タグ別アーカイブ: 岡本太郎記念館

【展覧会】岡本太郎記念館|TAROの空間|’25年11月7日-’26年3月8日|開展貳个月

岡本太郎記念館
TAROの空間
会  期  2025年11月7日[金]- 2026年3月8日[日]
開館時間  10:00 -18:00(最終入館17:30)
休  館  日  火曜日(祝日の場合は開館)、年末年始 (12/28-1/4) 及び保守点検日。
観覧料金  一 般 ¥650、 小学生 ¥300
      * 館内は靴を脱いで上がり、靴は袋に入れて持ち運び。ロッカー無し。
* チケット各種・割引・優待情報、関連イベント情報などは下掲詳細参照。

会  場  岡本太郎記念館
      〠 107-0062 東京都港区南青山6-1-19
      TEL:03-3406-0801 ▷ アクセス/岡本太郎旧居としての配慮依頼
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岡本太郎は自らの表現の土俵を空間だと考えていた。さらにいうなら、空間そのものをつくろうとした作家だった。そう言い切って差し支えないとぼくは思います。
普通の画家の視界にあるのは、絵を描く “板” とそれを飾る “壁” くらいだけど、太郎の脳内座標は3次元で、しかも射程距離がエンドレス。歌舞伎の舞台をつくり、ディスプレイ空間をデザインし、野外広場を制作し、あげくに銀座の夜空にヘリコプターで絵を描き、池袋の駅前に巨大なクリスマスツリーを突き立て、万博会場に70mの巨像を屹立させました。
そしてついに建築を手掛けます。 “建築みたいなもの” ではなく、社会的な機能を物理的に担保した 正真正銘の建築だったのですが、残念ながら、この「マミ会館」(1968)はすでに撤去され、残っていません。
本展は、新たに製作した1/40スケールの「マミ会館」をはじめ、太郎と空間とのかかわりを証言する多彩な作品や資料を集成するとともに、太郎が生活の場に送り込んださまざまな作品群で展示室を彩ります。
岡本太郎の稀有な空間感覚を体験にいらっしゃいませんか?
                         岡本太郎記念館館長 平野暁臣

✼••┈┈┈┈┈┈••✼ ようこそ爆発空間へ! ✼••┈┈┈┈┈┈••✼
ここ岡本太郎記念館は、1996年、84歳で亡くなるまで、岡本太郎のアトリエ兼住居だった。1954年から40年以上彼が生活した空間である。
絵を描き、原稿を口述し、彫刻と格闘し、人と会い、万国博の太陽の塔をはじめ巨大なモニュメントや壁画など、あらゆる作品の構想を練り、制作した場所。
彼のエネルギーが今も満ち満ちている。
更にいえば、ここは戦前は青山高樹町三番地。
岡本一平・かの子・太郎の一家が永く暮らし、一家でヨーロッパへ旅立ったのもこの地からだ。旧居は戦災で焼失した。
戦後、友人の坂倉準三の設計でアトリエを建てた。
ル・コルビュジェの愛弟子だった坂倉は太郎の求めに応じ、ブロックを積んだ壁の上に凸レンズ形の屋根をのせてユニークな建物を作った。当時話題をよんだ名建築だ。
岡本太郎の作品は一人の人間の枠を超えて多彩にひろがる。そのすべてがここから閃き出た。膨大なデッサンやエスキース、彫刻、また戦後文化のうねりを伝える資料の山。これから折々に整理して、お目にかけたい。

※ 館内は靴を脱いで上がり、靴は袋に入れて持ち運びをお願いします。
※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 岡本太郎記念館 ] 

【展覧会】岡本太郎記念館|生命の樹 ― もうひとつの太陽の塔 ―|’25年7月2日-11月3日|終了

岡本太郎記念館
生命の樹 ― もうひとつの太陽の塔 ―
会  期  2025年7月2日[水]- 11月3日[月・祝]
開館時間  10:00 -18:00(最終入館17:30)
休 館 日  火曜日(祝日の場合は開館)、保守点検日。
観覧料金  一 般 ¥650、 小学生 ¥300
      * 館内は靴を脱いで上がり、靴は袋に入れて持ち運び。ロッカー無し。
会  場  岡本太郎記念館
      〠 107-0062 東京都港区南青山6-1-19
      TEL:03-3406-0801 ▷ アクセス/岡本太郎旧居としての配慮依頼
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岡本太郎が1970年の大阪万博に打ち立てた太陽の塔は、計画当初から内部に《生命の樹》を擁していました。高さ41mの樹体にびっしりと実っているのは、単細胞生物から旧石器時代のヒトにいたる33種のいきものたち。4基のエスカレーターを乗り継ぎながら40億年におよぶ生物進化の足取りを一望する非日常体験に、当時の人々は目を見張ります。
「《生命の樹》は太陽の塔の “血流” だ」。岡本太郎はそういいました。生命の尊厳とエネルギーを象徴する《生命の樹》は太陽の塔と一体不可分であり、 “内蔵” をもつ “いきもの” として太陽の塔を構想したのです。
2018年、半世紀にわたって放置されていた塔内が再生を果たしました。生物群の多くが失われ、見る影もなかった《生命の樹》は新たな形で復元され、観る者に大きな感動とインパクトを与えています。
本展はふたたび姿を現した《生命の樹》にスポットライトを当てるものです。この機会をとらえて、新たに再生後の《生命の樹》を正確に再現した縮尺1/15モデルを制作しました。巨大な《生命の樹》の全貌を鳥瞰視点でご覧いただきます。
太陽の塔の“内蔵”をどうぞご体感ください。
岡本太郎記念館館長 平野暁臣

