉敷や岡山の考古学の発展の足取りが見えてくるかもしれません。
現在、倉敷市酒津の児島虎次郎(1881-1929)のアトリエから見下ろす中州では、高梁川の治水工事が行われており、それに伴う酒津・水江遺跡の発掘調査も行われています。同じように100年前にも治水工事が行われ、大きく景観が変わりました。酒津の遺跡をとりまく近代化遺産も当時を伝えるもののひとつです。薬師寺主計(やくしじ かずえ 1884-1965)と同じ時代を生きた岡山県の営繕技師もアール・デコの意匠を用い、倉敷東西用水の取水場や組合事務所など公共の建造物を建造しています。

❖ プロローグ
地中から掘り出された古代の遺物たち。現在では考古学の分野で扱われるそれらに、百年前の芸術家や研究者も眼差しを向けていました。設立当初の倉敷考古館を支えたのは、まさに彼らのコレクションでした。
❖ 1 好古から考古へ
明治初年、「gentlemen interested in archaeology」、または「antiquarian」という英語は、「好古家」と訳されていました。この語が意味するのは、古いモノを好み集める趣味のある人のこと。やがて好古家には考古学的視点をもつ者も現れ、児島虎次郎をそのひとりとして見ることができるのです。
❖ 2 吉備の考古学
1925年以降、岡山では考古学の研究グループが設立され、文化財保護に対する意識が高まりました。このような人々が考古学の道を歩むきっかけとなった土器や、蒐集後に戦火に見舞われた古瓦などとともに、学史をなぞります。
❖ 3 変わる風景
1925年、高梁川から下流域を潤すための倉敷東西用水が完成しました。組合事務所となる建物にはアール・デコが見られます。児島虎次郎の酒津のアトリエからは工事の様子も見えたことでしょう。そして、まさに100年後の今、この場所では河川工事に伴う発掘調査が行われているのです。

※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 大原美術館 倉敷考古館