✼••┈┈┈┈┈┈••✼ ようこそ爆発空間へ! ✼••┈┈┈┈┈┈••✼
ここ岡本太郎記念館は、1996年、84歳で亡くなるまで、岡本太郎のアトリエ兼住居だった。1954年から40年以上彼が生活した空間である。
絵を描き、原稿を口述し、彫刻と格闘し、人と会い、万国博の太陽の塔をはじめ巨大なモニュメントや壁画など、あらゆる作品の構想を練り、制作した場所。
彼のエネルギーが今も満ち満ちている。
更にいえば、ここは戦前は青山高樹町三番地。
岡本一平・かの子・太郎の一家が永く暮らし、一家でヨーロッパへ旅立ったのもこの地からだ。旧居は戦災で焼失した。
戦後、友人の坂倉準三の設計でアトリエを建てた。
ル・コルビュジェの愛弟子だった坂倉は太郎の求めに応じ、ブロックを積んだ壁の上に凸レンズ形の屋根をのせてユニークな建物を作った。当時話題をよんだ名建築だ。
岡本太郎の作品は一人の人間の枠を超えて多彩にひろがる。そのすべてがここから閃き出た。膨大なデッサンやエスキース、彫刻、また戦後文化のうねりを伝える資料の山。これから折々に整理して、お目にかけたい。

※ 館内は靴を脱いで上がり、靴は袋に入れて持ち運びをお願いします。
※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 岡本太郎記念館 ] 

【展覧会】岡本太郎記念館|《 予 感 》とその時代|’25年2月27日-6月29日|終了

岡本太郎記念館
《 予 感 》とその時代
会  期  2025年2月27日([木]- 6月29日[日]
開館時間  10:00 -18:00(最終入館17:30)
休  館  日  火曜日(祝日の場合は開館)、保守点検日。
観覧料金  一 般 ¥650、 小学生 ¥300
      * 館内は靴を脱いで上がり、靴は袋に入れて持ち運び。
会  場  岡本太郎記念館
      〠 107-0062 東京都港区南青山6-1-19
      TEL:03-3406-0801 ▷ アクセス/岡本太郎旧居としての配慮依頼
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      芸 術 は 呪 術 だ

芸術は呪術である。岡本太郎がそういったのは1960年代半ばのことでした。
時をおなじくして、太郎の作風は大きく変わります。色とりどりの原色がキャンバスいっぱいに広がり、繊細な筆致でぎっしりとキャラクターを描き込んでいた50年代とは打って変わって、どこか梵字にも似た黒々と抽象的なモチーフが画面を支配するようになったのです。《森の掟》(1950)に代表される絵本のような明るい物語性は影を潜め、暗く不気味な “御神札” のような世界に変貌します。

発端はおそらく縄文との出会いでしょう。自然と闘い、自然と溶けあいながら生きた縄文人たちの自由と尊厳を観取した太郎は、それこそが“ほんとうの日本”なのだと直観します。さらにその思いは、1957年から60年代半ばにかけて日本各地を取材したことで確信に変わりました。東北で原始日本の片影に触れ、沖縄でその心が脈々と受け継がれている姿を目の当たりにして、“見えないもの” と交信する呪術の気配を感知したからです。
本展では、四半世紀ぶりに青山に里帰りした《予感》(1963)を初公開するとともに、黒のモチーフが横溢する “60年代のTARO” を俯瞰します。呪術としての芸術をどうぞご体感ください。

岡本太郎記念館館長 平野暁臣

※ 館内は靴を脱いで上がり、靴は袋に入れて持ち運びをお願いします。
※ 下掲詳細公式サイトで最新情報を確認の上ご観覧を。
[ 詳 細 : 岡本太郎記念館 

【展覧会】 岡本太郎記念館 太陽の塔 1967―2018 ― 岡本太郎が問いかけたもの ― 第2期 2月21日─5月27日

岡本太郎_01

岡本太郎記念館
太陽の塔 1967―2018

― 岡本太郎が問いかけたもの ―
第2期 2018年2月21日[水]-5月27日[日]
開館時間 10:00-18:00

休  館  日 火曜日(祝日の場合は開館)
入  館  料 一般620円 小学生310円
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2018年3月、太陽の塔がついに再生します。
耐震補強工事の機にながらく放置されていた塔内が修復され、恒久的な展示施設に生まれ変わるのです。
「《生命の樹》は太陽の塔の“血流”であり、内壁の襞は“脳の襞”だ」
岡本太郎はそう言いました。
太陽の塔は内臓をもつ“いきもの”なのです。
太陽の塔が内蔵を取り戻し、半世紀ぶりに目を覚ます。
この機会をとらえ、「太陽の塔とはなにか」をもういちど考えようと思います。

本展では、プロデューサーとして大阪万博に参画した1967年から塔内が再生される2018年まで、半世紀におよぶ足跡を振り返り、岡本太郎がテーマ館/太陽の塔に込めた思いをすくいあげていきます。
フィギュア界のチャンピオン海洋堂の全面協力のもと、大阪万博テーマ館のミニチュア立体化を敢行。これまで写真でしか見ることができなかった芸術的な展示空間を、3次元で追体験する機会を用意しました。過去にも例のない試みです。
さらに、2月21日からはじまる第2期では、じっさいに塔内再生工事で使われた原型や模型などをとおして、再生の軌跡を生々しく辿っていきます。
復元される《地底の太陽》の原型も登場。再生プロジェクトの舞台裏をどうぞご覧ください。

岡本太郎記念館 館長 平野暁臣

【詳細: 岡本太郎記念館